母さんががんになったときに、僕がしたこと。

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2002年にがんで亡くなった母のことが知りたくなって
遠い記憶をたよりに母に想いをめぐらすブログです。

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2002年にがんで亡くなった母さんのことが知りたくなって
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高校の同級生に、腫瘍内科の医師している友達がいる。


がんについていろいろ知りたいだよなーと相談したら、

ちょうどよさそうな集まりがあるよー
と紹介されたのが、ジャパン キャンサー フォーラム。

ちょうど週末の8/6-7にやっていて、入場無料なので行ってみました。

 

 


会場に、がんになった方(サバイバー)や、看護師さんなどの医療関係の方、

患者会の方などで大盛況。

 

乳がんや肺がんといった、それぞれのがんの専門医師の講演に加えて
緩和医療、臨床試験、医療費、そして子供を持つ親ががんになった時

などの講演もあり、2日間で60以上。

立ち見が出る会場もあるほどでした。


2日間中、いろんな講演を聞いて、印象に残った話しが2つ。

 

1つは、乳がんになって胸を取ってしまった女性の話です。 (*もう1つは次回に)

 

その女性は、まだ小さいお子さんがいたので、
一緒にお風呂に入る時は、どうしても胸がなくなったことに

触れないわけにはいかない。
病気のことをどのように伝えたらいいのか、

すごく悩んでいて相談する人もいなかった。

 

がんの主治医に相談することもできず、
たまたま、お子さんが通院していた病院のお医者さんに相談したら、
こんなことを言ってもらい、腑に落ちたという。


「ジタバタしない。
 あなたの生きざまを
 そのまま子供に見せてあげてください」


あー、僕の母さんと同じだー
目の奥がじわーんと潤んた。


母さんは、がんになっても普段の生活と何も変わらなかった。

 

「看護師をするために生まれたきた」というほど、

看護師という仕事が好きだった母さんは、
自分のがんのことは、息子たちには多くを語ってくれなかったけど。

いつも変わらず看護師の仕事に打ち込み、明るくて冗談をいっていた。


その女性の話を聞きながら
僕の頭の中は、母さんの思い出を探していた。

 

 


このジャパン キャンサー フォーラムは主に募金や寄付で成り立っているという。

講演をした方の中には、医師や看護師さん、患者さんもいて、
総勢80名以上はいたと思うけど、
みなさん無償で講演を引き受けてくださったという。

 

運営している方も皆さんボランティアで参加しているのだろう。

 

皆さんの気持ちを感じられただけでも、胸が熱くなった。

 

自分も何かしたいと心から思った2日間でした。