金泳三元大統領葬儀に弔問使節団派遣国は4カ国のみ
趙甲濟(チョ・ガプジェ)サイトより
(雑談)来なければならない国は来ず、来なくてもいい国は来て
バンダービルド 2015.11.26 18:09
金泳三元大統領の葬儀に弔問使節団を正式に派遣した国は、日本、カタール、スリランカ、バーレーンの4カ国である。
等距離外交と親中反日外交で、中国側に傾倒しているパククネ政府が主催するイベントに、中国が使節団を送ってこなかったのは意外である。
金泳三元大統領の生前の行跡を勘案すれば、なおさら意外である。
1995年、中国の江沢民との首脳会談直後に、記者団に対して金泳三大統領は、日本に向かって「ポルジャンモリ(*日本語で「バカたれ」などに相当する、上の立場の者のが下の者を叱る朝鮮語の俗語)」と一喝した。
当時韓中が協力して、日本を攻撃する雰囲気だった。
中央機関(朝鮮総督府)の建物の爆破の件も有名である。
そんな金泳三元大統領の葬儀に、むしろ当時悪口をたくさん言われた日本が使節団を送ってきて、肝心の中国は送ってこなかった。
中国と韓国の間の物理的距離が遠いなら理解できるが、近距離中の近距離なのに。
韓国人たちが普段あれだけ嫌っている日本という国は、それでも基本的道理と礼儀を備えることを知っている国であり、パククネ政府があれだけ好きな中国という国は、いつか決定的な瞬間に失望感を抱かせる可能性が大きい国であるという事実を、韓国人たちは格別に留意しなければならない。
ただ一つ残念なのは、現在、等距離外交・親中反日という枠の中にしっかりと閉じ込められて、正常な思考(情勢判断)機能に多少欠陥があるように見えるパククネ政府に、このような現実に目を向けることを期待できないという点である。
もどかしいことだ。
https://www.chogabje.com/toron/toron22/view.asp?idx=&id=132014&table=TNTRCGJ&sub_table=TNTR01CGJ&cPage=1
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生年月日:1945年10月24日 |
何だかね~、日本政府は甘いな。
「道理と礼儀」も相手と状況を見て使い分けて欲しいものだ。
弔問使節団を正式に派遣した国は、日本、カタール、スリランカ、バーレーンの4カ国・・・・。
これだから舐められるんだよ。
「世界最古の金属活字」が~
記事入力 : 2015/11/16 10:50
「世界最古の金属活字」が20世紀の人工元素を含有
1936年に作られた人工元素「テクネチウム」、高麗時代の活字に2.62%含有
「1936年に初めて人工的に作られた元素『テクネチウム』が、高麗時代の活字から見つかったのはなぜなのか」
14日午後、国立中央図書館のデジタル図書館大会議室で、韓国書誌学会の秋季共同学術大会が行われた。慶北大学のナム・グォンヒ教授による「『證道歌字』偽作論争に対する反論」と題するテーマ発表が終わると、国立中央博物館のイ・ジェジョン学芸研究官が立ち上がった。イ研究官は「ナム教授が責任研究員を務め、慶北大産学協力団が主管して作成した『證道歌字基礎学術調査研究』(2014年、国立文化財研究所)報告書をつぶさに見たところ、『證道歌字』であることを十分に立証できなかったどころか、問題点が多かった」と問題提起した。
とりわけ、「法」の字を破壊分析(金属の一部を切り取って成分を分析する)した結果について、疑問を投げかけた。報告書では、「法」の字を破壊分析したところ、活字の構成成分は「銅88.5%、真ちゅう6.66%、テクネチウム(原子番号43)2.62%、酸素1.74%、珪素0.49%」となっている。イ研究官は「テクネチウムは初めて人工的に作られた元素で、1937年(原文ママ)に初めて発見されており、自然界には存在していない。これは活字が偽造されたものなのか、あるいは分析が誤っていて信頼できないということを意味している。活字の成分に当然含まれている鉛が出てこなかったというのもおかしい」と指摘した。
韓国科学技術研究院(KIST)のト・ジョンマン博士は、本紙の電話取材に対し「まずは分析にミスがあった可能性がある。もし、本当にテクネチウムが2.62%も含まれていたならば、(活字が)偽造されたものである可能性が高い」と述べた。テクネチウムが実際に含まれていたならば、問題の活字は偽物であり、また分析にミスがあったとすれば、それだけ報告書がいい加減だったということになる。
これに対しナム教授ははっきりした答えを出せなかった。ナム教授は「『法』という字の破壊分析は2011年、忠北大学で行われたものだ」とした上で「(私は)金属が専門ではないので…。詳しく調べてみる」と答えた。ナム教授は、現存する世界最古の金属活字だという主張が出ている『證道歌字』の存在を最初に発表した学者だ。真偽をめぐって6年にわたり論争が続いている『證道歌字』について、ナム教授はこの日、あらためて「『證道歌字』は本物に間違いない」と主張した。
イ研究官はまた「報告書は現在唯一残っている高麗時代の活字である、国立中央博物館所蔵の『ポク(福/服)』の活字を比較の基準としているが、『ポク』の活字もまた、明確な製作の時期、出土した場所などがわからず、信頼度は低い。ナム教授が国立中央博物館所蔵の「ポク」の活字との比較を通じ、調査対象の活字を『證道歌字』だと主張した後、その根拠として『ポク』の活字も『證道歌字』だと主張していることになる」と指摘した。
許允僖(ホ・ユンヒ)記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/11/16/2015111601386.html

グーテンベルグを凌ぐ世界最初の金属活字と、韓国人の御自慢のモノが・・・。w
「世界最古の金属活字」が20世紀の人工元素を含有
1936年に作られた人工元素「テクネチウム」、高麗時代の活字に2.62%含有
「1936年に初めて人工的に作られた元素『テクネチウム』が、高麗時代の活字から見つかったのはなぜなのか」
14日午後、国立中央図書館のデジタル図書館大会議室で、韓国書誌学会の秋季共同学術大会が行われた。慶北大学のナム・グォンヒ教授による「『證道歌字』偽作論争に対する反論」と題するテーマ発表が終わると、国立中央博物館のイ・ジェジョン学芸研究官が立ち上がった。イ研究官は「ナム教授が責任研究員を務め、慶北大産学協力団が主管して作成した『證道歌字基礎学術調査研究』(2014年、国立文化財研究所)報告書をつぶさに見たところ、『證道歌字』であることを十分に立証できなかったどころか、問題点が多かった」と問題提起した。
とりわけ、「法」の字を破壊分析(金属の一部を切り取って成分を分析する)した結果について、疑問を投げかけた。報告書では、「法」の字を破壊分析したところ、活字の構成成分は「銅88.5%、真ちゅう6.66%、テクネチウム(原子番号43)2.62%、酸素1.74%、珪素0.49%」となっている。イ研究官は「テクネチウムは初めて人工的に作られた元素で、1937年(原文ママ)に初めて発見されており、自然界には存在していない。これは活字が偽造されたものなのか、あるいは分析が誤っていて信頼できないということを意味している。活字の成分に当然含まれている鉛が出てこなかったというのもおかしい」と指摘した。
韓国科学技術研究院(KIST)のト・ジョンマン博士は、本紙の電話取材に対し「まずは分析にミスがあった可能性がある。もし、本当にテクネチウムが2.62%も含まれていたならば、(活字が)偽造されたものである可能性が高い」と述べた。テクネチウムが実際に含まれていたならば、問題の活字は偽物であり、また分析にミスがあったとすれば、それだけ報告書がいい加減だったということになる。
これに対しナム教授ははっきりした答えを出せなかった。ナム教授は「『法』という字の破壊分析は2011年、忠北大学で行われたものだ」とした上で「(私は)金属が専門ではないので…。詳しく調べてみる」と答えた。ナム教授は、現存する世界最古の金属活字だという主張が出ている『證道歌字』の存在を最初に発表した学者だ。真偽をめぐって6年にわたり論争が続いている『證道歌字』について、ナム教授はこの日、あらためて「『證道歌字』は本物に間違いない」と主張した。
イ研究官はまた「報告書は現在唯一残っている高麗時代の活字である、国立中央博物館所蔵の『ポク(福/服)』の活字を比較の基準としているが、『ポク』の活字もまた、明確な製作の時期、出土した場所などがわからず、信頼度は低い。ナム教授が国立中央博物館所蔵の「ポク」の活字との比較を通じ、調査対象の活字を『證道歌字』だと主張した後、その根拠として『ポク』の活字も『證道歌字』だと主張していることになる」と指摘した。
許允僖(ホ・ユンヒ)記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/11/16/2015111601386.html
グーテンベルグを凌ぐ世界最初の金属活字と、韓国人の御自慢のモノが・・・。w
佐賀県神埼市はどうかしてるぜ~
王仁の遺跡の「百済門」 日本にも建造
中央日報日本語版 11月14日(土)12時46分配信

全羅南道霊岩郡(チョルラナムド・ヨンアムグン)の王仁の遺跡「百済門」。1987年に遺跡を整備する過程で建造された。これと同じ門が来年、日本にもつくられる。(写真=霊岩郡)
日本に儒学を伝えた王仁博士を賛える公園が日本に造成される。この公園には韓国の専門家が韓国伝統様式の門である「百済門」が建造されることになった。全羅南道霊岩郡(チョルラナムド・ヨンアムグン)の王仁遺跡にある百済門と大きさと形が同一の門だ。
13日、全羅南道霊岩郡によると、日本南部の佐賀県神埼市が霊岩郡に王仁公園の造成に向けて協力を求めた。王仁は4世紀末~5世紀始めに日本の国王の招へいを受けて『論語』などの儒教経典を手に日本に渡り、日本の皇太子の師匠としても活動した人物だ。王仁は霊岩から出発して神埼に到着したことが分かった。
このような縁で神埼は王仁を賛える碑石と神社をつくった。また、2008年から市関係者が毎年霊岩郡を訪問するなど交流してきた。そんな中、敷地1万3000平方メートルに達する規模の王仁博士記念公園をつくることになり、王仁の生家など遺跡のある霊岩郡に協力を要請した。松本茂幸・神埼市長が自らチョン・ドンピョン霊岩郡守に「霊岩遺跡にある百済門と同一の門を公園門としてつくってほしい」と要請した。霊岩郡はこの要請を受けて百済門の設計と施工をすべて引き受けることにした。伝統の瓦や木柱など必要な資材を国内で用意し、来年に資材とともに技術者現地に派遣して百済門をつくる。これにかかる経費2億ウォン(約2100万円)も霊岩郡がすべて負担する。
◆王仁博士=韓国には記録が残っていないが、日本の歴史書『日本書紀』などに出てくる。日本の応神天皇の要請を受けて百済王第17代阿シン王の時に渡日したことになっている。この時、『論語』10巻と『千字文』1冊を携えて日本に儒学を伝えた。また、陶工やと瓦工など数多くの技術者を連れていって文化を伝えたことから日本では飛鳥文化の始祖としてあがめられている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151114-00000007-cnippou-kr
歴史的な捏造に加担する佐賀県神埼市は一体何を考えているのか、いい加減にして欲しいものだ。
王任の全羅南道霊岩郡出自説の真相。
1968年のこと、韓国の農業運動家の金昌洙という人、韓国の農業協同組合育成のためにと日本農協の視察の為、日本を訪れた。
さて日本各地の農村を廻り視察、日本における王仁の遺跡や王仁の後裔と称する人たちを知り、民族的な誇りを刺激されたという。
1970年になるや、王仁研究の目的を持ち再度来日した。各地の王仁関連の史跡を調査を行いて、その子孫たちの証言をも聴取に及ぶ。
これによりて、王仁史料を収集する研究家となってしまった。
韓国に帰国したる後、民族史観を定立するためにと王仁研究所を設立して韓国民族の誇りとしての王仁博士に注目するよう大いに提唱して王仁研究の火付け役になったという。
さて、この時まで韓国人は王仁については何事をも知らなかった、百済人(これが韓国人というは疑問?)が格下の日本を指導していた・・とするこの情報には快感というか何とも知れぬ喜びを感じたものだったと推察される・・。
それはいつものやつだが、日本を格下に見ることにより、朝鮮民族の位相が相対的上げると思考回路。
この後、王仁は最重要人物となり一躍脚光を浴びることなったという。これも歴史劣等感のなせることとしか思えぬのがその騒動記のありさまだった・・。
肝心なこととして、王仁について韓国内には全く記録がなかった、まず王仁の出生地を探し当てるためにと、『中央日報』紙上に「百済の賢人博士王仁の偉業-日本に植え付けた韓国魂-」を1972年8月から10月までに15回にわたり連載した・・。
1972年10月、新聞連載をみた全羅南道霊岩郡の姜信遠なるものより「霊岩郡一円に王仁博士の遺跡と伝説が多い」との手紙を受け取る。
地元有志とともに現地調査をして直ぐさまであった、これこそ・・「霊岩郡鳩林面聖基洞がまさしく王仁博士の誕生地だという心証を固めた」とまさに神の啓示を承けたものだ・・。
1973年3月と10月、著名な歴史学者を帯同して現地を踏査して「王仁の誕生地は霊岩に違いない」ということにした意見の一致をみたそうな。
1975年、全羅南道知事この素晴らしい話を聞くに及んで博士王仁誕生地聖域化事業計画を発表したものだ・・。
翌76年には全羅南道が霊岩郡鳩林面聖基洞一帯を「王仁博士誕生地遺跡」として地方記念物に指定し、王仁廟を建設してしまったものだが、これ以後、霊岩を「王仁博士の故郷」として売り出し、周辺を遺跡公園として観光地化して、王仁廟春季大祭や王仁文化祝祭を行事化していったという、まさに大歴史創造事業と言える偉大な歩みがあったのだ・・。

王仁塚を訪れ山桃の苗木を
植樹する金鍾泌首相(1999.09.04)
韓国にとって返す返す残念なことは、国内には王仁に関する文献史料や考古史料がないこと。金昌洙の妄想がきっかけとなりて霊岩の生誕地とされるようになった物語である。
そういうことだから、霊岩に王仁に関する伝説には根拠としての科学的実証性が、はなはだしく欠けるたるものであり。例えば道銑国師(新羅末の名僧)らの伝説や地元の遺跡を無理矢理にこじつけたものという。
これは大阪枚方の王仁塚(江戸時代に京都の儒学者によりさしたる根拠もなく建立)をはるかに上回る大々的な歴史の捏造が公然と公権力により行われた物語である。
いずれにせよ、韓国人が信用できずと申して憚らなぬ日本の「記紀」に記載せし内容に基づいて、日本の文化を開明した人物が百済人(本当は漢人)であることは、あらま欲しきとの優越的民族主義的思考が先行してしまった結果なである。
しかしながら、ここまでくると、もはや王仁廟が歴史のでっち上げだと言おうものなら袋叩きに遭いかねない雰囲気になってしまった・・。(笑)

