2月は長くつきあっていた人に振られた月で

ちょうど1年前の2月に振られた私

 

40歳も超えて、10年弱つきあって

彼以外の人とこの先いる未来を想定していなかったうえでの別離

 

結婚はしていなかったけれど

辛さを考えた時にきっと

離婚や、もはや彼が亡くなってしまったのと同じ感じの

その位の衝撃と痛みと絶望と悲しみと重みなのではないかと思った

(どちらも経験したことはないし経験者からは一緒にするなと怒られるかもしれない)

 

彼がいなくなってしまったということには変わらない

 

息ができないくらいだったし

眠れない日も続いたし

泣き続ける日も多かった

 

仕事でも大きな変化があった

 

今まであったものが全て足元から崩れるような経験をしてから1年

 

これは現実崩壊ってやつなの?

 

本当に全てが心もとなくて

どこかにすがって守ってもらって

ずっと温かく守られたところにいたかった

 

それでも毎日毎日

朝はやってきて

もうこの先いいことなんてなにひとつない気がしていたし

 

このズキズキ痛んだ重く苦しい心が

元通りになる気がしなかった

 

全部壊れてしまった

 

本当にそう思った

 

ブログを書き始めた時は

いつも彼になにか書いてみたらいいじゃん

そんなにいろんなこと感じて考えてるなら

と言われて、そうだなって思って

 

音信不通になってしまった彼と

ブログを書いていたらいつか元気に再会できるような気がして始めてみた

 

でも始めてみて、4ヶ月後に振られてしまって

そこからも書き続けていたらいつか会えるような気がしていた

 

当初書いていきたかった内容とはだいぶ変わってしまって

でも記録のように自分の再生の道のりが記録できたみたいに

 

まだまだ痛んだ心も傷も全部が癒されたわけでもないし

現実的なことを言うと結婚を考えるなら婚活したほうがいいのでは

とか色々あるのだけれど

 

ひとまず、この1年間の間に

私は今までの人生にないくらいに

自分が欲しい「愛の形」について考えたり悩んだりしたのだと思う

 

世間から見たら

結婚していたら

なにか隠れ蓑のように、人からなにか言われる機会は

アラフォーシングルの私より絶対少ないと思うけれど

 

色々な人の話から、結婚しているカップルももがいている人は多いだろうし

 

もちろん、幸せに本当に幸せに暮らしている結婚しているカップルも多いだろうし

 

そんなできっと

やっぱり自分が欲しい愛の形が、自分でわかっていないと幸せになれないのかなと思うし

まずは自分が愛にいないことには、相手とも愛し愛されの関係になれないのだなと痛感している

 

目に見えてなにかが変わっているわけではないのだけれど

 

少なくとも私がずっと抱えていたブラックホールは

だんだん小さくなったし

 

 

なにか周りから言われたりするたびに反応していた自分が

ほんとうにどうでもよかったなと思える笑

 

やっと、愛と光の方向に少しづつ進んでいるような気がする

 

もしも、今同じような立ち位置にいる人だったり

1年前の私のように息もできないような人だったり

 

そんな人が、目に留めてくれたならば

一緒に頑張っていきたいなと思うのです

 

きっと行こうとする気持ちがあれば

いつか自分の欲しい愛の形にたどりつけるのではないかと思います

 

期待と希望を込めてキラキラ

 

一番底だった一年前↓