宗教施設に預けられた女、3児の母となる -10ページ目

宗教施設に預けられた女、3児の母となる

小学生の頃、特殊な共同生活の村に預けられる。
その経験が、今の子育てにどう影響してるのか…。
試行錯誤しながら奮闘中!

*小5・小1・年少 3兄妹のママ

*お庭で菌ちゃん農法

*望診薬膳アドバイザーになる!

長男、小学4年生が無事終わりました。

なんとか、自分の手で育てきった。

長かった。

苦しかった。

反抗期に片足どころか全身つっこんでて、
プライド高くて、ナマイキで、気分屋で、
機嫌を損ねると大変めんどくさい長男。

長男と言い争いになると、つい

「出てってくれ…!!」

という禁句が頭をよぎる。


抑えきれず、思わず口にしてしまったことも、

正直一度ではない。


と同時に、激しい後悔に襲われる。

だって、

私自身が、長男とまさに同じ歳の頃、

家から出され、宗教施設に預けられたから。



「お母さん、連れてかないで!!!

お父さん、お願い!!!」

必死の抵抗も虚しく。


ランドセルと学用品と、

全てに記名された衣服

何日分かを、管理人に預けると

両親は去ってしまった。


3歳の妹を連れて…。



長男が赤ちゃんの頃にね、

しょっちゅう考えたんだ。


「こんな愛しい我が子をよそに預けるなんて、

絶っっっ対に考えられない」

あの頃の私に、両親の決断など

1ミクロンも理解できるはずがなかった。


「私は何があっても、

この子が自分の意志で離れて行くまでは、

絶対に自分の手で育てきる!」

愛しい我が子を抱えながら、

強く決心したんだ。



それなのに、、、


「出てけー!爆弾爆弾爆弾


なんて怒鳴ってしまう自分、

一瞬でもそう思ってしまう自分は、

結局あの時の両親と同じじゃないか……。


そう自分を責めては、

絶望で泣き叫びたくなった。



あと1ヶ月…

あと1週間…

ようやく、この日を迎えることができた。


ちっとも完ぺきな母親なんかじゃない。

だけど、あなたとぶつかるたびに、

投げ出したくなるたびに、

ここで見放しちゃだめだ、

何があっても自分の手で育てきる!

って決めたんだ。


泣きながら、あなたに想いを伝えて、
仲直りして、

またぶつかって絶望して、、、

そんなジェットコースターのような

2年間だったと思う。



我が子を手放した両親の気持ちが、

少しわかった気が


…いや、やっぱりそこは認めたくないかな。




さくらんぼ次回は、

どうして宗教施設に

一人で預けられることになったのか

を書こうと思いますおねがい

反抗期10歳長男と登山
反抗期10歳長男と登山