ロマンティックを探そうよ! ~let's look for romantic!~ -2ページ目

ロマンティックを探そうよ! ~let's look for romantic!~

ちいさなロマンティック、いっしょに集めましょう!

 
 
 
雨が降ったら
 
 
傘をさす


辛い話は
 
 
胸をさす 


娘十八
 
 
紅をさす


魔がさす
 
 
棹さす
 
 
将棋さす


浮世の馬鹿が
 
 
指をさす
 
 
 
赦せぬ
 
 
惡には

 
とどめ刺す 

 

 

 

 

ねぇ

ちょいと

お兄さんッ

この先を

ご覧なさいなぁ

 

 

なゐ ( 地震 )

いかづち ( 雷 )

火事

大風

流行り病

 

 

もー

嫌な升ばッかり

 

 

はぁ~

気が滅入るねぇ

 

 

妾の賽か

 

 

えーとぉ

 

 

ひぃ

ふぅ

みぃ

よー

いつ

 

 

むつ ( 陸 ) 目の升は

豊年満作だねッ

 

 

よぉ~し

エイッ !

 

 

あーッ

参が出ちまッたよぉ

 

 

火はこわいよねぇ

火事と喧嘩は江戸の華

な~ンて言うけどサ

なにが華なもンかいッ

み~ンな

灰になっちまうんだよ

 

 

ちょいとむかしの

振袖火事だっけ ?

あンときは

千代田のお城まで

燃えちまッたって

ゆうぢゃないかぁ

 

 

近ごろぢゃあ

八百屋の小娘が

染井あたりの

寺小姓に想い焦がれて

店 ( たな ) に

火ぃ附けちゃッてさぁ

 

 

そりゃあ

想いびとに逢いたいッて

女ごころはわかるよ

 

 

でも

火附はいけないよ

 

 

焦がして良いのは

手前の

胸のうちだけサ

フフフ

 

 

ッてコトでぇ

くだんの升は

当意即妙

事理明白

惡ッ !

火事で得するひとなンて

だぁれもいやしないもン

これにて

一件落着ッ !

アハハ

 

 

え ?

あの振袖の大火で

得をした奴がいるッて !?

 

 

う~ン

火事でトクするッていえばぁ

 

 

わかッた !

火事場泥棒だねッ

まッたくもう !

とんでもない輩だよッ

アイツらも死罪だねッ

 

 

えッ ?

違う ?

 

 

ぢゃあ

誰なンだい

 

 

ナニ勿体をつけてンのサッ

さッさと言ッちまいなよぉ

 

 

なになに ?

 

 

え~ッ !?

おカミが

材木屋と手ェ組んで

火ぃ附けたぁ !?

 

 

それは

まことの話しかい ?

 

 

どうして

そんなコトしたのさぁ

 

 

おカミは

何かを燃しちまいたくッて

材木屋は

値を釣りあげて

ボロ儲けェ !?

 

 

ねねッ

ちょいとお待ちよ

材木屋の

阿漕な理由 ( わけ ) には

合点がいくけど

 

 

おカミは

その

灰にしちまいたいモンだけに

火ぃ附けりゃ

済むコトぢゃないかぁ~

それをなンだッてまた

お江戸を大火事に

しちまッたのかぇ !?

 

 

え ?

燃しちまいモンが

どこにあるのか

わからなかったぁ !?

 

 

なに馬鹿なコト

言ッてンだい !

どんだけの人間が

命おとしたと思ッてンのさ

串戯 ( じょうだん )

ぢゃあないよ

 

 

ン ?

 

 

おカミは ?

民百姓なンざ

虫けらくらいにしか

思ッちゃねぇッて ?

 

 

フンッ

なにサ

この

ひとでなしッ

イヌ将軍の分際でッ !

 

 

あーッ

むさくさするね !

ちょいと

お兄さんッ

妾にも

一献酌いどくれよ

ほらあッ

 

 

え ?

酒よりも

オイラの纏で

諌めてやろうかッて ?

 

 

素ッ惚けたコト言うねぇ

この好兵衛ッ

アハハ

それぢゃあ

よけいに

燃えあがッちまうよぉ

 

 

妾に

いっぺん

火ぃ附けちまうと

難儀するよ

 

 

よく云うだろぉ

 

 

女は

灰になるまで

 

 

ッてサ

 

 

フフフ

 

 

ンもぉ

 

 

ドコさわってンのさぁ

 

 

はぁン

 

 

夫婦 ( めおと ) の喧嘩は

犬をも喰わぬ

 

 

タデ喰う

ワリ喰う

カスミ喰う

 

 

角力 ( りきし ) が泡喰う

め組の喧嘩

 

 

あン

 

 

ちょいと

一貫

貸しましたぁ

 

 

あッ

 

 

そこ

 

 

あァン

 

 

 

 

これも

今は昔

 

土佐國に

慾どし男在り

足るを識らず

己が慾せしもの

さながら盗みて奪ふ

 

あるとき

浜に流來たる

あやしき太刀を拾ひはむ

 

其のかたち新月の如し

大きに反れり

 

こは

良きものなりと

男は喜びてもちて歸へりき

 

郷にもどりて

得意にてもち掲ぐと

うちつけに

雷  ( いかづち )  落つるなり

 

とみに貌變はり

鬼の姿となりき

太刀振りて

人多勢斬りて殺めぬ

 

通りかかりし

唐の僧伽

其を見し罵りたり

 

波斯國 ( ペルシア ) の妖刀なり

火焔携ひ來給へ

 

やがて

焔にて囲むみて

男斃れき

 

僧伽経文を唱へん

 

ओं अ वि र हूं खां

 

こは

いと嶮しき太刀なり

海へ沈むべしと

宣ひしのち

室津の崕より

はふ ( 放 ) りたり

 

げに怪しきことなりき

 

風は西より吹きにけり

 

 

延宝のころ

 

大坂天満の八軒家浜と

伏見京橋の浜を結ぶ三十石船は

上方水運輸送の主力であり

酒や米などの重量物資のほか

旅客輸送の水上交通としても

重要な役割を担っていた

 

そもそもは

その呼称のとおり

米三十石を積む荷船であったが

やがて旅客用へと転用された

人乗せ三十石船が登場する

 

全長五十六尺 ( 約17㍍ )

全幅八尺三寸 ( 約2.5㍍ )

30名程を定員とし

最盛期には150艘余りが

往来したという

 

琵琶湖を水源とする

宇治川

淀川の両岸は

春は桜

夏の葉柳

秋には紅葉

冬ならば雪景色と

四季折々の相貌で

船上の旅人の目を愉しませる

 

乗り合わせる面々も

旅人あり

商人あり

下級武士

門付け芸人

さらには

ヨタカや

サンカの類までと

種々雑多であり

そこに聞こえる国訛りも

様々であった

 

江戸をも凌ぐ

上方の経済圏

その要衝たるこの船上は

商人にとっては

貴重な情報交換の場であり

時に

大きな商機が転がり込む

提案 ( プレゼンテーション ) の

場ともなった

 

また

身分職種を超え

一期一会たる船上では

時の政治 ・ 風俗などの話題も

旅のひと時を賑わしていた

 

上方は

言わずと知れた

太閤秀吉の膝元であり

“ 国家安康 ” “ 君臣豊楽 ”

に端を発した大坂の陣

それに続く

徳川への禍根は

未だ冷めやらず

また

京 ( みやこ ) の公家諸侯は

東国の二本差しが

布いた圧政に

高貴やら雅やらの

歪んだ体面 ( プライド ) を

おおいに瑕つけられ

忸怩たる思いを募らせていた

 

そんな

怨詛が蔓延り

感染 ( うつ ) るのであろうか

上方大衆の

江戸 ( 徳川 ) に対する感情も

天井人らの

胸の内を代弁するかの如く

かなり手厳しかった

 

しかし

そこは上方

饒舌で巧みな話術が

辛辣になりがちな話題も

諧謔へと振りもどし

哄笑を沸き起こさせるのが

恒であった

 

 

伏見へと向かう上り船は

引綱と船頭の舵取りに

舳先を左右に振りながら

朝靄にけむる

淀の流れを遡っていた

 

八軒家の船出が

早朝であったせいか

人影疎らな船上には

身体を横たえ高鼾の輩や

朝酒をくらう赤ら顔の酔客が

各々気ままに陣取っている

 

まだ薄暗いなか

浅葱の手ぬぐいで

道中かぶりをした

江戸者らしき二人連れが

いなり寿司をひろげていた

 

なぁ

喜多八よぉ …

 

なんだい

弥次さん

 

この

いなり

味が薄かぁねえか ?

 

ン ?

どれどれ

ひとつおくンな

 

おおッ

喰いねぇ喰いねぇ

 

喜多八と呼ばれた男が

竹皮に載った

いなり寿司をヒョイと摘む

 

モグモグモグ …

 

な ?

薄ィだろ ?

 

弥次と呼ばれた男が

同意を求めるように促すと

喜多八は

こめかみの動きを止め

貧乏徳利の酒で流し込んだ

 

う~ン

たしかに

ひと味足らねぇなぁ …

 

なッ

そうだろ

 

弥次郎兵衛が

胡座の膝をポンとうつ

 

それによぉ

飯ンなかに

山椒を混ぜてやがる

 

なるほど

このピリッとくるのは

山椒かぁ

 

喜多八が

舌で口の周りを舐める

 

いなりに山椒たぁ

妙な塩梅だな …

 

この先の

伏見の名物ッてンで

さっきの浜で

ためしにひとつ

買っちゃあみたがよ

 

そういやぁ

煮売り屋がいたな

 

たいそうな

口上ならべやがるから

さぞかし旨ェのかと思ゃあ

こんなモンよ

 

いなりッてのはよぉ

揚げは甘塩ッぱくて

飯は口がひん曲がるくれぇ

酢が効いてねぇとなぁ

 

おう

そうよッ

 

やっぱり

いなりは

神田の志乃多にかぎるぜ

 

違ぇねぇ

 

名物に

うめェモンなしたぁ

このコトだな

 

ワッハッハ

まったくだ

 

酒の勢いも手伝って

二人は辺りを憚ることなく

高笑いを響かせた

 

なぁ

喜多八よぉ

 

なんだい

弥次さん

 

オレらぁ

はじめての上方だッてンで

調子あげてよぉ

 

喜多八は

フンフンと鼻をならしながら

徳利を覗きこんでいる

 

灘と

伊丹の手配を

いの一番に済ましてよぉ

 

耳もとに近づけ

徳利を振りながら

ウンウンとうなづく

 

よしッ

それぢゃあ

伏見のついでに

みやこ見物だッ

てェ洒落込ンだがよぉ …

 

話にのぼった

郷村の名から察するに

どうやら二人は

酒を買い付けに来た

江戸の仲買人 ( ブローカー ) らしい

 

当時

関八州 ( 江戸周辺 ) で

造られる酒は

上方と比して

あきらかに

醸造技術が未発達であり

甘味が強く白濁した

濁酒 ( どぶろく ) そのものであった

 

それだけに

上方で製造された

諸白 ( もろはく ) は

江戸の一世を風靡した

 

澄んだ

清水の如き酒が

江戸の民に与えた

強烈な衝撃 ( インパクト ) は

相当なものであったという

 

しかし

彼らを

熱狂 ( フィーバー ) させたのは

その見た目だけではない

 

当時の物流事情は

人馬による陸送か

ようやく航路の開かれた

海運に限られ

どちらとも

江戸への輸送には

それ相応の時間を要していた

それが却って功を奏し

結果

程よく

酒の熟成が

すすむこととなる

 

さらに

輸送中の振動で攪拌され

到着するころには

出荷時にない

芳醇でまろやかな

風味が出現したのだ

 

酒といえば

甘い濁り酒しか

口にしたことのない

江戸の民は

未だ嘗てないその味覚に

重ねて衝撃を受けた

 

そして

憧憬と畏敬の念を込め

上方より江戸へと

下げ賜えられた酒

“ 下り酒 ” と呼んだ

 

なかでも

上方にひろがる酒造地帯

摂泉十二郷

伊丹の酒

“ 丹醸 ” は高級酒とされ

将軍御膳に献じられたほどである

 

まさに

偶然の産物が

江戸を酔わせたのである

 

この連中も

おおかた

初物を好む見栄っ張りな

江戸っ子の懐をあて込んで

新酒の樽を

買い漁っているのであろう

腰に下げた通い帳には

かなりの書き込みが窺えた

 

喜多八が片目を瞑り

かはたれどきの薄明かりで

執拗に酒の残量を確かめている

 

なンだかよぉ

試しちゃあねぇが

伏見の酒ッてぇのは

伊丹や灘と比べると

いまひとつ

ッてな気がしてきたぜ

 

喜多八は

山伏が法螺貝を吹くように

貧乏徳利を飲み干す

 

わざわざ

行くまでも

ねぇンぢゃあねぇか ?

 

フーッと吐いた

酒息れのあと

喜多八が相槌を入れる

 

おうッ

伏見のキツネに化かされて

馬のションベン

買わされたってンぢゃあ

洒落にもなりゃしねぇ

 

投げだした足をバタつかせ

弥次郎兵衛は

ゲラゲラと笑った

 

てやんでいッ

べらぼうめッ !

 

櫻宮から翔びたった明烏が

低く短い啼き声で

朝ぼらけの空天を輪舞する

 

混沌 ( カオス ) は

やがて

翼状の

隊列 ( コスモス ) となり

青藍と曙色との

階調 ( グラディエイト ) に

吸い込まれてゆく

 

弥次郎兵衛は

いなり寿司を口に放りこむと

 

喰いモンも

てぇして

旨かぁねぇし …

 

黒点の遠ざかる

東雲を仰ぎ呟く

 

喜多八よぉ

めんどくせェなぁ

 

おうよ

 

喜多八は

懐紙ひろげうなづいた

そして

 

上方の

オンナもよぉ

てぇして

巧かぁなかったし

京 ( みやこ ) も

似たり寄ったりかも

しれねェしなぁ~

 

上目遣いで

弥次郎兵衛を見遣り

ニヤリと口元を拭う

 

へっ ?

と足を組み直した

弥次郎兵衛は

躄 勝五郎よろしく

喜多八に詰め寄る

 

ここら辺りは山家ゆえ

   紅葉のあるに雪が降る

 

オメェいつの間に

遊んできやがッたんだ ?

 

伏見で

女狐に化かされて

尻の毛まで抜かれちぁあ

これまた

洒落にもならねェや

 

弥次郎兵衛は

目を丸くする

 

へへッ

まぁアレよ

諸國 “ マン ” 遊ッてヤツよ

へへへッ

 

人の目ェ盗みやがって

コンチクショーッ !

 

弥次郎兵衛は

握りこぶしを振りあげた

 

まぁまぁ

そう目くじらをたてるなッて

 

喜多八が軽くいなす

 

大風呂敷ひろげちまッたがよ

じつを言やぁ

茣蓙 ( ござ ) ッ敷きの

白首 ( しろくび ) よ

年増のなッ

 

てやンでぃ

安モンのヨタカぢゃねぇか

 

弥次郎兵衛は胡座をくずして

両の脚を投げ出した

 

ハッハッハッ

先立つゼニがねぇンだ

仕方ぁねぇサ

 

喜多八は

トンと徳利を置き

膝を立てる

 

けどよ

せっかく

船 ( 菱垣廻船 ) に揺られて

はるばる

上方くんだりまで来たンだ

 

片袖を捲り上げると

袂から煙管をとりだし

指先でクルリとまわす

 

それぢゃあッてンで

江戸まで聞こえた

当世三名妓のひとり …

 

大袈裟に首をひねると

片寄り目をつくり

見得をする

 

大坂新町のぉ

夕霧太夫とやらを

ひと目

拝ンでやろうぢゃあねぇかッて

 

空いた片手を

デコにあて

赤ら顔をツルリと撫でさげる

 

先づは

景気づけに

白首婆ァの

ハマグリ門に

松の雫を

チョチョッと注ぎ …

 

喜多八は

下卑た笑いを浮かべながら

煙管の先をクイッと突きあげる

 

でもッて

またぞろ

繰りだしたッてェわけよ

 

弥次郎兵衛は

頤をボリボリと掻きながら

ひとつ欠伸した

 

はぁ~

呆れたモンだぜ

まったく …

 

ようようと

白みはじめた山際に

明け六つらしき鐘の音が

梵と低く木霊する

 

枕並べられねェ

オンナのツラを

わざわざ拝みに行くなンざぁ

物好きにもホドがあるゼッ

 

バカ言っちゃあいけねぇや

その上玉のツラをな

 

トングリまなこを

カッと見開き

 

この目ん玉に

しっかと焼き付けてから

門前辺りのヨタカ相手に

目をつむッて

もういっぺん

こう …

 

喜多八は

まなこを閉じ

こんどは

腰をクイッと動かす

 

鰻屋のけぶ ( 煙 ) の匂いで

素ッポロ飯をかき込むのと

おんなじ要領よ

 

かぁ~ッ

しみったれやがッて

 

弥次郎兵衛が

鼻を穿った指を爪弾く

 

しっかしまぁ

一晩に

二度も “ いたす ” なンざぁ

とんだ好兵衞野郎だぜ

それも

薹がたったヨタカとよぉ~

 

二度三度くれェ

朝飯前よッ

 

ガハハと

大口をあけたバカ笑いに

左舷の人溜まりが

わずかに動いた

 

ンで …

どうだったンだ

その夕霧ッてのは

 

喜多八は

パッとひろげた両の掌を

突きだすと

やおら

居住まいをただした

 

いやいや

そこは

浮世に謳われる名妓だ

さすがに

振袖新造に混じッて

張り見世 ( 格子窓 ) なンざに

並ンぢゃあねぇサ

 

けッ

おおかた

そンなこッたろうよ

オメェの話は

 

ところがよぉ

 

喜多八は

パシッと掌で

膝をはたく

 

讀賣 ( 瓦版売 ) の

細見 ( ガイドブック ) を

ながめて

がっかりしたぜ

 

どうしたッてンだよ

 

弥次郎兵衛も

半身をのりだした

 

姿絵が

とんだ

おかちめんこでよぉ …

 

そりゃあ

絵師の腕が

悪りぃンぢゃあねぇのか ?

 

まぁ

不器量だけッてなら

まだ堪忍するが

 

喜多八は

ふたたび片膝をたてる

 

はた ( 二十 ) を

とうに越えた

大年増ときやがッた !

 

なンでいッ

それぢゃあ

白首ヨタカと

かわりゃあしねぇぢゃあねぇか

 

酒の回りも手伝って

次第に声調 ( トーン ) が上がる

 

すっかり

遠慮も会釈もなくした

二人の狂躁に

とうとう腹に据えかねたか

左舷の人溜まりは

朝ぼらけの船上に腰をあげた

 

朝ぼらけ 

  宇治の川霧

    たえだえに

      あらはれわたる

        瀬々の網代木

 

とざいと~ざいッ !

 

番数も

取り進みましたるところぉ~

 

片や

みやこ島原

吉野太夫ッ

吉野たゆ~ッ

 

喜多八は

声を張り上げ

相撲の口上を真似る

 

こなた

お江戸葭原

高尾太夫ッ

高尾た~ゆ~ッ

 

柝の音を模して

空徳利で床を打つ

 

これより

三役に

ござりまするぅ~

 

続けて床をふたつ打つ

 

いよッ

待ってましたッ

 

志賀之助

  男盛りの

    春立て

 

弥次郎兵衛も

やんやと喝采をあげる

 

大坂新町

夕霧も

みやこ島原

吉野も

音にきこえた名妓だが

 

やっぱり

綱を張るのは …

 

ひととせを

   廿日で暮らす

         佳い女

 

そうそうッ

 

二人は声をそろえる

 

花のお江戸は

葭原の

高尾太夫にぁかなわねぇ !

 

ワッハッハッ

 

ちげぇねぇ

ちげぇねぇ

 

吉野なンざぁ

見るまでもねぇ

 

高尾に比べりゃ

格落ちよッ

 

これがホントの

都落ち

ってかぁ~~ッ ?

 

ワッハッハッハッ

 

みやこの

寺ァ廻るほど

信心深かぁねぇし

 

念仏唱えられちまったら

舟漕いじまうしなッ

 

伏見に着いたら

もういっぺん天満にもどって

船 ( 菱垣廻船 ) で帰ェるか ?

 

そいつぁいい !

のんびり楽して

江戸へ帰ェるとしようぜッ

 

金比羅船々

   追風に帆かけて

      シュラシュシュシュ

 

そのとき

 

山の端から

差し込んだ曙光に

突如として

辺り一面が照らしだされた

 

そして

 

もし

そこのお二人はん …

 

抑揚のある

芝居がかった声が

梵鐘の余韻と重なる

 

あんはんらは

お江戸のお方でっしゃろか ?

 

左舷に屯していた

修験道の

影法師 ( シルエット ) が三体

ゆらりと揺れた

 

なッ

なンでい …

 

声の方へとかぶりを向けた

喜多八と弥次郎兵衛は

逆光に手をかざし眼を細める

 

なんやえらい

お節介やもしれまへんが …

 

揃いの白装束に

身を包んだ三人は

横一列に並び

顔は班蓋で隠されている

 

みやこ見物もせぇへんで

お江戸にいにはる

言われまっしゃろ ?

 

ようやっと

目のなれた二人は

突如現れた山伏に

虚を衝かれ

あんぐりと口を開けている

 

おいなりさんが

お口に合わなンだり

お酒の良し惡るしを

言いはるンは

こらまぁ

しょうがおまへン

 

真ん中の男が

僅かに班蓋を上げると

まるで思惟の彌勒ような

細い眼が光った

 

人には

好みちゅうモンが

おますさかいに …

 

不思議な微笑を浮かべ

雅な朗詠かの如く

透る声音が発せられる

 

これやこの

  行くも帰るも

    別れては

      知るも知らぬも

        逢坂の関

 

そやけどなぁ

島原の太夫さんを

みやこいちのオナゴや

思うてはるンでしたら

そら

えろうもったいですわ

 

あさかぜに

鈴懸の襞が揺れる

 

いやいや

阿呆ですわ

仁和寺の坊さんよりも

阿呆ですわ

 

参りたる人ごとに山へ登りしは

      何事かありけんゆかしかりしかど

           神へ参るこそ本意なれと思ひて

                山までは見ずと言ひける

 

脇持のように控える二人も

こうべをコクコクと縦に振る

 

なッ

なンでいッ

この拝み屋どもはッ

 

薄気味悪さに

気圧されながらも

弥次郎兵衛は気勢をはった

 

ハイな

 

三人は班蓋を外し

クルリと表に返すと

右の男から順に名乗った

 

猪吉

鹿藏

蝶次

におます

 

笠表にも

猪鹿蝶と書かれた

勘亭流の墨文字が躍る

 

四条河原は七座がひとつ

 

鹿藏の口火に

猪吉と蝶次がつづく

 

南の芝居を観もせんと

 

帰らはるんは阿呆ちゃうか

 

三人が

嘲りの嗤いで肩を揺らすと

五鈷鈴がひとつ凛と鳴いた

 

その凛音で

咒 ( まじない ) が

解かれたかのように

江戸者は威勢よく啖呵をきる

 

芝居ぃ~ッ !?

へッ

嗤わせやがらぁ

こちとら江戸ッ子よ

芝居といゃあ

お江戸三座がひとつ

市村座の “ 看板 ”

市川團十郎と決まってらぁ !

 

おうッ

そうだそうだ

京 ( みやこ ) の

抹香臭せぇ芝居なんざ

ゼニ出して観る値打もねぇ

 

弥次郎兵衛と喜多八は

カラカラと嗤ってみせたが

どこか空虚に響く

 

なぁ~ンのなンの

 

猪鹿蝶は

隻手を左右に振る

 

そないな田舎役者

南の “ 看板 ” の

足元にも及びしまヘンで

 

売り言葉に

買い言葉

気の短い江戸の二人は

すっかりアタマに血がのぼる

 

やいッ

黙ッてきいてりゃあ

アホウだ田舎モンだ

好き勝手ならべやがッて

 

おうッ

その南の看板とやらの

名はナンてぇんだ!

 

冷笑を浮かべた鹿藏が

ズイッと一歩すすみでると

左右の猪吉と蝶次が方膝をつく

 

知らざァいって

  聞かせやしょう

 

都万太夫座は座元

 

坂田市左衛門が

 

ご惣領

 

屋号は山城

 

五つ藤重ねに

 

星梅鉢が紋

 

 

 

ご存知

 

 

 

坂田藤十郎

 

 

 

 

おい

喜多八

聞いたコトあるか ?

 

さあな

坂田のナンとかッていう

マサカリ担いだアイツか ?

 

ゲラゲラと二人は笑う

 

だいたいよぉ

みやこくんだりまで来て

ナニが面白くて

役者のツラぁ拝まなきゃ

なンねぇんだよッ

 

俺らぁ

陰間の気はねェンだよッ

 

あずま言葉の勢いにも

猪鹿蝶に怯む気配はない

 

なぁ~ンのなンの

 

ワテらもなぁ

陰間の気はあらしまヘン

 

三人は班蓋を被りなおし

顎をひく

 

南の芝居の

“ 二枚目 ” を拝みますねン

 

二枚目だろうが

三枚目だろうが

役者にゃ違ぇねぇだろうがッ

 

なぁ~ンのなンの

 

天下一 …

いやいや

三国一の別嬪役者ッ

 

べっぴんッてぇ …

オンナか !?

 

ハイなッ

 

女役者はご法度だろうが !

 

葵 ( 徳川 ) の触れなンぞ

よう知らんわ

 

すっかり夜が明け

陽光そそぐ船上は

気がつけば三人同様

白装束に身を包んだ

修験道の姿ばかりであった

 

このお舟はなぁ

 

鹿藏の声が増幅し

江戸者を威圧する

 

みなみちゃん詣でのための

お舟なんや …

 

なッ

なンでい

みなみちゃんてのは …

 

腰がひけた

弥次郎兵衛と喜多八は

きょろきょろと辺りを見まわす

 

知らざァいって

  聞かせやしょう

 

都万太夫座はご惣領

 

坂田藤十郎が

 

ご息女

 

立てば芍薬

 

居 ( とゝ ) すりゃ牡丹

 

歩行 ( あるく ) 姿は百合の花

 

琵琶を弾 ( はじ ) けば

 

辯財天

 

舞ひて謡うは

 

吉祥天

 

南の芝居の看板娘

 

 

 

ご存知

 

 

 

風﨑 美南

 

 

 

へたりこむ二人を囲んだ

白装束の一団が

一斉に片肌を脱ぐと

その隆々たる上腕に

藍で彫られた文字が膨らむ

 

 

 

“ 南 風 ”

 

 

 

よう覚えときや …

 

 

 

松籟のなかを舟は往く

 

 

 

 

 

 

これより

 幕間と

   相成りまする

     直しの柝の音が響くまで

       しばしお待を …

 

from Noah ♥