カルチャー教室の一日体験「枕草子をよむ」に参加してみた。高校の古文の授業で習ってから、すっかりご無沙汰している。しかも、冒頭の「春はあけぼの…」くらいしか記憶にない。先生ともう一人の生徒さん(推定では70代後半くらいの女性)と一緒に勉強する。

 

 「枕草子」は、吉田兼好の「徒然草」、鴨長明の「方丈記」と並び、日本三大随筆の一つと呼ばれている。私がその日、教えていただいたのは、21段、「清涼殿の丑寅の隅の」本文1から17までである。なにしろ、「枕草子」は、3巻、約300段の章段からなるという大作である。なぜ、難解な古文にチャレンジしようと思ったかは、実はわけがある。

 

 話は、私の高校時代にさかのぼる。高校2年の時、担任は古文の先生だった。どうしても冬休みにアルバイトをしたくて、先生に許可をもらいにいった。私の通っていた女子校は、基本的にアルバイトは禁止で、何らかの事情がないかぎりできなかった。

 

 担任の女性教師にアルバイトの話をすると、「あなた、こんな成績でアルバイトなんてもってのほかです。どうしてもしたいなら、古文のテストでクラスで最高点をとれたら、考えましょう」と言われた。そうきたか~と思いながら、必死に勉強して、その時のテスト(たしか期末テスト)では、クラスで最高点をとることができた。自分でもびっくりだった。

 

 私は、念願かない、アルバイトの許可もでて、商店街の肉屋で友だちと年末働いた。年の瀬の肉屋は、たいへん忙しい。鶏肉が飛ぶように売れるのだ。冷凍庫から出された肉は、手指がしびれるほど冷たかったが、なんとか1週間頑張った。途中で担任も様子をみにきてくれた。

  

 どうしてそんなにアルバイトをしたかったかというと、私は、フィッシャーマンセーターを自分のお金で買いたかったのだ。当時はやっていた大好きなアイビーファッションを真似て着てみたかった。かくして私は、バイト代(13000円)を握りしめて、大丸百貨店でお目当てのセーターを買うことができた。

 

 そんなことがあって私は、今日まで幾分か古文が出来る人だと思い込んできた。また、清少納言の自然や物事に対する捉え方も、感性豊かでひかれるところもあり、再び学んでみたくなったのだ。

 

 しかし、「枕草子」は、難解すぎた。原文をすらすら読めない。言葉の一つ一つの意味が全くわからない。過去の栄光にすがっていた自分の考えのいたらなさを思い知らされたのだった。「枕草子」、この新たな世界に足を踏み入れるかどうしようか、思案中である。

 

明日から大型連休ですね。私は、家で本を読んだり、映画を見たりゆっくりします。

空想の旅に行きたいときの一曲です。40年前の曲とは思えない、色あせない名曲。

大瀧 詠一  「カナリア諸島にて」

いつも読んでくださりありがとうございます。

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