ICUの面会時間は1日1時間だけ。

これ以上病院にいてもどうしようもないので、とりあえず自宅にみんなで帰った。


みんなろくにご飯も食べてないから食べることに。

お通夜のように暗い食卓だった。

そしてやっぱり私は食べられない。水分もとれない。

食べないし、いきなり泣き出す私。
もう感情のコントロールができない。
さらに暗い食卓になる。


シングルマザーになる覚悟もし始める。


お義母さんは夕方また病院に戻り付き添うと。
私も行くと行ったが、とりあえず休みなさいと反対される。


また長い長い夜の始まりだ。


眠れないと言いつつ、もうヘロヘロの私はいつの間にか寝てしまっていた。


気がついたら朝の6時半…。

急いで携帯を見る。

着信も何もない。

とりあえず一安心。



また長い1日が始まるなぁ…と考えていたら着信が。

お義母さんからだ。

市内の病院まで1時間半…。

救急車と私達とお義母さんが偶然にも同じタイミングで到着した。


お義母さんの顔を見た瞬間、今まで泣かなかった私は号泣した。お義母さんも号泣した。


武志くんはすぐに処置室へ。
一目でも会いたいがたくさんのスタッフに囲まれ運ばれていったため、見ることも出来ない。


処置している間、廊下でひたすら待った。


だいぶ長い間待ってから、ドクターからのムンテラ。


話を聞くが入ってこない。理解できない。質問は?って聞かれてもわからない。
今、何が起こっているのかさえもう理解できない。


ただ、脳に何らかのダメージがある、ということはわかった。


3つの薬剤を一気に投入することになった。


ICUに入院になった。

面会できる状態になったので、お義母さんと2人で行った。


大きな病院に行けばすぐに助かると期待していた。

でも今まで以上に、モニターとか点滴とかされ、その姿を見た瞬間もうダメだ、と泣き崩れた。


ちょっと前まで普通にしゃべって笑っていたのに、今では目も開けない、話しかけても何の反応もない…。

なんで武志くんなの!って何回も思った。


面会時間が限られていたのですぐに退室した。



もうどん底だったが、私には出産という大仕事がまだある。


どこで産むの?

産む私が聞きたいくらいだ。


里帰り先の病院はここから1時間半。陣痛来てから行っても間に合うか微妙…。

陣痛中の車はめちゃくちゃ陣痛を促進する。
長男の時に車移動が本当にしんどかったからもうあんな思いはしたくない。

それに武志くんを置いては行けない。


色んな方々の協力で、私は武志くんと同じ病院で出産出来ることになった。


妊娠中に色々問題のあった妊婦。
今日いきなり来た予定日超過の妊婦。

こんな私を嫌な顔せずに受け入れてくれた。


『どんな状況でも出産は受けますので安心してください。赤ちゃんも何があってもすぐに対処します』って言ってくださった。

ここにはNICUもある。

本当に本当に心強かった。

9月10日9時前。

専門医による診察。


結果…
『現時点で原因がわからない。この病院ではできる検査も限られている。もし検査して分かっても十分な治療ができないかもしれない。』
ということで、市内の大きな病院へ搬送することになった。


市内までは1時間半くらい。

もちろん、妊婦の私は救急
車の乗車は断られた。

弟に頼み、私は母と息子と車で行くことにした。


搬送の準備もあり、もう少し時間がかかると。


私たちは一旦家に帰り、準備をしてから行くことにした。


実家なのにあの倒れた場所に帰るのはなんとなく嫌だった。


家に帰り、敷きっぱなしの布団を見てここで倒れてた…とか考えたら、やっぱり現実なんだと思った。


私は倒れてから何回も、夢かな?って思ってた。


でも市内の病院へ搬送されるってなってからはやっぱり現実なんだってやっと実感してた。


帰った時に少しでも食べなさいとご飯を出されたが食べれない。



準備をしてから病院へ向かう。

母がおにぎりにしたから食べなさいと渡してくれた。

私には出産もあるからな!と食べては見るがストレスから二口くらいで吐き気に襲われる。


今となっては道中のことは覚えてない。
1時間半何をして、何を考えていたんだろう…。