NOAH DIARY~犬のためのセラピー日記 -48ページ目

エゴグラム

今夜は筆が進むな~(笑)


この間、しばらく前にやったエゴグラムの結果が出てきました。

心理検査の一種です。経験された方もいるかもしれません。

CP(ガミガミ親父)、NP(やさしい母さん)、A(冷静な大人)、AC(従順な子供)、FC(自由な子供)

誰の心の中にも5種類の要素があり、その高低で性格の傾向を見るものです。

交流分析をなさっている方にはとてもおなじみです。


何かを見たり聞いたり感じたりしたときに

心の中にひらめく感情、思い、

それは5つの顔のうち、どの顔なんだろう?

テストをやってみると、自分の傾向がよく見えますが

テストだけ受けるのは、いい悪い論みたいになっちゃうので、私はあまりお勧めしません。

エゴグラムは性格の良し悪しを決めるものじゃないので・・・

ただ、今の自分を知る助けにはなるかな、と思います。


エゴグラムも、変わるんですよー。

1年後、私のエゴグラムはどう変化しているでしょう?

・・・少なくとも今日より明日はましでいたい!そうやって生きてきたし、多分、この先もそう思ってやってくんでしょうね(笑)

テーマが少ないよ・・・

アメブロさん、ジャンル分け(テーマ)の設置少なくない?

こころ っていうジャンルも作ってほしいと思うナリ・・・


今日は、ある方のお誕生会に出ており、さきほど帰宅しました。

当たり前のことだけど、出会いの数だけ別れがあるな って・・・

同じ食卓を囲む輪に、入ってきたばかりの人もいて、もうすぐ出て行く人もいて、

今日だけのことでなく 人生っていつもこんなで

私もまた 誰かの食卓にお邪魔したり 去っていったり・・・


なんて感慨に浸る暇もなく

咲妃がうれションしたし(爆)!しかも2回も・・・(苦笑)

でも怒る気にならない。

私にはうれションしちゃうような愛情深い子がふたりもいるんだね・・・

ありがと♪

天命カウンセリング

昨日、無事に天命カウンセラークラスを修了いたしました!

長かった~1年・・・

これですぐに何かが変わるというわけではないけれど

今までと同じで、一歩積み上げた、次のステップに足をかけた、

そんな感じかな。


レメディや箱庭を使うカウンセラーとして、

ここ数年カウンセリングをやってきて感じるのは

こういうお仕事は、本当に、自分の中に核がないと出来ないということです。

クライアントさんのどんなお話にも私は動じないけど

それは心が動かないのとは違う。

一緒に怖いし、一緒に痛いも悲しいも感じる。本当に感じる。

だけど、一緒になって迷っちゃ何にもならない。

それは、本当の人助けじゃない。


もちろん私も人間だし、しょっちゅうこれでいいのかって悩みますけど

師匠に言われました、昨日。

「悩むより、心配して(心を配って)対策を打つほうがいいよ」


・・・そうしよう!(笑)と、ぽんとひざを打っちゃいました(笑笑)

んで、対策の打ちようもないことで悩むのはやめようっと(笑笑笑)


そして私は今年、鬼門通過の年なので、色々苦しいことがあります。

でもそれは、変化を嫌うからで、

変化の先頭に立てば、苦しさはなくなるよとも、教えてもらいました。

人生の師ってありがたいなー(しみじみ)・・・


常に良い変化を起こせる自分でありたいと思います。

それにもまた、核が大事ですね。

どう変わりたいのか?・・・去年私自身が天命カウンセリングを受けてから1年、

やっと見えてきた気がします。


・・・何かわからないけど、新しいことを一緒にやろう、明日の私(^^)

下の記事について・・・コメントにしようと思ったら長くてはねられました(笑)

下の記事についてコメントをくださった皆様ありがとうございます。

yukiさん、大事ならぶちゃんを亡くされたとのことで、お悔やみ申し上げます。

私は死に目に会えなかったので・・・腕の中で亡くなったときは、悲しかったでしょうね。

ペットを飼うって、やっぱり命を預かるということなので

ペットの死について語るというのは、

その人の哲学、死生観、宗教観のようなものが色濃く出る内容だと思います。

ただし(初めに書いておけばよかったのでしょうが)私は特定の宗教に帰依はしていませんし、

実家の犬を埋葬したお寺の宗派とも、今まで特に関係したことはありませんでした。

お寺さんは、どんな信仰を持っている方でもどうぞ、とのことでした。

ご住職自身もわんちゃんを飼っておられるそうです。


なんだろなさんからは疑問のご意見を頂戴いたしました。

上にも書いたように、死生観、哲学、宗教観・・・つまりは心の一部を書き表すことですから

完璧に表現するのはとても困難なことだなと感じます。

私も人間なので、気をつけて書くようにしても、やっぱり悲しかったこととか

色々思い出してしまう中で、自分に言い聞かせているような部分もあります。

押し付け、と取られた点は、そういった原因かもしれないので、私も反省したいと思います。

コメントとして出てこない声もたくさんあると思いますし、それも大半が反感かもしれません。

実際、仲の良い友達であっても、命の問題に関しては、なかなか意見は合いません。

でも、それでもいいと思います。私の言葉から、どんなことを感じてくださってもいいと思います。

例えば反感を持ったとしても、それもまた大切な自分のご意見ではないでしょうか?

私の書いたことに「何を言ってるんだ」と疑問を感じられたり、反発することによって

ご自身の心の中の本当の思いとか、ペットに対して(今回の内容の場合、死ということについて)

どんなふうに対処し、自分らしい供養をするかということを考えていただければ

それだけで、私が勇気を出して書いた甲斐があるというものです。

私は、私自身がエル子さんとのお別れに際して、

どんな思いと信念を持ってお別れをしたかについて書きました。

それは天地自然の道理に基づいたものなので、

私個人の思いでは曲げられない約束だと思っています。

ただ、それをどう受け止めるかはその人その人の考えなので

相違する考えの方を説得するとか、まして強制するようなことはありません。

ただ、どうしてよいかわからない・・・という方に

こんな考え方もあるんだな、と知っていただければ幸いです。


誰にもいつかお別れの日が訪れます。

そのときに、ひとりひとりが考えるベストの形の送り方をなさるのが

一番後悔がなくて、良いのかもしれませんね。

でも・・・どんなに心の準備をしていても、つらいです。

考えたくないけど考えなくちゃいけない、TBステーションにお題を出した方の意図は

そんなところにあるのかもしれない、と思います。

送るということ

さてちょっと重い話(TBステーションのお題です)

ペットとの別れについて・・・

いつかは来る日でありますが、普段はあまり考えたくありません。


うちは1歳のダックス2頭ですから、お別れはまだ先のことでしょう。

でも私自身は、今年2月に実家のラブラドール、エル子さんとお別れをしました。

13歳と10ヶ月半、でした。

生後45日で家に来て、すぐに原虫とアカラスが見つかり

大人になっても数年は、お腹の弱い子でした。

いつしかお腹の調子はよくなったものの、最後の2年は糖尿病を患いました。

インスリンを打ちながらの2年。看取った両親は凄いと思います。


さてそのお葬式に際し、人情としては、お墓を作って供養してあげたい。

出来ればお骨を庭に埋めたりもしたい。

・・・でも、天命カウンセリングを学ぶ人間として、それは犬のためにならないことを

知ってしまっていた私は、悲しむ母に話しました。


「エル子さんを焼き場で焼いたら、お骨をすぐに合祀して土に返しましょう。

お墓を作ったり、お骨をずっと持っていたりしていては、エル子さんは自然に帰れない。

少しでも早く生まれ変わるのが、動物にとって最も幸せなことだから、

私たちの執着でエル子さんの魂を縛らないようにしよう」


エル子さんのために、飼い主が最後に出来ること・・・とはいえ

やはりそれは非常に辛いものでした。

合祀する際、おびただしい数のお骨が入った暗い穴の中に

大切に育て、守ってきたエル子さんを、どうして放り込めるでしょう。

でも、母と妹と私は泣きながら踏みとどまり、お骨を穴の中に納めました。

「さらばじゃ」と言いながら・・・


納骨が終って帰るとき、頭の上を一陣の風が吹いていきました。

ほとんど無風だった日に、ごおっと音がするほど強く。

「おかーさん、みんな、さよならー」

エル子さんがそう言ったようで、ああ本当に行ってしまったのだなあと

涙が止まりませんでした。


エル子さんを埋葬したお寺では、月に一回「放生会(ほうじょうえ)」という

法事を行っています。

放生とは、亡くなった動物が役に立ってくれたことを感謝して野に放つ(自然に帰す)

という意味があるそうです。

別の言い方をすれば、執着を捨ててあげることです。

「あなたのおかげで楽しかった、ありがとう。あなたの命は大自然からの

大切な預かりものだから、偉大な自然、あるべき場所にあなたをお返しします」

そう感謝して自由にしてあげることで、大切にしていたペットたちの命は

再び自然の輪廻の中に戻っていけるようです。

大切なわが子ですから手元において、手厚く供養したい・・・そう思う気持ちは

私だって痛いほどわかります。納骨で本当にためらったのですから。

だけど、それが飼い主が最後にしてやれることなら、仕方ない・・・

まさに断腸の思いでした。


生まれ変わりのことは検証できません。

しかし、このお盆に弟が夢を見ました。

エル子さんの体がリアルに腐敗していき、やがてぴかぴかの体になった夢を。


・・・検証が出来なくても、母にとっては、それで充分なのかもしれません。

まだ悲しい日々ではありますが、あの時の選択は絶対に間違っていなかった、と

私たちは確信しています。

14年弱の長い月日、私たちを慰め、励まし続けてくれたエル子さん。

ありがとう。あなたがどこかで可愛くて丈夫な子犬に生まれ変わり、

飼い主さんに愛される幸せな一生を送れるように

元飼い主は心から願ってやみません。


・・・この記事を読んで、反感を持たれる方が多いであろうことは承知の上で

それでも私は伝えずにいられません。

もし不快な思いをされた方がいらっしゃいましたら、本当にごめんなさい。

びっくりしますた

今日、久しぶりにマ●クに入りまして、

100円のシェイク(ちなみにバニラ)を飲みました・・・

本当に久しぶりなその味は、


なんだか薬の味がしました(;;)


怖いからもう飲まないと思いますが・・・

あれは何の味だったんだろう・・・・・・


今、後ろで軍手をかじかじしてる魁人と咲妃。

君たちのゴハンには気を遣うママだけど、

自分のことは時々大切にできない、だめなママだね~。

気をつけます。はい。

記念写真

咲妃の記念すべき誕生日に撮影した写真。


ひげぢいさん(笑)


お目目はキラキラ、被毛もふかふか。

でも、クリーム色の胸毛があごと一体化して

なんだかとっても ひげじいさん♪


こんなにかわいい咲妃なのに、

なんだかとっても ひげじいさん♪♪♪

ハッピーバースデー、咲妃

今日は咲妃の誕生日。

記念すべき一歳の誕生日です。


ディナー


↑今夜のメインディッシュはロールキャベツ(笑)

巻いてあるのは缶詰です。


お食事中


↑はむはむと食する咲妃。

隣のハウスでは魁人が大きなキャベツに苦戦中(笑)


魁人の一歳の誕生日は八王子だったので、

充分なお祝いをしてやれませんでした。

今日、咲妃と一緒においしいもの食べたから、許せ、息子よ。


咲妃も魁人も、ありがとう。

生まれてくれて、私の子になってくれて、

本当に本当にありがとう。

夏の記憶

今朝髪を梳かしながら

不意に蘇った記憶がありました。


栄養士の専門学校に進んで一年目の夏、

それまでとあまりにも違いすぎる学習内容に

勉強の仕方がまったくわからなくて、夏の宿題もやらないまま

私は不登校を3日だけ、やりました(笑)

もう学校を辞めると決めて、パーマののびきったサイドの髪を

自分でじょきじょき切りました。

鏡に向かって、何かを痛めつけるみたいに切っていたのを覚えています。


覚えて、といっても、今朝までまったく忘れていた記憶でした。

なぜ蘇ってきたのか自分でもわかりませんが

数えてみたら、あれから20回目の夏でした。


(ちなみに、その後学校に戻り

卒業は学年2番の精励賞を受賞してのものとなりました。

なんて極端で、そして嫌味な・・・・・・笑)


そしてもうひとつ

夕方の移動中 突然蘇ったのは、友達の家が燃える情景でした。

幼馴染がその家の中で自死しました。

これは、数えてみたらちょうど10年前の夏でした。


どうして今になってそのようなことを思い出すのか

こころは、とても不思議です。

だいたいの場合、浄化・清算してほしい記憶が

浮かび上がってくるものと わかってはいるので

あわてることはありませんが、ただ 己の心が不思議です。


そして数えてみたら、

今日あたりで 改名してから100日目になります。

改名の効果はだいたい100日(3ヶ月ちょい)で現れると師匠から聞いています。

記憶たちが泡のように、海馬の奥から浮かび上がってくるのは

そのことも関係があるのでしょう。

今の私になら見える何かを、過去の自分に伝えることで

浮かばれない思いたちを、手放していく作業なのかもしれない・・・と思います。


こんな日はグラウンディングをするに限ります。

てなわけで掃除、掃除♪

お酒と塩を使った雑巾がけは、家も心もさっぱりとします。

家が清潔だと、生きていくのが少し楽で、楽しくなる気がします。


・・・そういえば、何でも溜め込む人や家の掃除が苦手な人は

太りやすい傾向があるなあと思うのですが、いかがでしょうか?

「生きる」

わんこの話題でなくて恐縮ですが・・・


毎年やってる24時間TV、めったに見たことないんですが今年はなんだか見てしまいました。

100キロ走ったり、有名人がとっかえひっかえ出てくることの意味ってあるのかな?なんて

シニカルに考えたりもいたしますし、中身は例年とそう変わらなかったのですが

そのことを語りたいわけではなく・・・・・・


今年のテーマは「生きる」だったそうで、

日本各地でいろんな人に、

「あなたにとって、生きるとは?」と、問いかけていました。


さてあなたはどんな答えをするでしょう。


私の心に一番最初に浮かんだのは、

「生きる、って、自分にとっては、悲しみだな」

ってことでした。


でもね、そう思う自分って、

かなり未熟だなとも思ったのですよ。

何が、とは、まだうまく語れないけれど、

そう思ったのですよ。


今日は夏休み最後の日曜日。

夏が終わっていきますね。

24時間TVって、たいてい夏の終わりの土日。

今年もいよいよ後半戦。残り4ヶ月を、私は、そして皆さんはどう生きるのでしょうか。