
グラン・トリノは『父親たちの星条旗』などで有名なクリント・イーストウッド監督兼主演の作品。
舞台はデトロイトの東洋人の多く住む地域。
朝鮮戦争のトラウマにより頑固で気難しい性格になり家族や親戚に対して心を閉ざし嫌われている元フォードの組み立て工の老人ウォルト。
ある日、隣に越してきたモン族の少年タオが愛車70年代式グラン・トリノを不良にそそのかされ盗みにくるが追い払う。
その後タオをそそのかした不良などをモン族の家族から救ったことで自分の家族以上に彼らと仲良くなり彼は居場所をみつける。
タオは盗みをしようとした償いとしてウォルトのもとでただ働きをさせられるのと共に彼から男としての生き方を伝授され建築現場で仕事を貰うが、それをよく思わない不良に強襲される。
怒ったウォルトは不良の1人に報復するがタオの一家がその報復を受けてしまう。
復讐の連鎖に決着をつけようとウォルトは復讐をしようとするタオを家の地下室に閉じ込め単身相手の溜り場に出掛ける。
丸腰の彼に対し不良は一斉に発砲、不良は逮捕され彼は命を落とすが復讐の連鎖に終止符を打つ。グラン・トリノは遺書によりタオのものとなり物語は終わる。
この映画はウォルトの妻の葬式からはじまり途中何度も”生と死”に関しての話が出てきます。
亡き妻から依頼されウォルトを気にかける若い神父に話した朝鮮での悲惨な話、不良の溜り場に出掛ける前にタオに話した人を殺めることの辛さ、そのトラウマなど。
彼の生涯通しての後悔、苦しみ、葛藤などが鮮明に描き出されていてさらに若者に自分のような後悔や苦しみを味わわないために自分の身を捨ててまでも未来を守ろうとする姿には感動しました。
また物語では宗教や人種への偏見や人種間の争いなども描かれていてクリント・イーストウッドはそれらの問題も描き出そうとしているようです。
また強く感じたのは老人と若者の関係です。日頃感じるのは老人は敬われるべき存在で尊ばれるべき存在は若者なのではないかということ。”尊敬”という言葉の意味です。
尊ばれ敬うというのが”尊敬”ですが尊ばれる存在と敬われる存在は違うのではないかと思うんです。
いろんな経験を積んできてあらゆることを知っている老人や年長者は敬われるべき存在ですし、電車で席は譲られるべきです。笑
しかし若くてこれからの未来を担う若者はその意見や行動は年長者から尊重されるべきだと思うんです。そして席は譲るべきです。笑
また若者を尊重し守るのも老人の責務です。そして老人を敬い助けるのが若者の義務です。僕はそう思うんです。
若者が年長者を敬い年長者が若者を尊重する。それではじめて年長者と若者の間に”尊敬”ということばが成立するのではないかと感じるんです。
この映画『グラン・トリノ』はそんなことを強く感じさせてくれましたね。
よくわかんないですね。
とまあこんなことを思いつつこの映画の温かさを感じていました。
暇な人はぜひ。
心が温かくなる気がします。
あくまでも気がするだけです。