厳冬の楽古岳 24歳
冬山は条件が良ければ誰でも登る事は可能である。休みの日にだけ快晴、無風の登山ができる筈がない。
しかし冬の厳しさを重ねるうちに徐々に平気になって来た。
札楽古から入るが三角形の楽古岳の雄姿は見えず、それどころか十勝特有の西風が強い。冬山には予測を越える極限の厳しさと怖さがある。その時は果敢に挑戦し続行するか?撤退か否か?の局面を判断し見極めなければ真の岳人にはなれない。
鹿討ちの車の轍に沿って進む。雪はまだ浅く凍り付いた林道を風が振り撒くように舞う。車が入れるところまで進み、タイヤにチエーンを着けて車をUターンさせておく。冬用フードヤッケにゴーグルを付け、グローブを嵌め、完全武装した。日帰り登山とはいえ冬山は装備で決まる。しかし背中のアタックザックだけでは冬山の難局に対応できる訳ではないのだ。
楽古川は凍結しており、雪を踏み傾斜にかかるとアイゼンを装填し汗をかかないように一歩一歩高度を上げた。雪に埋もれ乍らも針葉樹もまだ半分幹を出している。
下山にグリセードは使えないぞ、転倒すれば立ち木に激突だ。
楽古岳は登山取り付きから一直線に登りばかりで、途中には展望する小丘もない。これでは町民登山の人たちにも何れ飽きられるかもしれない。しかし我々にとって日高の嶺に一番早く到達できる最短ルートである。
上に行くにつれ雪面が氷化して堅く、霧氷の花が満開のダケカンバの林に入ると頂上はもう近いはずだ。
フードの隙間から氷のような強風が吹き込み、素肌が変色する程痛い。ダケカンバの林を抜けると森林限界地に入る。来し方を振り返ると雪とガスだけの世界でアイゼンの爪痕も見えず、滑落したら一気に滑り落ち命はない。帰りは慎重にと帰りのことまで考えていた。もうすぐ頂上だが硬いコンクリートのような雪面にピッケルを突き刺し、右足左足とアイゼンを噛ませながら荒い息を吐き続けた。
氷の山に看板が見え漸く着いた。楽古岳の山頂だ。頂上に立つというより背を低くして強風を潜るように頂上地点に這い寄った。
流石厳冬の山。雪粉が粒手のように容赦なく顔を叩く。周りは灰色一色の世界で何もない。風だけが唸り声をあげており、フードを抜ける時にピーピーピー!と耳先で鳴り響く。ピッケルと両足で踏ん張りながら耐える。それも僅か約3分間が限界、この冬山の厳しさだけは絶対友達になれない。