第12病日
入院10日目
ストレスと疲労は自覚しなくても、身体に現れました。私の顔は土気色になり、左目の眼瞼痙攣が止まらなくなりました。 仕事中も、ため息ばかりで、同僚と雑談することもなくなりました。
心身症?
( ̄ー ̄;
ヤバい。
しっかりしなきゃ。
職場から坊の病院に向かう電車で、この正月に箱根駅伝3連覇を果たして話題となった青学コーチの本の広告がふと目に入りました。
「辛い状況で笑える人間が、リーダーになれる」
そうだ。笑顔だ。
坊のために、
そう思いながら坊の病室に戻ると、待っていた父が、「隣のベッドに入院が入るみたいだ。看護師がベッドのセットに来ていた」と。
( ; ゜Д゜)
トドメササレタ。。。
果たして、その夜、隣のベッドに入院がありました。
カーテン1枚の仕切りなので、看護師が治療説明しているのが丸聞こえ。隣人も「川崎病」の様でした。「抗生剤」の説明をしているのも聞こえてきて、隣人はずっと咳をしていました。
ステロイド中で易感染性だから病室を出るな、一日中ベッドで暮らせと言いながら、隣に感染症患者をいれたのか!!?
募る不信と不満。
本当は、この頃にはステロイド量も大分減っており、これくらいで易感染性はないと思っていました。けれども。。。
易感染性を理由に今の行動制限をしているんですよね!?そのために坊は散歩にも行けず、ずっと我慢を強いられているんですよね!?
と。
その夜、隣からは「痛い、痛い」という泣き声と点滴警報音が、ずっと聞こえていました。
「うるさいよ」
「寝るときはシーッだよ」
と寝言を言いつつも、眠っていました。
私は一睡もせず、もうここにはいられない、と窓の外のネオンを見ながら考えていました。
翌、入院11日目の朝。
休日なので出勤はありませんでした。
私は、回診にきた担当医チームに切り出しました。
私「退院か外泊をさせてください。子供が精神的に限界です。
ドクター「ステロイドをもう一段階下げないと退院できない。2日後の採血結果が良ければステロイドを減量できるし、
私「それは初めからそう聞いているので、分かっています。
字にするとキツイ言い回しに見えますが、平身低頭、お願いしました。坊は、私たちの会話を、私の胸に顔をうずめてじっと聞いているようでした。
担当医チームしばし沈黙。
「検討します」といって一旦離れた後、研修医が戻ってきて、「私たちは退院可とはできないが、親の責任で退院とします。
やったー!!!
ちょうど荷物の交換にやってきた両親に、「数日先のはずだったけれど、担当医にお願いして今日退院させてもらう」というと、2人とも大喜びで、台風のようにサーッとすべての荷物を車に運んでいきました。
坊に、「おうちに帰っていいって」
と耳打ちすると、坊は目を見開いて、それから
(^ー^)
言葉もなく、感嘆の笑み。
その笑顔を見て、私の頬も濡れました。
自主退院など、素人考えで決してしてはいけません。万が一の時には、いくら自分の責任とはいえ、病院に迷惑をかけます。今回の私の行動は決して褒められることではありませんが、一線を越えてしまいました。
病院は標準的な対応をしてくれたと思います。ですが、この入院は正直とてもストレスフルでした。医療とは、薬や処置のことだけを指すのではなく、光、音、臭いなどの環境がどれほど大事か、医療者の言動がどれほど患者から見られているか、痛感しました。
坊くらいの、あるいはもっと小さい時期に、子供を入院させた経験のあるひとは案外います。子供の入院生活について、「最初はストレスだったけど、すぐ慣れて熟睡できるようになった」と人もいますが、逆に付き添う親の方が参ってしまったという話もよく耳にします。
支える親が倒れる前に、家族間で協力体制について相談した方がいいです。母親は「自分が頑張らないと」という思いが強いから、なかなか弱音を吐けないし、そもそも自分でも疲労に気付けないものです。
もうひとつの教訓は、パジャマの事。
入院中のパジャマは裾がすぼまっていないタイプが向いています。
普段の生活では裾がすぼまっていた方が安全だと思うので、坊のパジャマはほとんどが裾すぼまりタイプです。1枚だけ、裾すぼまりではなく前ボタン式のパジャマがあったのですが、これが点滴しながらの着替えや清拭には一番便利でした。
些細なことですが、少しでも子供のストレスを軽減させることはできるかなと思います。
子供を成人させるのは大変な作業です。
川崎病に限らず、子育てにはリスクがいっぱい!事件や事故から身を守り、病気を予防し、精神的なトラブルにも目を光らせる。。。
日常に戻ると、ついつい子供に不満を覚えることもあります(瞬間接着剤で遊んでくれたり。出かけるというのにぐずぐずしたり。)
しかし、ただ生きて欲しいと願ったこの数日間を時々は思い返して、元気でいてくれることがどれだけありがたいことか、共に笑えることがどれだけ素敵なことか、一日の終わりには思い出したいです。