『あしたのジョー』『おれは鉄兵』『のたり松太郎』など数々の名作を世に送り出し、日本漫画界を牽引し続けてきた漫画家のちばてつや(本名:千葉徹弥)先生が、10月22日、都内の病院で逝去されたことが分かりました。87歳でした。
「優しい時間」「風のガーデン」など数々の名作を輩出 脚本家・劇作家・演出家の倉本聰さんが9月18日夕刻、多臓器不全のため自宅で死去した。享年91。倉本さんが理事長を務めていた財団が28日、発表した。葬儀は遺族の意向により、近親者で執り行われた。
上方漫才を象徴する漫才師、中田ボタン(本名・藤長明)さんが、14日に大阪府内で亡くなっていたことが19日、分かった。78歳だった。親しい関係者によると、葬儀・告別式はすでに家族葬として終えられたという。ボタンさんは盟友桂小文枝のYouTubeに出演し、「ステージ4の肺がん」を明かしていた。
ボタンさんは、67年に中田カウス(77)とコンビ結成。上方を代表するしゃべくりを駆使し、カウスとともに、後進育成のために上方漫才協会を立ち上げた。19年3月に体調不良で一時休養。23年2月、所属の吉本興業とマネジメント契約を解消し、実質上の引退となっていた。
◆中田ボタン(本名・藤長明)1948年(昭23)4月12日、香川県生まれ。中田カウスと67年にコンビ結成。昭和の上方しゃべくり漫才を代表する兄弟コンビ「中田ダイマル・ラケット」に師事し、上方特有のスピード感あふれる話芸を磨く。70年代、漫才師の衣装はスーツが常識だったが、デニム姿でマイク前に立ち、女子人気が爆発。アイドル的漫才師の先駆的存在でもあった。若い頃はばくち好き、女遊びが激しく、借金を重ね、後年は、カウスがボタンの私生活ネタをいじり、笑いをとるのが定番だった。上方漫才最高峰の上方漫才大賞は3度、95年には上方お笑い大賞も受賞した。