昔の韓国を知る知日派の金完燮(キムワンソプ)という韓国人は自らの著書で以下のようなことを記している。

~現代韓国人が知らない日本統治以前の奴隷社会~

「韓国人が朝鮮王朝を慕い、日本の統治を受けず朝鮮王朝が継続したならもっと今日の暮らしが良くなっていると考えるのは、当時の朝鮮の実態についてきちんと分かっていないためだ。
 特に子供と青少年は、きれいな道ときれいな家、整った身なり、上品な 言葉遣いのテレビの歴史ドラマを観ながら、朝鮮もそれなりに立派な社会で外勢の侵略がなかったならば静かで平和な国家を保てたろうと錯覚する。
 しかし日本が来る前の朝鮮は、あまりに未開で悲惨だったという事実を 知らねばならない。」 

(金完燮『親日派のための弁明』より)



金完燮がこの本を出した時、なんと彼はただちに逮捕された。

彼が「こんなことで投獄するなら日本大使館に亡命せざるをえない」と抗議してようやく釈放された後も、この本は韓国政府に都合が悪いので有害図書に指定され、一般書籍と一緒に販売できないように規制し、事実上の販売禁止処置を
受けてしまった。
そして、金完燮のように真実を知る者が一部にはいるにも関わらず、韓国の教科書では恥ずかしげもなくを教え、それが韓国では「常識」として信じられている。

たとえば韓国の歴史教科書では、江戸時代に朝鮮の使者が日本の首都に訪問すると、“江戸の野蛮な市民たちが”「文化を教えてくれ!」と哀願したとして韓国の子供たちに誇らしく伝えられ、日本を見下す根拠の一つとなっているのである。

本当の江戸時代の日本は、金鉱を有し、交易をし、学問・教育・文化・芸術に恵まれ「世界有数の繁栄」を極めていたということを韓国人は知らない。

当時の韓国には貴族階級以外の一般市民が残した日記や文学などは存在しない。
貧しい市民が芸術などに触れる余裕はなかったのだ。

一方日本では、町民までも生活を楽しむ余裕を持ち、芸術の分野では西欧絵画に影響を与えるほどの葛飾北斎写楽などを輩出し、松尾芭蕉小林一茶、十返舎一九、井原西鶴、近松門左衛門、滝沢馬琴などによる浮世草子や俳諧、
浄瑠璃など、“風雅な娯楽”が大衆に親しまれた。

しかも栄えていたのは江戸だけではない。当然、大坂や京都も大いに栄えた。
陸上交通の代表である五街道には飛脚が手紙を持って地方と江戸を繋ぎ発達した水上交通では特産品や手形などを運輸した。

当時のソウル・ロンドン・パリが糞尿にまみれた不潔な衛生環境だったのに対し、日本は清潔に保たれた都市環境と犯罪の少ない統治をしていたことが後に海外からも高く評価されるようになった。当時の江戸は世界的にも珍しい
「上下水道を完備した先進都市」だったのである。
(※よく誤解されているが、時代劇でもよくみる「街にある井戸」は地下水ではなく、工事を行って地下に水を引いて貯めた「上水道」である)

1801年のロンドンの人口が約86万人、1802年のパリで約67万人だった時代に江戸は1725年の時点で約102万~112万人が生活する大都市だったのである。

しかも増えた人口が生活できる豊かさを浪費にのみ向けたわけでなく、生活で出たゴミをリサイクルする文化も活発だった。傘張り、そろばん直し、提灯の張替えなどに始まり、街のゴミは拾い集められて湯屋(今でいう銭湯)の湯わかし燃料にされた。

先ごろノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイはエコ標語として日本語の「Mottainai(もったいない)」を提唱した。彼女は世界各国をまわったが、その概念を持った言葉は日本語にしかなかったという。

日本は江戸時代から「生活ゴミを海の埋め立てに利用」していたほどのエコ先進国でもあり、また、それらを含めた独自性の高い文化と豊かさを持った先進国だったのである。


だが
韓国の歴史教科書の中では「日本は貧しく文化も遅れた後進国であり、朝鮮がいろいろ教えてあげたことで成長した国」ということになっている。

そして本当の朝鮮が当時どんな有様だったかを、彼らは「全く」知らないのである。