「パク・カ(朴哥)、あの子で間違いはないのか?」
静寂の松林に、二人が姿を現した。赤い道袍(トポ)姿の背の高い老人が、横を振り返ると尋ねた。
「あの方のおっしゃることを聞いた。あの子をとても気に入っていらっしゃるようだ。」
翡翠色の道袍を着た小さく太った体格の老人が、赤い道袍の老人の問いに答えた。一見すると、普通の平凡な老人と違うところのない二人。しかし、二人の老人は、共に顔に髭がなかった。そのせいか、まるで老婆たちが男装したようにも見えた。彼らは、六十年を宦官として生きてきた、判内侍府事(パンネシブサ:内侍府最高責任者)・パク・ドゥヨンと、尚膳(サンソン:同じく内侍府最高責任者)ハン・サンイクだった。
「パク・カ。どうするつもりだ?」
ハン尚膳(サンソン)の問いに、判内侍府事(パンネシブサ)が意味深な笑みを口元へと浮かべた。
「あのお方が気に入ったとおっしゃるのだから、傍に置かねば。」
「あのお方のお傍へ置くには、宮殿の深處まで入らせなければならないのだが・・。」
「男の身では絶対に行くことはできないだろう。」
「最後までするのだな。」
「今は老いてもう宮殿には、いることもできない身。私たちまで宮殿を離れれば、あのお方は誰に心を寄せればいいのか?心の拠り所を一つは用意しておいて差し上げなければならないだろう。」
「それで?いつやるつもりか?」
「牛の角も一気に抜け*と、チェカ(蔡哥)の奴に、すぐにお客さんを受ける準備をせよと伝えろ。」(*何事も思い立ったら躊躇わず一気に行動せよという意味)
「しかし、その者が素直に受け入れるだろうか?」
尚膳ハン・サンイクの問いに、パク・ドゥヨンが空を見上げた。月さえ出てこない夜空は、暗雲で満ちていた。
「来る途中で聞いた分には、あの家族には大きな憂患が生じているようだ。状況はあまり良くないようだから、機会は訪れるだろう。」
***
急ぎ、急いだものの、いつの間にか辺りは深い闇に飲み込まれた。照足燈(チョジョクドン)一つ、照らしていない夜道だったが、ラオンの足取りは蝶のように軽かった。
片手にはタニのために購入した質の良い薬草を持ち、もう一方の手には、今日捕れたという牛肉と、最近のような季節にはなかなか見つからないような林檎も一緒に持っていた。ふんふんと、ラオンの口から小さく歌声が漏れた。今日はそれこそ、運の舞い込んできた日だった。キム訳官宅から贈られた十両と、キム進士の末のお坊ちゃんの代わりに草花書生と会う代価として受け取った三十両。合わせると四十両もの大金がたった一日で手に入った。
四十両。お金持ちの屋敷にははした金であろうが、ラオンにとっては、四百両、いや、四千両よりももっと価値ある金であり、感謝以外なかった。春の端境期がすぐ来ていた。この時期には、実に、日照りに慈雨であり、命の綱のような金だった。
漢陽(ハンヤン)に来てから、雲従街で、商人たちを相手に、悩み相談をし、その代価として、一銭二銭受け取り、延命してから、もう三年が過ぎた。十七、まだ幼い肩に背負うべき人生の重みが重くないとしたら、それは嘘であろう。しかし、ラオンは、嬉々たる気持ちでその荷物を背負った。心の弱い母の為、逞しく生きなければならなかったし、病弱な妹の為、健康に生きなければならなかった。
「これを見たら、母上(オモニ)、びっくりして口があんぐり開いちゃうかもしれないわね。」
あとは坂道だけを行けば家だ。家に着いたら、このお金で何をするのか、お母さんとタニと一晩中話さなければ。普段食べたかったものも存分に、話し合ってみよう。久しぶりに母に、この牛肉で、旨い汁を作ってほしいって伝えなきゃ。
峠の山頂に上がって家を見下ろしながら、ラオンは明るい笑顔を口元に見せた。
「母上(オモニ)!タニ!」
家が目に見えたら、心はさらに急になった。頂上からラオンは母と妹を呼んで駆け出した。
そんな風に一度も休まず一気に小さな藁ぶきの庭にまで着いた。
「母上!ただいま!タニ、帰ったよ!」
かすかに灯りを灯した扉を開き、ラオンが大きな声で言った。母の晴れた顔を期待し、桃の花のようにそっと笑うタニを思い描いて、嬉しそうに部屋の中へと入った。しかし・・・予想外の顔が、ラオンを待っていた。
「サンノム、帰ったか?」
雲従街ではなかなか医術の優れていることで有名な、ソン医員だった。
「ソン医員様ではないですか?ここへは・・どうして・・。」
ラオンの語尾は薄れた。急いで中に入ると、母が涙でぐっしょりした顔でラオンを迎えた。
「ラオン・・タニが・・タニが・・・。」
泣いている母の背に、青いタニの顔が目に入った。
「タニ。」
ラオンは急いでタニの枕元に座った。
「タニ、帰ったよ。起きてみて。」
病弱ではあったが、ラオンが帰って来る時間には、それでも布団から立ち上がり、ラオンを迎えてくれていた子だった。しかし、タニは布団から起きなかった。いや、起きるどころか、目も開けることができなかった。
「どうしてしまったの?」
「前にも言ったように、もうできる術がないのだ。」
「まさか。このまま手も付けていただけないということですか?」
「どうしたとしても、心の準備をしなければならないかもしれぬな。」
「ソン医員様!」
ラオンはソン医員の言葉を否定し、激しく頭を振った。
「そんなことはできません。私たちのタニ、今ようやく十五歳なんです。助けてください。」
「言っているではないか。方法がない。」
「どんなことでもしてしてください。ここに、お金はあります。実に四十両ですよ!このお金があれば、蔘(サン:人蔘)でもなんでも、手に入れることができるんじゃないですか?どんな手を使ってでも、助けてください。ね?うちのタニ、お願いです。助けてください。雲従街で最高の医員ではないですか?」
「私の医術では無理だ。」
「医員様・・・」
ソン医員の無情な言葉に、ラオンは気が抜けてしまった。ラオンは、ふり返ると眠っていた妹を見つめた。手を握ると一握りにも満たず、小さい身体がこの上なく、可哀想だった。十五になるのに、病弱な体のため、まともに外出一度行ってみたことのない子だった。この子が好きなお花見すら、思う存分したことがなかった。
「このまま見送ることはできません。絶対・・絶対、このままうちのタニ、見送ることなどできません。」
ラオンは下唇を痛いほど噛んだ。その時、後ろからソン医員の声が聞こえてきた。
「全く方法がないこともないのだが・・・。」
ラオンは急いで涙をぬぐった。
「方法が・・方法があるのですか?」
「あるな。最後の方法が一つある。」
「何ですか?教えてください。」
「御醫(オイ)令監(ヨンガム)でいらっしゃったキム・ソンドン令監の検脈を受けるようにすることだ。」
「どこですか?その方はどちらにいらっしゃるのですか?」
急いでその場から勢いよく立ち上がったラオンが、ソン医員を急かした。しかし、ソン医員は首を振った。
「訪ねて行くなら今すぐにでも行くことができるだろう。だが・・・。」
「なぜそのようにされるのですか?」
「その方に会うには大金が必要なのだ。」
「お金・・お金なら、あります。これを見てください。実に四十両もあるのですよ。」
「そんな金じゃぁとんでもない。少なくとも十倍はいるだろう。」
「十倍なら・・・よ、四百両が必要だとおっしゃっているのですか?」
「そうだな。タニ、その子の病状を治療するためには、それくらいの金がいるということだ。」
「・・・・。」
ラオンは目の前が真っ暗になった。四百両だなんて・・。ラオンには一生に一度でも、触ってみることすら難しい大金だった。しかしこのまま座り込んでいるわけにはいかなかった。ラオンは、やっとのことで息を吐くタニを見下ろしながら、呟いた。
「どんなことでもするつもりよ。私たちのタニを助けることができるなら・・・なんでもやるつもり。なんでも・・それが、どんな仕事でも・・!」
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読んでいてわかるように、ラオンの設定、かなり違いますね☆
ドラマでは、母と離れて一人、育てられた養父のために働いていますが、こちらは、守るべき母と病弱な妹のために、一生懸命雲従街で、働くんですね。男の恰好をして。(/ω\)健気で素直なんです・・このラオンも・・!!(*ノω・*)今後楽しみにしていてくださいね♡
で、会話部分が、どうしても問題なんですが・・今までの部分では、まだ女性だと直接表現はないですね。なんですが・・一応、イメージで、呟く部分は、女の子っぽくしています。(・・個人的趣味で・・)
あと、意訳部分になりますが、韓国語と日本語は似てると言っても、ニュアンスなど、かなり違いもあるんですね。なので、口語体や、その他、なるべく原文通りのイメージを崩さないようには思っていますが、何分日本語の語彙力が足りず・・・おかしなところがあったら、ごめんなさい。
あと、前回まで出てきた、チョ・マルムですが。(キムの若様のおつきの人)。調べてもイマイチ分からないので、韓国人のお友達にも、直接、マルムについて聞いたんですが、名前じゃないかということで、この表記にしました。・・・が、ここに来て、名前がでてくると、苗字と名前部分に隙間がないので、マルムは、名ではなく、役職ではないかと再度、思っています。
マルムって調べると、菱、小作管理人、地頭、などと出るんです。なので、どうつけたら名としてふさわしいか分かりませんが、チェ小作など・・変換して考えてやってください(笑)今さらの訂正ですみません!お屋敷についていて、地頭はおかしいですものね・・。
では、引き続き楽しんでいただけるよう頑張ります♪ようやく、少しずつ、話が見えてきますよ!!あ~☆訳すのも、この部分は言葉は難しいけど面白さがないので、先が長いです!!(笑)あとちょっと!一緒にお付き合いください♡о(ж>▽<)y ☆
1/4文章訂正しました。