地に呪われたる者 (みすずライブラリー)/フランツ ファノン
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先日読んだ「痛恨の江戸東京史

のなかで紹介されている本だ。


「ひとつの橋の建設が

もしそこに働く人々の意識を豊にしないものならば、

橋は建設されぬがよい。

市民は従前どおり、泳ぐか渡し船に乗るかして、

橋を渡っていればよい。

橋は空から降って湧くものであってはならない。

社会の全景にデウス・エクス・マキーナ(救いの神)によって

押し付けられるものであってはならない。

そうでなくて、市民の筋肉と頭脳とから生まれるべきものだ。」


という文章が、引用として紹介されていた。


昭和46年に、東京都知事だった美濃部さんが都議会の発言の中で引用した言葉で、

それ以降「一人でも反対したら、施設をつくらない」というたとえになったそうだ。


著者青山氏は、それに対して、民主主義とは何か?国土は誰のものか?公共の福祉とは何か?を改めて問題にしたいと最後に提示している。


自分の地域の事を当てはめて、考え直している。

単純な話ではないので、

即座に賛成でも反対でもない。


行政の効率化を求めて、

施設が整理、統合されていく中で、

そこに生活している人たちの為という部分が抜け落ちているのでは?と感じた時、

それがこれから10年、20年先の便利さのために(本当に便利になるのか、理想的なものになるのかは不明・・)

子ども達や子育て中の人たちに負担や不便を強いる事が公共の福祉なのか?

現在の人たちのフォローをしながら、将来のビジョンに向かっていく方向をなら納得がいくが、

行政の方針だからでごり押しされても

どうも納得がいかないのは、

私たちのエゴ?なのだろうか?


いろいろ考えてしまう。