君とつむぐ物語 吟遊物語









出版社に呼び出されたのは、
ちょうど梅雨があけて
夏が始まろうとしていた頃だった。
強すぎるクーラーが気になる客室で、編集者がいつもの
気さくな笑みをくれる。その向かいには滝の流れのように
美しい長い髪の女性が、足を組んで座っていた。
力のある目が印象的な、凛としたその容姿は、
よろいのような黒いタイトなスーツに包まれていて
とっつきにくそうでいて、それでも人を引きつけずに
おかない魅力があった。

「紹介します。小谷良子先生。知ってますよね」
「え。小谷先生。これは光栄です。
 どうりで見たことがある顔 だと思いました。佐山樹です」
「樹先生ね。お写真より可愛いんですね」
「あなたこそ、スーツ姿がお似合いで」

つんとしたそのファースト・インプレッションとは違い
はじけるような笑顔と、はりのあるその声はとっつきやすい人と感じられる、気持ちのよいものであった。

それからぼくらは、一年間、変わりばんごで月刊誌に
恋物語を書くというリレーの相方同士になることを
命じられたのだった。

じゃんけんの結果、最初の8月号はぼくが書くことになり、
奇数月は彼女が担当するというふうに、毎月、交互に
物語を綴っていくのだった。ぼくが20ページを最初に
つむぐ、翌月号では、彼女がその続きをつむぐ。
そしてその次はまたぼくがつむぐというふうにだ。

「君。どんな恋愛してきたの。こんな子供じみたこと。あたし が続きかけないじゃないの」
「どこが子供なんですか。ロマンチックじゃないですか。
 もう」

そんなこんなで、一年がすぎ、二年がすぎ、当初の予定の倍の長さの恋物語がやっと、完成したのだった。
いつしか登場人物は、ぼくと彼女そのものになって
気がつけば、ぼくんちのサボテン君は、彼女んちで
日向ぼっこをしている。
気がつけば、ぼくの水槽は彼女のリビングにあって
気がつけば、ぼくのコタツは彼女の和室にあった。
気がつけば、ぼくは彼女のとなりにいたのだった。
気がつけば、ふたりの書いた物語が巷に満ち溢れていた。

そしてぼくは、一緒に恋物語をつむいだ彼女と
自分たちの恋物語をつむぎ続けるのだった。

「ねえ。一緒にふたりの物語をつむごうよ
 やわらかくて、あたたかい春風のような物語を」
のぶ