窓の灯り
パラオの国旗は、どうして日の丸とデザインが似ているのか。それには深いわけがある。オアラオはドイツの植民地だったが、第一次大戦下、この地域の戦争でドイツに勝った日本は、戦後、国際連盟からパラオを含むミクロネシア地域を委任統治することを求められた。日本はたくさんの移民をこの地に送り、産業、教育、文化の発展に大きな功績を残した。第二次世界大戦後、この地域を占領したアメリカは、日本文化の影響を徹底的に破壊した。南洋神社は取りつぶされた。校庭の二宮金次郎の銅像は引きずり降ろされた。
 
 しかし、パラオ人は、心の中では勤勉の精神を教えてくれた日本人を敬い、日本統治時代を懐かしんでいる。その証拠にパラオ人の八割は、その姓名のどちらかをに、日本式の名前を付けているといわれる。

中略

 1994年、パラオはアメリカから独立した。独立にあたり国旗を制定することになり、国民の間から一般公募した結果、日の丸をもじった今のデザインに決まったというわけである。ただし、パラオの国旗満月は、日の丸の旗の太陽とは違って、中心からすこしズレている。日本に失礼だからと、わざと中心をはずしたのだそうだ。これらパラオの人たちの慎み深い態度をよく表している。

 パラオの国旗は、日の丸は侵略のシンボルではないこと、かつて日本の統治下にあった国で、日本の日の丸を模した国旗がつくられるほど、戦前の日本と日本人はアジアの人たちから尊敬されていたことを教える実物教材である。

  ↑引用

月刊誌「正論」2000年9月号のオピニオン欄で東京大学教授の藤岡信勝氏は、パラオの国旗の由来を述べています。