中小企業の売上アップの現場から
先日の読売新聞の「けいざい百景」に こんな文面があった。


「けいざい百景」執筆者の近藤和行氏の所に届いた
K君からの年賀状の一節。




『軽くなった言葉で
いくら叫んでも効き目はありません。
私たちは長い回り道をしていますが、

“安全な場所から他人への批判する人”への共感を
“自ら汗をかいて行動する人”への共感が上回ったとき、

そして、 “他人に要求する人”より
“自ら責任を負う覚悟を決めた人”が増えたとき
この国は真に変わるのだと思います』※


と言う文面をとりあげて、現在の政治についての論評をしていた。


まさに、共感できる文面だ。

近藤氏の文章は、この引用を、
現在の民主党政権の問題点を言い当てている、 としていたが、


私は自分の立場に置き換えて考えてしまう。


私たちは、日常生活上は自分の行動に責任を持ち、
自分たちの責任下の中で考え行動している。

自分の身の回りで不満や問題があれば 自分で考え、解決して生活している。

しかし、社会や経済、政治など、 自分たちの力のおよび届かない所になってしますと、
どこか客観視し、批判や愚痴にとどまってしまう所がある。

あれが悪い、これが悪い、と愚痴を言ってはみるものの、
それは解決されることもなくフラストレーションが募るだけ。
まさに、この自分の行動も、
K君の言う『安全な場所で声高に叫ぶ人』ではないだろうか? と思ってしまった。


「けいざい百景」の最後に、
マイケル・サンデル教授の書籍の一節を引用して結んでいた。


『我々は、若者や高齢者にどんな義務を負っているのか。
その議論を避けて通れない。』※


そう。 近藤氏も言うように、ひとり一人が責任を負う覚悟を決め、
将来の社会のためにどうすればよいかを 論じる必要性に迫られているのだろう。

本来であれば、やる気になれば、 個としての自分の意見や考えを自由に表現し、
共感しあえる仲間と出会い、行動を起こすこともできる。

ソーシャルネットワークが浸透しはじめたこの時代に、
活用次第では、個々の力が大いに発揮できる 世の中の構築も
夢ではないと感じたりする。

今、行き詰まっている日本の現状は、
私たちに、こう呼びかけているように聞こえてしょうがない。



※引用:近藤 和行(2011.1.16)読売新聞 7p.