ミニバン車中泊事始 -7ページ目

・あなたは加害者になるといわれると


「ミニバン車中泊バイブル」の中でもっとも気になった記述は、


道の駅での網戸はOK?  


の中の次の記述である。




ミニバン車中泊バイブルの中にも書いているのですが、車中泊を楽しむ際に考えなければならないのが「自由と責任」。自由に振舞えることの前提には、それを維持するために各自が果たさなければならない責任というものがあります。


もし、道の駅で網戸をしていて何らかの事件に巻き込まれたら、怪我をしたり金品を奪われた本人と家族が悲しい思いをするだけでは済みません。

なぜなら、それが全国の道の駅での車中泊全面禁止へと繋がる導火線になりかねないからです。

そうなってしまったら、貴方は被害者ではなく今度は「加害者」。歴史に名を残す人になってしまいます。




このページは、道の駅での網戸使用の是非について述べているのであるが、「うーん」と考えてしまう。私は別に、道の駅での網戸の使用に賛成しているわけではない。確かに道の駅で網戸を使うのには不安があるし、氏が別のところで述べているように網戸はオートキャンプ場で使ったらよいという考えも理解できる。

だが、だからといって被害にあった「貴方は被害者ではなく今度は加害者」だといわれると、困ってしまう。

事件に巻き込まれた被害者に、もちろんなりたくはないが、加害者として「歴史に名を残す人」にもなりたくない。

道の駅で網戸を使って事件に巻き込まれただけで、それだけの責任を負わねばならないとは、車中泊とは、なんと危険で責任が重い「遊び」であろうか。それでは網戸使用に関係なく、車中泊による何らかの「事件」が起こる前に、道の駅での車中泊は禁止してしまおうと考える管理者が出てくるのは当然ではないか。それが無難な考え方だ。

だがよく考えてみると、仮に車にロックを完全にしていたとしても事件に巻き込まれないというわけではない。犯罪者がその気になれば何でもありだ。オートキャンプ場なら安全かといえば、比較すれば安全かもしれないが、ある意味確率の問題だ。


別の例を挙げれば、帰宅途中に強盗にあって殺された被害者の家族に、「そんな遅い時間にそんな暗い所を一人で歩いていた貴方の家族が悪い。貴方の家族のおかげでその道が通行禁止になった。貴方の家族は加害者である。」といわれているようなものではないか。