今日で、僕の吃音について書くのは最終回にしようと思います。
最後に、吃音について、僕が経験した、人生最大のピンチについて書いてみます。
確か10年くらい前にアメブロで書いた気がするので、リブログしようと探してみましたが見つかりませんでした。
思い出して書きますが、記憶があいまいなところもあります。
子供たちがまだ、小学校に通っている頃、授業参観に行きました。
長男と長女は2学年違いで、妻と手分けして、2人の教室を行ったり来たりして参観していました。
たしか、僕が娘の教室の後ろで参観していた時のことです。
何の授業かは忘れましたが、先生が生徒たちに質問した後、
「お父さん、お母さんはどう思いますか?」と言って、親たちに質問してきました。
僕は内心「えっ!」と思い、あせりました。
質問自体は、何でもない質問だったと思います。
でも、僕がもし少しでもどもってしまたら、
子供たちは容赦なく、『何、このお父さん!』となるはずです。
親御さんたちは数人しかいなかったので、端から順番に答えて行きます・・・
今から,さっと教室を脱出するのは、いかにも不自然です。
僕は、なるべくどもらなく言えそうな答えを考えました。
言葉の音によって、どもりそうな言葉と、どもらずに言えそうな言葉があります。
多少、不自然な返答でも、どもるよりははるかにましでした。
というより、どもってしまったら破滅です。
僕の番が来て、僕は幸運にもどもらずに、言うことが出来ました。
質問の答えだけを考えているように、さりげなく、平然と・・・
しかし、いきなりこんなピンチに出会うとは思ってもいませんでした。
この時はどもらずに本当に助かりました。
思えば、吃音は、他の障害と比べて特殊な位置にあると思います。
症状がひどいときは、仕事や生活に本当に困りますが、障害者手帳が交付されるような障害と認められることは殆どないようです。
(脳卒中などが原因の吃音では、障害者手帳が交付されることもあるようです。)
他の障害と違い、あからさまな侮蔑の対象としてくる人もいます。
喋らなきゃ分からないし、場面によって出たりでなかったもします。
自信が無かったり、緊張したり、あせったりででるものだと思われがちですが、
どもってしまうときは、表層的な意志の力では、どうすることも出来ません。
僕は、今、ほとんど吃音は出なくなりましたが、
時が解決したのか、なるべく腹式呼吸を心掛けているからなのか、治った原因もよく分かりません。
このブログで、本当に微力ですが、吃音ってこんなものだって、知ってもらえればいいかなと思っています。