Journey to Poland -the first day- | TrIpPiNg In BaL

Journey to Poland -the first day-

第一日目~ワルシャワ~


もう帰ってきてからかれこれ二週間も経ちますが、ポーランド旅行記を再開したいと思います。


さて、初めての一人旅となった今回のポーランド旅行、当初はやはり色々な不安がありました。というのも、実は台湾行く時に衝動的に買った「地球の歩き方」(台湾の買わなくてごめんなさい)によると、ヨーロッパというとこは結構スリが多く、日本人とかは特になめられているので狙われやすいのだそうです。


例えば、ある観光者の経験談によると、彼女がある公園を歩いていた所に中年男性がどこかの場所を訪ねようと近づいてきて、いきなりここのホテルはノーコミッションだとか両替商っぽいことを言い始めた。彼女はその場を去ろうとしたのだが次の瞬間、今度は警察手帳を持った男性が近づいてきて麻薬捜査をしているので身分証明書を見せなさいと言ってくる。彼女が自分のIDを見せると、今度はその警官らしき男性は、中年男性と彼女に向かって財布を見せろと言い、色々と尋問し始めた。そして、今度はその警官の相棒らしき人物が現れ、携帯を中年男性の方に渡し、電話の相手と話すように命令してくる。その後、彼女にも同じように要求し、電話を受け取ると相手は女の人で、彼女の財布の中に入っていたカードの暗証番号を携帯に打ち込んで下さいと言うではないか。さすがに怪しいと思い断ると、警察らしき男性は怒り始めたが、なんとかその場から彼女は逃げることが出来たそうだ。後日、彼女が現地人にその話をしたところ、それは間違いなくインチキ警察で、全員グルの可能性が高いと言われたそうだ。


こんなん読んでたらヨーロッパは恐ろしいとこだと勝手に想像してしまうものです。

でもまぁ、アメリカのスラムみたいに銃で殺されたりすることは最悪な状況でもあまりないだろうとプラス思考に考えながら日本を出発しました。


H.I.S.とか行けば分かるけど、ポーランドという国はあまり日本人観光客に人気がなく、直通便とかもないのでモスクワ経由で飛ばなければなりません。で、まだ9月上旬の日本はむんむんと蒸していたので半袖短パンで日本を出たわけなんですが、モスクワについた途端、雨も降ってたのもあるけど、極寒で凍え死にそうになりました。((-w-")) あいにく、服とかは全部預けた荷物の中だったので、とりあえずポーランドまでは持ちこたえようと必死に我慢しましたが、なんとポーランドに着くなり、預けた荷物が届いてないことが判明。。。


いきなりかよ。。。


一応空港の人にホテルの住所を教えたので、明日の夜までには荷物が着くことを期待して空港を出ました。


やはり寒い。。。


まぁ、怒ってもしゃあないしっと半ばあきらめモードでワルシャワのホテルを目指しました。


ホテルに着いた途端、最初に目に入ったのがこれ。



nanka、yoroppa tte hennna toko dane...


そんなことを思いつつ、チェックインをすまし、自分の部屋を探す。


「おっ、ここだ。」 

と思って入ろうとしたら、隣の部屋のドアに書いてある札が気になったのでちょっと見てみる。



「日経?いや、日系?」


。。。


どういうことだろう?


日本人用の部屋ってことなのだろうか?

それはつまり、ここは簡単に盗めるので泥棒さんウェルカムですと歓迎しているのだろうか。


そんな不安を感じつつ、寒さに耐えつつ、その日の夜を過ごしました。

ぶっちゃけ、初日からかなりhomesickになりました。(=_=#)


次の日。。。



とりあえず、朝になっても荷物が届かなかったので、昨日のK.Y.な格好で観光することに。。。


で、超方向音痴な自分は、地図を持ってたのにも関わらず、北に行くはずが何故か完全に逆の南に歩いてて、全くどこか分からず、とりあえず教会を見つけてはそこで祈って、ちょっと泣きが入りながら迷走してました。涙


そんな迷走の中、ようやっと北に出ることが出来ました。



「おぉ!!」


ポーランドっぽい!!(何がポーランドらしいのか分からないけど)


早速地球の歩き方を見てみる。


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文化科学宮殿 ☆☆

 

ワルシャワ中央駅の東側、デフィラト広場にそびえる37階建ての高層ビル。

スターリンからの贈物として1952年から4年もかけて建てられたもので、建物自体はワルシャワ市内のどこからでも見えていい目印になるのだが、高層建築の少ない調和のとれたワルシャワの町にはまるで似つかわしくない権威主義的な建物ともいえる。どうもワルシャワ市民には評判が悪く、この建物を皮肉った小咄がたくさんある。「ソビエトの建てたワルシャワの墓石」などと呼んでいる人もいる。

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。。。(=v=;)。。。





次の観光地へれっつごー。







てなわけで、とりあえず旧市街に向かって歩き始め、途中とある博物館に入りました。

ここはなんと、クラシックでは伝説と言われ、また「101回目のプロポーズ」を見た人は誰もが知ってる「別れの曲」を作曲したショパンの博物館なのです。ショパンは20歳過ぎてからはずっとパリに住んでたけど、元々生まれはこのワルシャワで、生家とかも未だにこのワルシャワに記念館として残ってるらしいです。


博物館には、ショパンの書いた楽譜、絵画、それに彼やジョン・リストという音楽家が実際に使っていたピアノが展示されており、同じ音楽家としてそれを見ていてとても強いインスピレーションを与えられました。何度も何度も直しまくったショパンの楽譜。そこには、彼の情熱がまだ熱く残されているかのように見えました。やっぱ格好良いね、この時代の音楽家って。



その後、再び旧市街に向かって歩き始めました。


実は、ワルシャワにはショパン以外にも偉大な人物が住んでいたのだけど、皆知ってるだろうか。



彼の名はコペルニクス。

さて、何をした人でしょうか?


①地球が丸いことを発見した人

②地動説を発表した人

③地球に重力があることを発見した人

④天動説を発表した人


さて、どれでしょう!?(ヘキサゴン!!)


答えは一番下に書いてあるよぉ、多分。w



所変わって(と言っても実際はコペルニクス像の隣にあるんだけど)、ここは聖十字架教会。


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聖十字架教会 ☆☆


この教会はショパンにゆかりの深い教会で、本堂の左手前にある石柱の下には、ショパンの心臓が埋められている。第二次世界大戦中、ドイツ軍はほかの建物同様この教会もダイナマイトで爆破した。その際にはほぼ3分の1が破壊されショパンの心臓も持ち出されてしまったが、戦後教会は建て直され、心臓は1945年の10月17日、ショパンの命日に元の場所に戻された。


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どっかにスコップ売ってないかな。。。



で、そのまま旧市街に到着。

でも、旧市街通りは現在工事中らしく、なんか思ったより綺麗じゃなかった。

旧市街通り


旧市街市場広場の入り口



色んなお店が立ち並んでいる広場


こっちの方はもう新市街広場みたい

まぁ、そんな感じでお腹も減ったのでそこら辺にあるBARに入ってみる。


最初の店員さんはま~~~~~ったく英語が通じず、ポーランド語で全部言ってきたんだけど、運良く他に英語を少し知ってる人が言ったのでその人に席へ案内される。


はじめに、「~~~~ぷろっしぇん?」とか聞かれたので、

「ぷ。。。ぷろっしぇん!!」と言い返したらこんなん来ました。


ポーランド語で「ビールを下さい」は「Piwo poprosze (ピーヴォ ポプロッシェン)」なんだって。

ポーランド語が一つ分かって良かったね☆


さぁ、ビールを飲んでかなり酔っぱらった後は、バルバカンという15~16世紀に造られたバロック様式の砦を見に行こ~。


ここはその昔、火薬庫や牢獄として使われていたらしいっす。






で、そのちょっと先にあるのがキュリー夫人記念館。



キュリー夫人ってラジウムを発見した人で、メッチャ頭良かったてのは知ってるんだけど、ぶっちゃけあんまそれ以外は覚えてないんだよね。小さい頃に彼女の伝記とか読んだ記憶はあるんだけど。。。まぁ、記念館には実験用具や化学式がいっぱい展示してあって文化系の自分にはあんま分からなかった。ごめんなさい、きゅうりさん。。。(キュリーだって) でも、こういう偉大な科学の発見が後に原爆とかの兵器に使用されてしまうのが本当にいたたまれない。訪問者が残した感想欄にも、「科学の発展が間違った思想に悪用されず、平和の貢献にのみ使われますように」というコメントが結構書いてあった。皆本当は同じこと思ってるんだよね。願わくば、こういう考えを持つ人が世界中に広がっていきますように。



ぼちぼち旧市街を後にし、ホテルの方へ向かい始める。

帰りは別の道を通ってきたんだけど、その途中にあったのがこの記念碑。





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ワルシャワ記念碑 ☆


第二次世界大戦末期、各地でドイツ軍を打ち破ったソ連軍がワルシャワに迫り、解放も間近と見たワルシャワ市民が1944年8月1日、ドイツ軍に対して一斉に蜂起した。一時的に市外の中心部が解放区となったが、政治的には反ソ連だった蜂起の実体を見抜いたソ連軍はヴィスワ川の対岸まで達しながらそこで停止。援軍を絶たれた蜂起はしだいに力を失い、20万人の死者を出し、ほとんどの市外を破壊され、10月2日に降伏した。このワルシャワ蜂起45周年を記念して1989年8月、この碑が建てられた。


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なんか、この記念碑を見てると切なくなる。

ソ連軍が来てくれないって分かった時、彼らはどんな心境だったんだろう。

希望を持ち続けることが出来たのかな。

きっと、その戦場には俺と同い年や、俺よりずっと下の子もいたんだろな。


何で戦争ってこんなに何世紀も何世紀も続くんだろう。

規模や武器や目的とかは変わっていってるのかもしれないけど、その根本は結局変わらない。


相手が憎いから。。。


でも、何でそれが相手を殺すという思想に繋がっていくのだろう?

自分の憎んでいる相手が完全に地上から消えないと人って満足できないのかな。

「人を許す」という選択肢も与えられてるのに、何でこんなに多くの人が憎しみを選ぶんだろう。


そんなことを瞑想しながらホテルに帰りました。


そういえば、帰り道にこのポスターを見つけました。



「BLACK EYED PEAS」。。。

彼らも頑張ってるんだなぁ。世界中に行って自分達の持ってるメッセージを伝えようとしてる。

俺も、小さい働きながら、出会う一人一人が今あるこの平和を愛せるように、そしてまだ平和のない国に少しでも関心を持って貢献したいという意識を一人一人が持つことが出来るように働きかけられたらいいな。


一日目終了


to be continued on the second day