Pakse | Beyond the Borders

Beyond the Borders

— Enjoy Everything —
Logs of Travel around the World

ビエンチャン(1回目)では特に観光のようなことはしなかった。
したと言えばしたが、カメラの電池がなかったから写真は撮ってない。


旅の休憩も兼ねて、のんびりしてた。
仲良くなった人たちと、ご飯食べたり、プール行ったり、バーに行ったり。


リラックスした楽しい日々を過ごせた。





【10月8日】


夕方、夜行バスでパークセーに向かった。
パークセーはラオス南部の街で、近くに世界遺産ワット・プーがある場所、チャムパーサックの近くだ。
目的はもちろんワット・プー。
クメールの古代遺跡らしい。




ホステルのピックアップのミニバンからパクセー行きの大型バスに乗り換える時に、日本人の人と会った。
寝台バスの隣の席に座った、と言うか、寝た。


その人の話は刺激的で面白かった。
京都にある一番有名な大学の出身の人で、そこで国に仕事をもらいながら研究を続けてるという凄い人。
個人情報なので詳しくは書かないけど、研究対象がラオスの土地らしく、ラオスには幾度と無く足を運んでるらしい。
今まで考えもしなかった視点で土地というものをみることができた。


土地利用の話を聞いた時に衝撃的だったのは、農業による自然破壊。
自然を開拓して農地にするという行為は、大きく自然を破壊する行為だって。
農業は自然と共存しているイメージをどことなく持っていたけど、必ずしもそう言うわけではない。
自然の形を変えて人の生活に合わせてるわけだから。


他にも土地利用の研究で利用する衛星写真の話になって、過去の最先端技術に驚いたり、今知らない所で使われてるだろう未来の技術に妄想を抱いたりもした。


技術が進歩して色々な研究ができる世の中だけど、その人の一番かっこいいと思った点は、実際に自分の眼で世界を見ていること。


その人が言うには、衛星写真等を使えば、その土地に行かなくても土地の研究はできるらしい。
そんな中、その人は現地の村まで行って一緒に生活して、現地の人がどんな真意を持って自然を開拓しているのかまでを調べていた。
色々な本を見ると自然開拓の過程には様々なもっともらしい理由が書いてあるらしいが、現地の人と話をすると「めんどくさいから焼き畑する」とか「その木を切らずに残すのは美味しい実がなるから」だとか「牛を繋ぐ木がいるから木を所々残しとく」とか、本では読めない様な事実があるって。
あとは、仲良くなることによって、土地の開拓ではなかなか調べられないけど必要な違法伐採の話なんかも聞けたりするらしい。


「土地」と一言で言うのは簡単だけど、それの奥の深さに驚愕した。
土地を中心に筋が通りつつも多様な分野の話にも派生したから、時間はいくらあっても足りない気がした。





【10月9日】


朝6時半、バスはパークセーに到着した。
到着予定時刻は8時だったのに。
8時で良かった。
眠い。


一緒に乗ってた日本人の人は良くこのバスを使うらしく、いつも6時半頃に着くらしい。
ラオスのバスは時間を守る。
東南アジアにしては珍しいと思った。




そこでその人と夕食を一緒に食べる約束をして一時お別れ。
バス会社の迎えを待ち、そのまま予約しておいたそのツアー会社のゲストハウスへ。




ゲストハウスでチャムパーサックにあるワット・プーへの行き方を聞いたが、やはりツアー以外の方法で行くには自力で行くしかないらしい。
バスは出てるけど夕方の復路便が無い為、日帰りで行きたければレンタバイク。




バイクを借りて、40km離れたチャムパーサックへ向かった。


ちなみにバイクはオートマが高かったからマニュアルの方。
バイクはベトナムで乗った。
車の免許はマニュアルで取ったから仕組みはわかる。
ってことでマニュアルのバイクを乗ってみたが、最初はギアを変えるタイミングがいまいちわからなくて変な加速を何度もしてた。


街中はなかなか道が複雑だったから迷いながらだったが、川沿いを走り橋を探した。
日本が架けた橋らしい。
その橋が無ければもっと遠回りをするか船を使わなければならなかった。
ありがとう、日本。


その橋を越えれば、後は1回だけ左折してずっとまっすぐ。
途中人に確認して、その左折ポイントを注意深く探す。
宿の人はサインがあると言ってた。
左折できる所はあったが、サインが見つからなかった為通り過ぎた。
が、今までの走行距離を考えるとその辺がそのポイントくらいな気がしたため、すぐに折り返す。
そこでサインを発見。


右折し、後はその道をひたすらまっすぐ。


まっすぐ。


ずっとまっすぐ。


まだまだまっすぐ。


たまに道なりに湾曲はしてるけど、それでもまっすぐ。


途中、牛に注意の看板を見たから、牛の横断に注意しつつもまっすぐ。


Beyond the Borders-標識




道は整備されていた為、そんなに大変ではなかった。
飽きたけど。
1時間くらいは走ったのかな?
そこで「←Wat Phu」のサインを発見。
指示通りに行ったら、民家の並ぶ、凸凹道に出た。
そこで店の人に方向を聞いたら更に進むように言われた。


それにしてもこの辺が流石ラオス。
誰に道を聞いても何の見返りも求めずに素直に教えてくれる。
バックパッカーに人気の理由の一つだろうな。


慣れないバイクでの凸凹道に苦戦しつつも、ラオスの人たちのおかげで迷うこと無く遺跡に着けた。
バイクに乗ること1時間半。
なかなか疲れた。


そしてここで気になったのがガソリンの残量。
半分を切っていたが、とりあえずは観光を。




ワット・プーは、広大な自然の中にあった。
そこまで修復もされてなくて、落ち着ける場所。


Beyond the Borders-ワット・プー
遺跡入口


Beyond the Borders-ワット・プー2
山頂へ向かう階段


Beyond the Borders-ワット・プー3
山頂からの眺め


Beyond the Borders-ワット・プー4
山頂の寺院




遺跡を出て、近くでお昼ご飯。
スープに蟻が浮いてて、パンケーキを蟻が這ってるのはご愛嬌。




帰りもバイクで同じ道を帰った。
心配だったのはガソリンの量。
宿の人には足りると言われた量を入れたが、少し不安。


全体の2/3を過ぎた所でメーターは「E」を指してしまったが、結局ちゃんと宿まで走ってくれた。
バイクを押す覚悟は半分してたけど。




少しのんびりしてバイクを返してから、バスで会った日本人との待ち合わせ場所へ向かう。


ラオス料理を食べさせてもらった。
全部美味しかったが、一番感動したのはカオ・ニャオと呼ばれる餅米。
手で食べる餅米だが、もちもちはしてるけど手にはくっつかない。
味はなんとなく日本の赤飯を思い出させるような感じで、食べると落ち着けた。


Beyond the Borders-カオニャオ
左上の筒状のものに入ってるのがカオニャオ




もちろん話にも花が咲いた。
ラオスの話、土地の話、政治の話、英語の話。
本当に貴重な体験をさせてもらった。
出会いに感謝。




帰り道、木の周囲にかけられた網の中に生息している謎の動物を見た。
いつの間にかそこに住み着いていて、繁殖もしているらしい。
野生だけど動物園みたいだった。


Beyond the Borders-謎の動物





【10月10日】


朝9時のバスでプノンペンへ向かった。


2年ぶりのプノンペン。
前回はカレッジ時代に2週間、フリースクールでボランティアをさせてもらった。
カンボジアの変化と成長、その時会った人との再会に胸高鳴らせていた。




パークセー→プノンペン間のバスは、なんかいつもと違った。


大抵、ミニバンが迎えにきて、その後に大型バスに乗り換える。
しかし宿には大型バスが迎えにきた。
そして途中、ミニバンに乗り換えて国境へ向かう。



国境線でアライバルビザの手続き。
入国の書類を書いて、パスポートと写真を渡して手続き完了を待つ。
30ドル取られてしまった。
アライバルビザは20ドルのはずなのに。


ちなみにカンボジアで流通しているお金はアメリカドル。
以前に政府が破綻してお金が紙切れになった経験があるらしく、自国のお金は1ドルより小さい額でしか使われていない。
だいたい1ドルが4000リエル。
以上、2年前に習った知識。




ビザの張り付いたパスポートを受け取り、再び大型バスに乗り換え。
何故か席が足りてなく、通路に椅子を置いて座席を確保していた。
バスのチケットを発行した時点で人数把握はできてるはずじゃないのか?




そこからひたすらバスは走り、プノンペンに向かう。
到着予定時刻は18時頃だと聞いていた。
が、17時になっても一向に着く気配はない。


結局プノンペンに入ったのは23時を回っていて、所定の宿でケイスケさんと合流できたのは日が変わりかけていた頃だった。
心配はかけてしまったが、予定通りの日にちゃんと会えて良かった。