10月12日(日)
JRフルーツパーク仙台あらはまからほど近い場所にある
震災遺構
仙台市立荒浜小学校に行って来ました。
2011年3月11日に発生した東日本大震災において、児童や教職員、住民ら320名が避難し、2階まで津波が押し寄せた荒浜小学校。
津波による犠牲を再び出さないため、その校舎を震災遺構として公開し、津波の脅威や教訓を後世に伝えていきます。(※パンフレットより)


1階保健室
津波が到達した高さは、地表から4.6m(校舎2階の床上40cm)

保健室の天井部分には、空き缶が挟まっている。

同じく1階の1年1組教室



津波が襲った東側(海側)2階のベランダ壁が、津波によって壊れている。


荒浜を襲った津波の高さ

ここは2階です。
津波到達ラインが見えます。

体育館の時計(校舎西側・山側)
津波が到達した午後3時55分を示して止まっている


4階展示室等


屋上
荒浜小学校は、海岸から約700m離れた場所にあります。
遠くに、太平洋が見えます。

震災当時、荒浜地区には高くて頑丈な建物が小学校しか無かったため、地震発生後、児童・教職員・地域の方々も含め、320名の方が荒浜小学校に避難し、全員が無事救助された。一方、荒浜地区周辺だけで190名以上の方が亡くなっている。(※館内ガイド資料より)
ここから下の写真は、仙台市提供です。
津波で孤立する荒浜小学校(撮影日時:2011年3月11日 16時09分)

「写真提供:仙台市」
荒浜小学校体育館(撮影日時:2011年3月30日 14時33分)

「写真提供:仙台市」
荒浜小学校の校舎内部まで流れ込んだ車両(撮影日時:2011年5月24日 14時38分)

「写真提供:仙台市」