帰国
帰国しました。
4月より3ヶ月間上五島病院というところで働きます。
帰国はうれしいのですが、帰国前の2週間に大ショックな事がおきてしまいました。
5ヶ月前からメータオクリニックにレントゲン装置を導入しようと、
寄付金を集め、レントゲン室の着工をはじめ、レントゲン装置を探し、スタッフの教育を行いといろいろがんばってきたのですが、、、
帰国の1週間前にクリニックより、レントゲン装置の導入をやめて欲しいと言われました。
あまりの突然の事に大大ショックでした。
メータオクリニックのトップであるシンシア(ノーベル平和賞候補にもノミネートされた有名な方ですが、、)が5ヶ月前に同意したから
今までがんばってきたのに、、
怒りと悲しみでシンシアを怒鳴りつけてしまいました(大人気ないです)
理由はいろいろ言われましたが、どうもタイ人スタッフの横やりが入った事が原因のような気がします。
いわれてから、帰国まで1週間しかなく、いろいろ議論する気にもなれませんでした、、
病棟で働いているメディック達ももショックをうけていました。
病棟主任のタイタイとは2人で悔しさのあまり、泣きなじゃくってしまいました
現場で働いているスタッフは必要性をわかっていても、肝心の幹部連中があまり、理解していないようでした。
7月よりメータオクリニックに戻り、再度レントゲンの導入の仕事をしようと思っていましたが、それもなくなり、こんなクリニックではもう働けないと幹部には伝えました。
しかし、超音波の指導とレントゲン読影が途中で、病棟のスタッフには申し訳ないので、また、戻り遣り残したことをやろうと思っています。
他のNGO(タイ北部)の方から超音波の指導も頼まれているので、どちらにしようとタイにはまた、戻ってこなければなりません。
突然、僕がもう戻ってこないかもと、病棟に伝えると、みなショックを受けていました。
急遽、行う予定のなかった送迎会を行ってくれました。
必ず戻ってきてくれとなきがら頼んでくれるスタッフもいました。
病棟のスタッフは大好きだけど、このクリニックは嫌いになってしまいました。
今後、どうしていくべきか悩みます。
3ヶ月間ゆっくり考えて結論を出そうと思います。
ひげ
イギリスで若く見られるのが嫌で伸ばし始めたあごひげ。
別に好きなわけじゃなかったし、似合ってるとも思ってなかったんだけど、
ひげを一旦はやし始めると、なかなか剃る気分にならない。
一度も似合ってるって言われた事なかったな(まじで!)。
特にここのスタッフからは超不評で、いつも剃れっていわれてた。
どーも最近、運気がない気がするし、いらいらする事が多いので
気分転換に剃ってみました。
一旦剃ってみると、爽快、爽快!!(見た目そんなにかわらないけど、)
なんで、今まではやしてたんだろうって思うほど。
気分を入れ替えて、今週もがんばります。
さぼっていたスタッフへの講義もしっかりやります。
ありがとう
文化の違いでしょうか、言葉で出す事より他の事を大切にしているのだと思います。
自分が働きたくてここで働いているだけで、誰かに感謝してもらおうなんてめっそうもないと思っていました。
実際にここで働いていて、言葉の問題もありますが、患者にありがとうって言われた事はなかった。
(もしかしたら、感謝されるような事が出来てないのかもしれませんが)
でも、今日初めて、2人の患者にありがとう(チスーテー)って言われました。
1人の患者さんはサンキューってちょっと恥ずかしそうに言ってくれました。
ちょーちょーうれしかったです。
その患者さんはとっても重症で、日本の多くの医師に相談したり、いろんな検査をしたり(自分で払って)、とっても苦労しました。運よく、診断ができ、改善の兆しをみせました。
でも、それって自分の興味があった、重症な人に自分でがんばっただけだから、っという気持ちがありました。
でも、その人が、チスーテーっていって僕があんまりビルマ語がしゃべれないので、サンキューって言ってくれました。もちろん英語なんてしゃべれない患者なのに、、、、
ちょっと涙がでそうになりました。
ここ数日大変な患者が多く、事務作業や、人間関係やらで疲れていたときだったのでなおさらです。
そして、もう一つうれしい事がありました。
昨日、サッカーの最中にこけて腕を強打して、痛みが引かずにどんどん痛くなるのでレントゲンをとりにちょっと離れた公立のメソト病院にレントゲンを撮りに行きました。
結果は軽い骨折でひびが少々入っていました。でも、安静のみで良くなりそうなので、レントゲンだけとっただけでした。
言葉のわからない病院に行き、いろいろあれやこれや言われるのがこんなにストレスだとは思いませんでした。
ぼくは良く重症の患者をこの病院に送るのですが、彼らもタイ語が話せません、もちろん通訳と一緒に行くのですが、わからない言葉で告知など大変な事を話されるのはどれほど不安で、大変な事か初めてわかりました。
そんな事を思いながら帰ろうとしていた時、心臓の病気で送った患者さんにたまたまであいました。診察の順番を待っているのかとっても不安そうな顔をしていました。
ぼくが近寄って、少し声をかけると(お互い言葉はできませんが、)とってもうれしそうな顔をして、握手してくれました。
ビルマ語ができないぼくでも少しでも患者さんと通じていれているんだなーと感じた週間でした。
あの時のその患者さんの笑顔はずっと忘れないと思います。
