刺さった棘を抜くように、問 題が解決すると思っていないだろうか?
敢えて棘というメタファーを使うなら、それは皮膚の表面に刺さっているのではなく、内臓の奥深く埋め込まれて、しかもすでに組織と半ば一体化していて、取り除くことが不可能な状態になっているのだ。それを右にずらせば胃が痛み、左にずらせば腸が痛む。それならばと中間の位置に持ってくると結局両方が痛む。
他人の忠告など、棘を右にずらせ、いや左にずらせ、それでもだめならバランスをとって中間に置いておけ、などと言っているにすぎない。
例えば、仕事Aに15時間必要、仕事Bに12時間必要。同時並行は不可能。この条件で、AとBを合計20時間以内で終わらせなければならないとしよう。Aをきちんと終えたがBができなかったとき、「Aばかりやっているからだ。ちゃんと両方のバランスをとらないとダメだ。」と言われる。こんな感じ。
もともとどうバランスをとろうが物理的に不可能なことを、努力させられていないか?
棘を「抜く」ことを可能にするような「外部」など存在せず、ある場所から抜こうとすれば別の場所に今までより深く刺さるだけにすぎない。どっちにしても「どこかに刺さっている」のだから、どこにも刺さらないバランス点などありようもない。
敢えて棘というメタファーを使うなら、それは皮膚の表面に刺さっているのではなく、内臓の奥深く埋め込まれて、しかもすでに組織と半ば一体化していて、取り除くことが不可能な状態になっているのだ。それを右にずらせば胃が痛み、左にずらせば腸が痛む。それならばと中間の位置に持ってくると結局両方が痛む。
他人の忠告など、棘を右にずらせ、いや左にずらせ、それでもだめならバランスをとって中間に置いておけ、などと言っているにすぎない。
例えば、仕事Aに15時間必要、仕事Bに12時間必要。同時並行は不可能。この条件で、AとBを合計20時間以内で終わらせなければならないとしよう。Aをきちんと終えたがBができなかったとき、「Aばかりやっているからだ。ちゃんと両方のバランスをとらないとダメだ。」と言われる。こんな感じ。
もともとどうバランスをとろうが物理的に不可能なことを、努力させられていないか?
棘を「抜く」ことを可能にするような「外部」など存在せず、ある場所から抜こうとすれば別の場所に今までより深く刺さるだけにすぎない。どっちにしても「どこかに刺さっている」のだから、どこにも刺さらないバランス点などありようもない。