更新が滞りがちですが、すみません。
記録を残しているわけではないので、
(このブログが記録or日記帳替わりです)
忘れないうちに更新していきたいという思いはありますが、なかなかパソコンに向かえず![]()
先日からの続きです。
翌日の17日は、読み聞かせのボランティアの日でしたので、どうしても行きたいものでした。
今は、年3回
6年生は最後の読み聞かせです。
夕食を済ませ、入浴![]()
咳は出るものの、体調の戻った私は、
いつも通り![]()
『水分』『呼吸』に注意して過ごし、
いつも通り、家族が寝静まった22時過ぎにも起きていました![]()
そして、あの地震(23時過ぎ・・・)
洗濯ものを干して寝ようと、歯磨きを終えたところでした。
(洗濯物が1階に干すものと2階へ干すものとあり、2階分を持ってあがろうとしていたところです)
突然、揺れだし・・・速報のアラーム・・・
何がなんだか・・・で、座り込み。
落ち着く間もなく 2度目の揺れ・・・
長い 大きい揺れ。。。。
這いつくばって、わーきゃー言っていたと思います。
気が付くと、揺れは治まり、旦那の足が見えました。
思わず、縋り付いたのを覚えています。
この辺、多分・・・の話になるのですが、
洗面所とキッチンの間にパントリーがあります。
そのパントリーが、オープン棚のみなので、揺れると落ちるものが多いです。
が、割れるものはないと思います。
その隣の洗面所に居たのですが、もちろん落ちていく瞬間等は見ていません。
気が付くと、ネットのケーブルや本体などがつり下がったり・・・足元は、歩ける場所もないぐらい。
おそらく、旦那にリビングに行くように言われて、行ったのだと思いますが、そこでも、地べたに座り・・・ソファーのひじ掛けにしがみつく形だったんです(気が付いたときには)
そして、家のメンズ、3人が被害状況など確認で、各自部屋から出てきたりして・・・・それぞれが、その後、職場へ行きます。
おそらく震度4以上?ぐらいだと、出勤になります。
その間、放心??だったとは思うのですが・・
気が付くと、
わんわん泣いてました。
声を上げて![]()
長男が背中を3度ほど、トントン??
なだめたのか?叩いたのか不明
それで、我に返り![]()
でも、また涙が溢れだして、止まらない。
どれぐらい繰り返したのか?
5分?いやもっと短い??
わかりませんが、旦那と長男が出勤できずにいる姿を見て、
『あ。心配されている。ヤバイ』
と思い、冷静になる自分と、涙が勝手に出てくる自分と・・・
とにかく出勤させなきゃいけない。
と言う使命感も芽生え、泣き止みました![]()
その時点で、次男は、既に居ません![]()
約1時間ほどで、次男が帰宅。
「ソファーにぐらい上がったら?」
と心配され、まだその場から動いていない状況に驚かれ![]()
「明日の朝、早めに出勤するから寝るね・・・」
と言った、更に1時間後ぐらい?に旦那と長男が帰宅![]()
すでに2時過ぎ・・・
ようやく動きました。
2階の洗濯ものをまだ干せてなくて、干すもの旦那が手伝うという超レア体験。
そのまま、時々こみ上げる涙を拭きながら、寝ました。
なんか、疲れ果てた感じ![]()
11年前の地震で、翌日 この平和な日本に居ながら、
避難しなければいけない状況になり、自宅に戻れない![]()
という環境を体験し・・・
色々な思いはあるものの、新宅を立て、なんやかんやと新生活を送っている現状で、トラウマとかフラッシュバックとか、見て見ぬふりをしてきました。
未だに、震災関係のテレビは毎年 見れず避けていました。
でも、あの揺れる恐怖は、全てを当時に戻してしまうのでしょうか?
津波が全てをのみこむあの惨状を![]()
友人、知人、子供も大人も・・・
親戚も、バラバラ、散り散りに逃げたあの日を・・・
もう~何もかも、やだーーーーー
って泣いていたんだと思います。
今は。
今日は。
日常生活普通に送っています。
続きは、またそのうち。
元々、私も買い置きを沢山する方でした。
でもね。
避難したあの日
3日分の旅行用のバックしか持ち出せませんでした。
貴重品、毛布・・等で、車は一杯です。
ガソリンも当時は、ギリギリで、どこまで行けるか?状態で自宅を出発しました。
それこそ 年3~4回行っていたお泊りディズニー![]()
そのたびに、買い集めたグッツ![]()
何もかも、置き去りでした。
その経験があって、物には執着しないようにしています。
でも、ついね。。。
ついつい・・買っちゃうんですけどね。
あのころの想い![]()
