これまで読んだ本で何が一番好きかと言われたら......アラン・シリトーの『漁船の絵(The Fishing-Boat Picture)』と答えます。そのお話が収められているのが中学生の時に買った『長距離走者の孤独』の中でした。

 

余りにも長く持っていて恐ろしく変色したのでそれでも随分前ですが洋書を購入しました。

レポートが終るまで図書館で本を借りないと決めたので、通勤電車の中で読みました。

 

何故この本をよむ事にしたのかと言うと、『長距離走者の孤独』は当時大好きだったThe JamのPaul Wellerの愛読書だったからです(笑)でも、私はこのお話は余り好みではなく......その本の中『漁船の絵』にとても惹かれました。

 

主人公は労働者階級の郵便配達人です。と言うかこの本に収められている作品全ての登場人物は労働者階級なのですが、駆け落ちした妻がかなり長い年月してからふと訪ねて来て.....と言うお話です。妻は結婚祝いの時に貰った漁船の絵を持ち帰りたいと言い主人公は渡すのですが、数日後に質屋で見つけて買い戻します。妻は次に来た時にその絵を見ても何も言わず......しかし又年月が経ってから欲しいと言い主人公は渡すのですが.......数日後にまた質屋で見つけて今度は買い戻す事はしませんでした。そしてその後に主人公が後悔しきれない出来事が起こるのです。

 

本のレヴューを見ると妻は主人公に又買い戻して欲しかったのではないかと考察している人もいるのですが、私は彼女はお金の為に質入れしても最後は自分で買い戻したかったのではないかと思いました。主人公は妻と違い穏やかな人で、妻は物足りなさを感じて違う男と駆け落ちしたのですが、離れてみて主人公をどれだけ愛していたのかに気付いたのだと思います。二人が好きだったこの「漁船の絵」は彼ら自身であり、主人公との幸せを自ら手放した彼女は絵を手放し取り戻す事で2人の関係も元に戻したかったのではないかなと.....。淡々と語られているお話なのですが、本当に素敵で悲しいお話なのです。英語で読んでもやはり同じように心に残りました。日本語訳はその女性の名前が労働者っぽくキャスィーとなっており又主人公の台詞もそれっぽ過ぎる感じだったので原語の方が良いかなと思いました。

 

日本語で読んだ時は自分の年齢が若い事もあったのでなのだと思うのですが、当時はなんとも思わなかった「アーネストおじさん(Uncle Ernest)」と「フランキー・ブラーの没落(The Decline and Fall of Frankie Buller)」も良かったです。

 

「アーネストおじさん」は戦争トラウマで家族から見捨てられた男性が寂しさを埋めるために少女に食事をご馳走するようになり.....と言うお話で、先日TVで報道されていたホストに貢ぐ若い女性を思い出してしまいました。関係はお金によるものであるとわかっていても寂しさを埋める為に相手に使う事を止める事が出来ない......そんな悲しいお話でした。

 

「フランキー・ブラーの没落(The Decline and Fall of Frankie Buller)」は若い少年達が戦争に駆り出され、リーダー各の立場におかれたフランキーは戦争に参加する事に生きがいを感じていました。しかし終戦とともに自分の価値がなくなり心を病んでしまいます。主たる登場人物の1人で語り手でもある本好きのその後に物書きになる人物の名前はアランで....これは自身の経験を基に書かれているのかもしれないと思いました。主人公のフランキーは文盲(もしかして今は禁止表現でしょうか?)で戦時中はアランに新聞を読んでもらっています。しかし戦争が終わり偶然映画館の前であったフランキーはアランに「今日は眼鏡を忘れて文字が読めないので代わりに読んでもらえないか?」と言うシーンがあるのです。子供の頃は読めないと言えたのに、大人になって立場も変わると正直に言う事が言えず、こんな言い方をするフランキーがとても哀れでした。

 

シリトーの作品は第二次世界大戦に関わるお話ですが、ヴァージニア・ウルフの作品にも第一次世界大戦等が描かれておりなんとなくウルフの作品を思い出しました。今はあまり小説や歌に戦争の事が織り込まれる事はないですが、私が中学生の頃には戦争経験者もまだ多く残っていたからか扱われていた事が多かった気がします。そしてThe JamのLittele Boy SoldiersとKate BushのArmy Dreamerも思い出しました。

 

 

 

 

"The Loneliness of The Long-Distance Runner"

Alan Sillitoe

Vintage International

New York, 2010