【テルマエ・ロマエ】
はい、物騒なタイトルでずびばせん (つД`)
作者を責めるものではありませんと申し上げとこう。
ふつーのレビューでは面白くないので、一つ別の角度から・・。
先だってこちらの記事で
→ 【東海ウォーカー】
書店員が絶賛!マンガ大賞2010の「テルマエ・ロマエ」ってどんなマンガ?
いわゆる 「このマンガがすごいぞ」 論調でしたので、
「エンターブレイン」のサイトで公開されている試し読みで
一話だけ拝見して爆笑、即購入した次第です。
→ 【enterbrain】 「テルマエ・ロマエ」がマンガ大賞2010を受賞!
そこで私が最初に思ったことと言えば・・・・
「・・っえ? 風呂で次元移動 ものって・・、鏡の国のアリス ぢゃんよ!!」
・・・・っという突っ込み。
その訳についてお話ししましょう。
ーーーーー
■ 星になったSF作家、広瀬 正
さて、私が思わず突っ込んだ 『鏡の国のアリス』 とは、
1972年に無くなったSF作家、広瀬 正 の小説である。
ルイス・キャロルの同名アリス作品とわざと同じにした題名だ。
風呂からパラレルワールドへ という設定がここに登場している。
では、順を追ってまずは・・、作家 広瀬 正 について述べよう。
彼の作品は 司馬遼太郎 が絶賛し何度も「直木賞」の候補に挙がったが、
当時の 「SF] というジャンルそのものに対する文壇の偏見もあって、
一般的知名度はそれ程でもなかった悲劇。
下記のサイトで直木賞にエントリされた作家の紹介と、当時の審査員の論評が見られる。
唯一、二重丸で推す司馬氏とコメントすら無い「大御所作家」達の温度差が面白い。
文壇ならずとも、日本の芸術界がいかに権威主義か批判したくなる有様。
→ 【直木賞のすべて】候補作家の群像・広瀬正
それでも精力的に作品を発表し、特に「タイムトラベル」ものに関しての作品が多く、
日本SF界では次代を担うと注目を集め期待されていた。
この 『鏡の国のアリス』 も1973年に星雲賞を受賞している。
星雲賞 とは、日本SF大会の参加者によって選ばれるもので。
世界SF大会での ヒューゴー賞 にちなみ、日本初のSF専門雑誌 「星雲」 の名を冠した賞である。
肩書きやメディア展開ではなく、SF好きなファンの手によって選ばれるため、その栄誉度は高い。
ちなみに広瀬氏が入賞した同年の受賞作品はこんな感じ。
ーーー
★1973年 星雲賞★
「結晶星団 小松左京」 「タイタンの妖女 カート=ヴォネガット・ジュニア」
「黒い観覧車 レイ=ブラッドベリ」 「時計仕掛けのオレンジ スタンリー=キューブリック」
ーーー
このラインナップからして、いかに広瀬氏の作品が評価されていたか分かるだろう。
享年47歳という若さで亡くなるまで、正に命を削って小説を書き続けた。
日本SF史上を駆け抜けた流星のような作家であった。
1972年3月9日、彼はタイムマシンに乗り込み永遠の旅に出た。
ーーーーー
■ テルマエ・ロマエの風呂ネタ
さて、じゃあ肝心の 「風呂ネタ」 であるが、
『鏡の国のアリス』 では、主人公は銭湯の湯船で
左右が逆転した世界 へと行ってしまった顛末が描かれる。
男湯がスタートで左右逆転だから、その先は女湯で・・・。
帰る手段を探すにも女湯に入る方法に困り・・っというお話。
だから 「テルマエ・ロマエ」 が同じわけではない。
風呂を介した次元移動 という点においてのみアイデアの一致があるだけだ。
そもそも、アイデアの似かよった物など世にあふれているし、
問題はそこからの展開の仕方が問われなければならないので、
マンガとしてのテルマエ・ロマエを責めるつもりは無いのだが・・。
ネットの記事やアマゾンのレビューを見ていて悔しかったのが
「風呂でタイムトラベル」 という発想そのものを評価する口調があった点なのだ。
前述した通り、この点だけは 広瀬 正 という作家が
既に書いているという既成事実がある。
ヤマザキマリ 氏がオリジナルだと思っていても二番煎じである事実は確かなのだ。
そこで・・っだ、マンガ大賞の実行委員とかがその点に気がつかなかった事があきれる。
書店員を中心とした選考委員なのに、上記の点を指摘した人はいたろうか?
公開されているマンガ大賞選考コメントに目を通してみたが皆無。
広瀬氏の作品を・・
知ってて評価するのと、知らずにアイデアが面白いから大賞に押す
・・っでは意味が違うと思うんだ。
Σ⊂(゚Д゚ ) ココジュウヨウ
もちろん、 「風呂でタイムトラベル」 の部分を除いての発想展開の手法、
ローマ人と平ぺったい顔族とのドタバタ については秀逸だと思うし賞は妥当だろう。
風呂ネタという点においても、吉田戦車 の 「フロマンガ」 同様に面白い。
日本とローマの奇妙な文化衝突ネタに関してはオリジナルだと言っていい。
この主人公 浴場技師ルシウス の行動もタイムトラベルSF的に面白い切り口だ。
現代日本に来てもことごとく風呂関係しか興味を示さない。
その思考はギャグなのだが、、じゃあ 実際に私が未来に行けたとしても、
やはり 自分の価値観の外にあるものには興味を示さない だろう。
ルシウスの心理描写はけっこう理にかなっていると思うのだ。
おっと、少し視点をレビューに戻して・・・。
・・・だが、問題にすべきは 「評価するポイント」 なのである。
「過去に風呂移動ネタは既出だが、こういう方向に展開させるか!!」
っという見方が一つも無い事に苦言を呈したい。
選考委員にしても、多くのマンガレビュアーにしても、
「風呂でタイムトラベル」 は安易に評価しちゃいけない部分だと訴えたい。
この発想を以って 「テルマエ・ロマエ」 を誉めるのは
ヤマザキマリ 氏に対しても、広瀬 正 氏に対しても失礼なのだから。
広瀬氏の小説を思い浮かべるという意味だけでなく、
古代ローマ風呂文化 と 現代日本風呂文化 の衝突や比較、という本筋を
安易なタイムトラベルものに置き換えてはいけないという意味でだ。
私は世界史には疎いが、背景や小物の時代考証なども興味深い。
特に建築物は大変だったろうなと感じる。
古代ローマを舞台にしたマンガやアニメはそれなりに数ある中で、
本作は風呂がテーマだけに 「生活感」 の表現がすごいと思う。
その辺りをもっと評価すべきだろう。
ーーーーー
■ 賞を付けるという行為
ここまで私がつっかかっているのは・・。
風呂に入るたびに、特にスーパー銭湯などへ行くたびに思い出すこの・・
『鏡の国のアリス』 という作品が好きだからだ。
私の青春時代にすっげーっと思った作家、広瀬 正 氏が好きだからだ。
なにやら故人の業績をローマ人にいじられたようでいい気がしないのだ。
また、現代で広瀬氏を知らない、その作品も知らない人が増えているのが寂しいのである。
関係ないけど、上海万博のテーマ曲パクリ問題とかでも
結局は選考委員の知識の無さ、見識の狭さ、あるいはそれを指摘できるだけの人材が無かった。
そこがパクリを大きな顔で受賞させる原因の一つ。
『賞』 を選考するというのは、かくも 選考委員の側の質 も問われる事なのかもしれない。
マンガ大賞ならずとも、今やネットで投票し、レビューし、
さも 「皆が選びました」 風な賞を付けるタイトルは多いのだが。
いったいどれだけの「二番煎じ」が気付きもせずに選ばれている事だろう。
既存のアイデアかどうかは多方面の専門家を集めなければ判断は難しいが・・、
日本のコミック文化のオリジナリティーを守る意味でも、
似ている点を指摘する レビュアー眼 を忘れないようにしたいものだ。
END
ーーーーー
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はい、物騒なタイトルでずびばせん (つД`)
作者を責めるものではありませんと申し上げとこう。
ふつーのレビューでは面白くないので、一つ別の角度から・・。
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→ 【東海ウォーカー】
書店員が絶賛!マンガ大賞2010の「テルマエ・ロマエ」ってどんなマンガ?
いわゆる 「このマンガがすごいぞ」 論調でしたので、
「エンターブレイン」のサイトで公開されている試し読みで
一話だけ拝見して爆笑、即購入した次第です。
→ 【enterbrain】 「テルマエ・ロマエ」がマンガ大賞2010を受賞!
そこで私が最初に思ったことと言えば・・・・
「・・っえ? 風呂で次元移動 ものって・・、鏡の国のアリス ぢゃんよ!!」
・・・・っという突っ込み。
その訳についてお話ししましょう。
ーーーーー
■ 星になったSF作家、広瀬 正さて、私が思わず突っ込んだ 『鏡の国のアリス』 とは、
1972年に無くなったSF作家、広瀬 正 の小説である。
ルイス・キャロルの同名アリス作品とわざと同じにした題名だ。
風呂からパラレルワールドへ という設定がここに登場している。
では、順を追ってまずは・・、作家 広瀬 正 について述べよう。
彼の作品は 司馬遼太郎 が絶賛し何度も「直木賞」の候補に挙がったが、
当時の 「SF] というジャンルそのものに対する文壇の偏見もあって、
一般的知名度はそれ程でもなかった悲劇。
下記のサイトで直木賞にエントリされた作家の紹介と、当時の審査員の論評が見られる。
唯一、二重丸で推す司馬氏とコメントすら無い「大御所作家」達の温度差が面白い。
文壇ならずとも、日本の芸術界がいかに権威主義か批判したくなる有様。
→ 【直木賞のすべて】候補作家の群像・広瀬正
それでも精力的に作品を発表し、特に「タイムトラベル」ものに関しての作品が多く、
日本SF界では次代を担うと注目を集め期待されていた。
この 『鏡の国のアリス』 も1973年に星雲賞を受賞している。
星雲賞 とは、日本SF大会の参加者によって選ばれるもので。
世界SF大会での ヒューゴー賞 にちなみ、日本初のSF専門雑誌 「星雲」 の名を冠した賞である。
肩書きやメディア展開ではなく、SF好きなファンの手によって選ばれるため、その栄誉度は高い。
ちなみに広瀬氏が入賞した同年の受賞作品はこんな感じ。
ーーー
★1973年 星雲賞★
「結晶星団 小松左京」 「タイタンの妖女 カート=ヴォネガット・ジュニア」
「黒い観覧車 レイ=ブラッドベリ」 「時計仕掛けのオレンジ スタンリー=キューブリック」
ーーー
このラインナップからして、いかに広瀬氏の作品が評価されていたか分かるだろう。
享年47歳という若さで亡くなるまで、正に命を削って小説を書き続けた。
日本SF史上を駆け抜けた流星のような作家であった。
1972年3月9日、彼はタイムマシンに乗り込み永遠の旅に出た。

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■ テルマエ・ロマエの風呂ネタさて、じゃあ肝心の 「風呂ネタ」 であるが、
『鏡の国のアリス』 では、主人公は銭湯の湯船で
左右が逆転した世界 へと行ってしまった顛末が描かれる。
男湯がスタートで左右逆転だから、その先は女湯で・・・。
帰る手段を探すにも女湯に入る方法に困り・・っというお話。
だから 「テルマエ・ロマエ」 が同じわけではない。
風呂を介した次元移動 という点においてのみアイデアの一致があるだけだ。
そもそも、アイデアの似かよった物など世にあふれているし、
問題はそこからの展開の仕方が問われなければならないので、
マンガとしてのテルマエ・ロマエを責めるつもりは無いのだが・・。
ネットの記事やアマゾンのレビューを見ていて悔しかったのが
「風呂でタイムトラベル」 という発想そのものを評価する口調があった点なのだ。
前述した通り、この点だけは 広瀬 正 という作家が
既に書いているという既成事実がある。
ヤマザキマリ 氏がオリジナルだと思っていても二番煎じである事実は確かなのだ。
そこで・・っだ、マンガ大賞の実行委員とかがその点に気がつかなかった事があきれる。
書店員を中心とした選考委員なのに、上記の点を指摘した人はいたろうか?
公開されているマンガ大賞選考コメントに目を通してみたが皆無。
広瀬氏の作品を・・
知ってて評価するのと、知らずにアイデアが面白いから大賞に押す
・・っでは意味が違うと思うんだ。
Σ⊂(゚Д゚ ) ココジュウヨウもちろん、 「風呂でタイムトラベル」 の部分を除いての発想展開の手法、
ローマ人と平ぺったい顔族とのドタバタ については秀逸だと思うし賞は妥当だろう。
風呂ネタという点においても、吉田戦車 の 「フロマンガ」 同様に面白い。
日本とローマの奇妙な文化衝突ネタに関してはオリジナルだと言っていい。
この主人公 浴場技師ルシウス の行動もタイムトラベルSF的に面白い切り口だ。
現代日本に来てもことごとく風呂関係しか興味を示さない。
その思考はギャグなのだが、、じゃあ 実際に私が未来に行けたとしても、
やはり 自分の価値観の外にあるものには興味を示さない だろう。
ルシウスの心理描写はけっこう理にかなっていると思うのだ。
おっと、少し視点をレビューに戻して・・・。
・・・だが、問題にすべきは 「評価するポイント」 なのである。
「過去に風呂移動ネタは既出だが、こういう方向に展開させるか!!」
っという見方が一つも無い事に苦言を呈したい。
選考委員にしても、多くのマンガレビュアーにしても、
「風呂でタイムトラベル」 は安易に評価しちゃいけない部分だと訴えたい。
この発想を以って 「テルマエ・ロマエ」 を誉めるのは
ヤマザキマリ 氏に対しても、広瀬 正 氏に対しても失礼なのだから。
広瀬氏の小説を思い浮かべるという意味だけでなく、
古代ローマ風呂文化 と 現代日本風呂文化 の衝突や比較、という本筋を
安易なタイムトラベルものに置き換えてはいけないという意味でだ。
私は世界史には疎いが、背景や小物の時代考証なども興味深い。
特に建築物は大変だったろうなと感じる。
古代ローマを舞台にしたマンガやアニメはそれなりに数ある中で、
本作は風呂がテーマだけに 「生活感」 の表現がすごいと思う。
その辺りをもっと評価すべきだろう。
ーーーーー
■ 賞を付けるという行為ここまで私がつっかかっているのは・・。
風呂に入るたびに、特にスーパー銭湯などへ行くたびに思い出すこの・・
『鏡の国のアリス』 という作品が好きだからだ。
私の青春時代にすっげーっと思った作家、広瀬 正 氏が好きだからだ。
なにやら故人の業績をローマ人にいじられたようでいい気がしないのだ。
また、現代で広瀬氏を知らない、その作品も知らない人が増えているのが寂しいのである。
関係ないけど、上海万博のテーマ曲パクリ問題とかでも
結局は選考委員の知識の無さ、見識の狭さ、あるいはそれを指摘できるだけの人材が無かった。
そこがパクリを大きな顔で受賞させる原因の一つ。
『賞』 を選考するというのは、かくも 選考委員の側の質 も問われる事なのかもしれない。
マンガ大賞ならずとも、今やネットで投票し、レビューし、
さも 「皆が選びました」 風な賞を付けるタイトルは多いのだが。
いったいどれだけの「二番煎じ」が気付きもせずに選ばれている事だろう。
既存のアイデアかどうかは多方面の専門家を集めなければ判断は難しいが・・、
日本のコミック文化のオリジナリティーを守る意味でも、
似ている点を指摘する レビュアー眼 を忘れないようにしたいものだ。
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