良い意味を悪い意味にずらそうとするモノゴト | ウェブログのろぐ

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落ち着つきはじめたころからのリニューアル中。メインは琵琶湖でのバス釣り。釣果のためになる情報や派手な釣果写真はあんまりないかも。他、琵琶湖以外の場所や海釣りの話などもできればいいなと。

 

4月8日(水)

15㎥/s 15cm
平均 13 最高 20.5 最低 5.3

ちょっとばかし早い目覚めとともにブログを更新してみる。

昨日の夜に書いたものの続きも書いてしまいたいが、その前に書いてみたいことがありそれを先に。

昔に書いた同じタイトルのブログの内容や、先週の日曜日に釣りにいって、そこでのことを思い出しながら。

このブログを更新してるときのアカウント名が「biwakono」であるというのは、一日のアクセス数が10件にもみたないこのブログにあって、気にしている人がどれほどなのかはかなり微妙。

ただ、まぁ、「琵琶湖の」をローマ字にしただけのそのアカウント名に何か特別な、もしくは重要な意味が含まれている可能性もあるのでそのことを少し。

そういえば、そもそも「琵琶湖」の名前の由来自体が「琵琶」を由来にしたものであるというのは誰でも知っていること。

Wikipediaから拝借したもの




これと形がにている湖なので「琵琶湖」。

そうした名前の由来、決めかたってたぶん他でもたくさんありそう。形がにているからその名前にする、という決めかた。

そして、ある種、それは見る人の思い込みがその名前を決めたというのがとても、興味深くもある。

なにせ、誰かが、「いや、これぜんぜん似てへんやん??」といわれればそれまでの話のような感じもするし、それでも「琵琶湖」になったんだから「似てる!」といいきった人はそれが決まった当時、とても影響力の強い人だったか、集団だったのかもしれない。

ついでに当時のことを軽く調べてみるが、ちょっと面倒な感覚があったんで、そのことについてはまた後日。

ちなみに琵琶湖の前の名前の淡海(あわうみ/おうみ)だったらしく、これは淡水の海というので、こっちはとてもわかりやすい。淡水の海なんだから、おおよその人が聞いても「その通り!」となりやすそうな名前だ。

それが「淡海」→「琵琶湖」になったんだから、その当時のことを想像してみると、軽いストリー仕立ての物語が浮かんでくるのは確かではある。

そんな想像を促すような話がたくさん盛り込めることができることを期待して当初はブログを当初作るつもりだったのが「biwako」であり(「琵琶湖」ではなく)それが、そしてブログである以上は常に日々こうしんされていくはずなのだから、ずっと未完成であるのだし、「biwakono」だったというのは、それなりに意味が通っていて納得はしやすい。

あとは、ローマ字について。

ローマ字って、普段はそう意識しないが、母音と子音の組み合わせで一文字が表現されるというの。

これは、音を発すること、発声を意識するよう人には馴染みのあることなのかも。

母音の5文字「あいうえお」に子音をつける。子音だけでは1文字として機能しない。「ka」という文字をながーく発声したら音としては「a」が残る。ただし「ん」だけは特別な扱いになっていたり。

何故にローマというのかはしらんがとにかく音に関して深くつながりのある表現方法になっているローマ字。

なにやら琵琶と意味が繋がるような感じはするしこれはこれで面白い話であるように思える。

ほか、漢字で部首のことも。これはちょっと似ている程度だけど。

さらに話はかわって

先週の日曜に釣りをしていて、東岸の某有名な場所にずいぶん久しぶりに訪れで釣りをしていた。

いっときはそこを通るたび、大勢の釣り人の姿をみかけたエリアだ。

夜になれば対岸から眺めてライトがいくつかついたりしてるので、あのへんで「釣り」やってんだろなーというのがよくわかる。

そんなエリアでこんなものをみつけた




見る人がみれば誰でもわかるところ。
けっこう広い駐車場の前にある


たしか釣り禁止っぽく思うが周囲にそれを促す看板らしきものもみあたらず。

あまり詳しくはないポイントで釣りをしていると、そういう場所に知らずに入ってしまうこともあるので、やってしまったと思うことはしょっちゅうあるが、今回はそんな感じでもなさそうなのでかるく釣りをして、しかし全く魚からの反応がなかった。


それから何気に周囲の景色を見渡してみると、何か意味深い違和感を感じたのでつい写真を1枚撮ってしまう。


場所といい物の位置関係といいそこにただあるものとして以上に意味をみてしまうのは、ブログをはじめてしばらくずいぶんとたち、日記の内容と関連しそうなことがたくさん増えたからだろう。

ただ、このブログで考えていることや、書いていることを思い出しながら見てみれば、とてもなんというか、悪い方向に意味がズレてしまうように作用してしまうものに見えてしまうのがなんとも。

もちろん、それがそこにある意味?というのは、それを作った人がいちばんよく知っているはず。それを今まで直接はなしをする形で聞いたことはないにせよ。

そういえば、このブログをはじめてしばらく、こうした物だけではなくて、出来事も含めて、わりとそうした、ちょうど自分が考えていることや、書いている、書こうとしていることを悪い方向にズラすようなモノゴトが頻繁にあるようなのがなんとも。個人的にそう思えることだということはそうだとして。

すると、自然にそうしたモノゴトを作ったり決めたりする人(人達)のことにたいする興味ももちはじめるようにはなる。

地名などについてもそうで、自分が釣りをした場所を地図で調べていると、この場所の地名ってこうだっけ??と思うことがしょちゅうある。

そうした何かを決めたりする時の基準や意図について思いを巡らせると。