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閲覧にはご注意ください
JUNE
2005
SEOUL
国立劇場にほど近い
照明を絞った
ホテルの一室で
吉川美南は受話器から流れる
7 度目のコール音を聴いていた
手元の紙片に書かれた
テレフォンナンバーに
再度目を落とすと
長い黒髪をかきあげ
南向きの大きな窓へ
視線を移す
南山 ( ナムサン ) の中腹に建つ
このホテルから見渡す市街の夜景は
煌びやかに瞬く一面の光の中に
黒く太い
帯のような闇が
緩やかに蛇行している
まるで
天空へと舞い上がる
龍を想起させる
そのシルエットは
この都市 ( まち ) の
いや
この “ 国 ” の象徴たる大河
漢江 ( ハンガン )
である
今を遡ること
およそ半世紀
ユーラシアを飽食した
帝国主義の覇権争いは
遂に東アジアの半島に於いて
雌雄を決する火蓋を切った
その僅か数年前
パルチザンによる
解放戦争に勝利し
暗雲に覆われた天空より
光の来復を待ち望んでいた半島が
ふたたび
イデオロギーの衝突に巻き込まれ
壊滅的な打撃を蒙こととなる
3 年にも及ぶ戦火に
多くの犠牲をはらうも
収束することはなく
半島を横切る
北緯 38 度線付近を
非武装中立地帯とし
“ 休戦 ” というかたちで
南北を隔て
同じ民族でありながら
異なる統治下へと別離させられ
今日に至っている
しかし
半島の南に位置する
この “ 国 ” は
その深い傷に苦しみながらも
国際社会からの
さまざまな支援をうけ
1980 年代初頭より
めざましい経済発展を遂げる
そして
北に位置する
“ 共和国 ” との格差は拡がり
瞬く間に
復興を為しえた
南の “ 民主国 ” を
世界はこう讃えた
漢江の奇跡
… と
繰り返されるコール音に
受話器を置こうとした美南の耳に
しゃがれた女の声が飛び込んだ
여보세요 !
もしもし !
背後に流れる
雑多な歌舞曲の音量に
負けじと女は声を張り上げている
미안해요
시끄러워서 소리가 들리지 않습니다
悪かったね
うるさくて聴こえなかったんだよ
吉川美南はベッドの端に腰をおとし
スラリと伸びる
デニムにつつまれた脚を組む
応答を待つ間に
グロスに濡れた
唇で咥える Salem へ
火を灯すかと逡巡するも
女の声に
諳んじるかの如く
反射的に
ハングルが口をついて出た
갈매기는 북쪽에 날아 간다 …
鴎は北へ飛んでいくわ …
唐突に発した美南の言葉に
女はしばらく沈黙する
背後の伽耶琴の音が大きく響く
やがて少しトーンを下げた声で
女が美南に尋ねた
당신이군요 …
일본에서 온 여성이군요 ?
アンタだね …
日本から来た女は ?
受話器の向こうで
背後の音が止むと
互いを繋ぐ空間が
静寂につつまれた
東京警視庁 麗南坂署
刑事課に所属する吉川美南は
所属長へ休暇届と
海外渡航届を提出すると
すかさず背を向けた
待て
刑事課長の声が後を追う
相手が言わんとすることは
想像に難くない
この組織に於いて
個人的な海外渡航には
煩雑な制約がある
国交のない国へは無論
紛争地域や
同盟国の紛争当事国
なかでも組織上層部が
神経を尖らせるのは
“ 共産圏 ” への渡航であった
渡航先はソウルとあるが …
振り返らずに美南は答える
大韓民国は
お偉いさん方の仰る
“ 西側諸国 ” ですが …
なにか問題でも ?
背後で課長の腰が浮く気配を感じる
これまでに美南が起こしてきた
数々の不祥事 ( スキャンダル ) を危惧する
自己保身に懸命な姿が …
必ず連絡可能な状態でいろッ
現地での接触 は
国籍を問わず禁止だッ
日本人であってもだッ
わかったな !
吉川美南が警察機構を志したのは
公共の安全と秩序を守る …
そんな模範的で
正義感にあふれるような動機からではない
むしろ
その真逆にあるということが
職歴僅か 7 年にして下された
おびただしい処分の数が証明している
美南にとってこの組織は
ある目的を果たすための
手段に過ぎない
この世でたったひとりの
かけがえのないひとをさがしだす …
己に課した任務 ( ミッション ) を遂行するために
利用するだけの “ モノ ” でしかない
この肉体 ( からだ ) に群がる
媚びた男たちとなんら変わりはない
つかえる “ モノ ” はつかうだけだ
妖しい笑みを課長に差し向け
美南が少し身体を反らせると
ほのかなフローラルのかほりとともに
黒のタンクトップに包まれた
弾けんばかりの
形の良い乳房が揺れた
吉川美南の父が
忽然と姿を消したのは
10 年前の夏だった
東京
神田神保町
音楽関連専門古書店の階上にある
零細出版社
浪漫舎
梅雨明け間近の
夏の宵
浪漫舎が
何者かの襲撃をうけ
編集者が凶弾に斃れた
そして
その時刻に
殺害された編集者と
居合わせたと目される
フリーライターの姿が消えていた
それが
美南の父だった
当時
センセーショナルに報じられた
その事件は
犯行現場の状況から
美南の父を容疑者として見る
世間の目が多かった
しかし
捜査の進捗にともない
美南の父と同型の血痕が発見され
また消音装置 ( サイレンサー ) を用い
たった一発で急所を撃ち抜いた
その正確無比な射撃術からも
暗殺のプロ ( アサシン ) の犯行説も浮上する
そして
デスクトップパソコンの画面には
犯行声明ともとれる
3 つのワードが残されていた
Caesarea
カイサリア
Noe
ノア
Miraculum Aurum
ミラクル ゴールド
白抜きで浮ぶ
ラテン語の文字が
何かを語りかけているようだった
この事件が
ごく平凡な
15 歳の美南の運命をかえた
好奇と偏見に満ちた世間の目は
少女の心を波立たせ
烏合のごとき低劣な囁きは
少女に刃を握らせた
パパ …
やがて
時が経つにつれ
風化という言葉そのままに
事件の記憶は
浮世から薄れていく
父の安否は杳としてしれない …
完全に行き詰った捜査状況に喘ぐ
愚鈍な公僕共を尻目に
美南は
父の残した膨大な資料を
ひとり紐解いていた
その大部分を占めるのは
古代パレスチナに関する
書籍や文献であり
それらは
15 の少女がはじめて目にする
古代ヘブライや
ラテン文字で綴られていた
さらに
それらに混ざり
現代に於ける
パレスチナの紛争をはじめ
政治 ・ 経済 ・ 産業等の
記事や論文が散見された
洗礼を受け
クリスチャンであった美南は
宗教的側面から
約束の地 ( パレスチナ ) をみつめていたが
政治経済的側面の知識は皆無であった
それでも
何か手がかりがあるのではと
難解な資料に目を凝らせた
そして
細い糸口をつかむ
国際的シェアを誇る巨大製薬会社と
エネルギー開発を主幹とする
中央アジアの企業とが
合弁事業を興す際に取り交わされた
覚書 ( メモランダム ) の中に
美南は見つけたのだ
MIRACLE GOLD
ミラクル ゴールド
父が消息を絶った現場に残された
あのワードを …
父は一体何を追いかけて
娘のまえから消えたのか …
ぼんやりとみえかけた父の背を
美南も
追いかけると
心に誓ったとき
少女は 17 歳になっていた
車寄せへタクシーを誘導する
ドアマンを制し
美南は急な坂道を下り
国立劇場の前で自ら車を停めた
東大門市場 ( トンデムンシジャン ) へ続く道を
逆方向へと走る
車窓からは
ライトアップされた
南山タワーが黒い木々の間に間に
見え隠れする
南山を大きく迂回し
美南を乗せた “ 模範タクシー ” は
やがて一際明るい光の街区へと入る
ソウル特別市屈指の繁華街
不夜城
梨泰院 ( イテウォン ) である
高級ホテルが建ち並び
有名ブランドの直営店が軒を連ねる
昼間の梨泰院は
さながらパリの様相だ
しかし
夜の帳がおり
艶やかなネオンサインが
競うように輝きだすと
このエリアは一変する
アジア系はもちろん
欧州 ・ 中南米のほか
在韓米軍兵士らが闊歩する
人種の坩堝と化し
止むことのないクラクションと
明滅を繰り返す
ヘッドライトとテールライトの交錯は
まるでニューヨークのハーレムのようだ
梨泰院のメインストリートから
一本裏通へとはいると
急速な経済発展から取り残され
かつてのこの街の面影をのこす
韓屋 ( ハノク ) 風の建家が並ぶ
一画がある
朽ちかけた白壁と
長い間風雪に耐えた屋根瓦
どの建家も
半間ほど戸口が開け放たれ
気だるそうな灯りが漏れている
表向きには
酒所や茶房を装ってはいるが
そのほとんどは
春を鬻 ( ひさ ) ぐ女が待つ
売春宿だ
黒のタンクトップ
黒のローライズデニム
黒のエナメルパンプス …
全身に黒をまとった
吉川美南は
サングラスを
形の良い鼻梁からはずすと
その艶かしい
ボディラインに誘われ群がる
男たちの卑猥な視線を浴びながら
歩きだした
半ば崩れた
煉瓦積みの塀 ( タム ) が囲う
伽耶琴の音が妖しく響く建家の前で
吉川美南は足をとめる
開かれている土間の戸口から
切れかけた蛍光灯が明滅する
食堂 ( シクタン ) の
なかの様子を窺がうと
粗末な卓子で
老人と花札 ( ファトゥ ) に興じる
中年の女がいた
気配を感じ取ったのか
札を切ろうとする動きを止め
美南を振り返った
この女も
かつては妓生 ( キーセン ) として
夜毎
男を迎え入れていたのであろうか
肉の垂れ下がる
色艶のない顔は
この屋敷構えと同様
崩れかけていた
しかし
咥え煙草の紫煙をいぶしがり
まばたく小さな眼が発する
狡猾そうな視線は
美南の身体を舐めるように視る
それは若い同性への
嫉妬のようでもあり
“ 商品 ” としての品定めのようでもあった
갈매기는 북쪽에 날아 간다 …
鴎は北へ飛んでいくわ …
美南がふたたび
“ 符牒 ” をつぶやくと
女ははたと気づいたように
手持ちの札を放り出し
口を開いた
당신이 일본 갈매기군요 ?
アンタが “ 日本鴎 ” だね ?
고객이 학수 고대입니다
客はさっきからお待ちかねだよ
クイッと顎で
土間から続く奥の闇を指す
老人とともに
口元に浮かべる下卑た笑みは
夜具に組み伏される
美南の身体を想像してのものであろう
많이 …
즐겁게 해 주세요
たっぷりと …
愉しませてやるんだよ
女の低い笑い声と
老人の咽せた咳き込みを背に
美南の姿は
異国の臥房へとつづく
“ 欲望の廻廊 ” に消えた
杉材を用いた薄暗い一間廊下に
美南の沓音が
コツコツと響く
左側は手入れを怠った
草木が伸び放題の内庭
右側は重量感のある高麗障子で
ピタリと閉じられた小部屋が並ぶ
すでに房事のさなかなのか
静まりのなかにも
衣擦れの気配を感じる
直角に左に折れた廊下の
突き当たりに
ムクゲを一輪差した
花器が置かれている
閉ざされた建具の向こうで
息を殺し
美南の来訪を
待ちわびる男の姿が
障子のシルエットから窺がえた
障子の前に立つと
音もなく滑り開き
勢い中から顔を出した男は
短髪の胡麻塩頭が
美南の胸に触れそうなほど背の低い
五十がらみの東洋人だった
突然眼前にあらわれた
豊かな女の象徴に
目を奪われたままの男は
ようやく美南を見上げ声を発した
아 … 아듀레입니다
ア … アデュレだ
緊張からなのか
口ごもりながら名乗った
アデュレという男は
美南を部屋へ招き入れると
きっちりと障子を閉じ
掛け金をおろした
17 ㎡ ( 10畳 ) ほどの部屋の中央には
明々と蛍光灯の灯りに照らされた
2 人用の大判夜具が敷かれ
枕元には透かし建具と
茶器の載った角盆が置かれている
薄紙の張られた開き窓の下には
蚊遣りをかねた青磁の香炉から
麝香のような香りの紫煙が
身をくねらせるよう
ゆらりと立ち昇っている
パンプスを脱ぎ
素足に触れたオンドル床が
ひんやりと感じられた
…
사람을 찾고 있습니까 ?
…
人を捜しているんだったな ?
もともと弁のたつ男ではないのであろう
落ち着きなく泳ぐ目が
時折
美南の胸元にとまる
だまって頷く美南に
座るように促すも
今度は首を横に振られ
アデュレは夜具へ胡坐をかいた
黄ばんだ麻シャツの
左の片袖が萎んでいる
アデュレは隻腕だった
右手で胸ポケットから
くしゃくしゃの煙草を取り出すと
灰盆を引き寄せ火を灯す
美南は
アデュレが右手のみでおこなう
一連の動作を
見下ろしながら言った
10 年前 …
北 ( 共和国 ) へ入国した
日本人の公人リストが欲しい …
せわしなく煙をふかせていた
アデュレの動きがとまる
なんだって !?
親指と人差し指でつまんだフィルターを
ぐりぐりと灰盆へ押し付けると
アデュレはつづけた
東京 ( トンギャン ) の仲間からは
失踪者を捜せと聞いている
共和国への入国者じゃあないッ
しかも
公人だって ?
明らかに
困惑の表情が見てとれた
たしかに美南は
TOKYO で飼いならした
自分の “ 情報屋 ” にはそう依頼した
しかし今
美南とこの閨房にいる
隻腕の男には
真の要請 ( リクエスト )を
突きつけた
自国で
公人 ( 政治家 ) 絡みの
動向に探りを入れようとすれば
必ず “ 公安 ” が目を光らせる
ましてや国交もなく
政治的には敵対する “ 北 ” への
非公式の渡航記録ともなれば
最高機密 ( トップシークレット ) だ
さすがの美南ですら
手を倦ねる
いかなる
情報網 ( ネットワーク ) であろうが
おいそれとキャッチできる
“ 獲物 ” ではない
右手に握ったライターで
コツコツと床をたたき
思案し続けるアデュレの正面に
美南は屈みこみ
顔を近づけた
タンクトップの胸の谷間が
男の躊躇を許さなかった
美南はデニムのポケットから
滞在するホテルの
エンヴェローブ ( 封筒 ) を差し出すと
夜具の縁へ置いた
YEN で 100 万あるわ …
成功したら
あと 100 万 …
いかがかしら ?
しかし …
公人のリストとなると
延吉 ( ヨンビョン ) あたりの
行商人には調べようがない …
美南はアデュレの左に回りこみ
そっと寄り添うと
“ 女の武器 ” を
萎んだ左袖に軽く押し当てる
ライターを放り出したアデュレは
右手を伸ばし
美南の肩を抱こうとする
血走った眼と
荒くなった呼吸が
すでにもう
手なずけられたことを示している
美南はたくみに身をよじり
アデュレの片腕をかわす
危険な仕事なのは
わかっているわ
でも …
どうしても欲しいの …
耳もとでささやく
吐息まじりの声は
アデュレに
秘事に喘ぐ
美南の艶かしい姿態を想像させた
わかったッ
なんとかする !
金もいらないッ
だから
なッ
よほどの女日照なのであろう
すがるように
美南へ懇願する
しかし
焦らすように
美南は会話を続けた
ひとつだけ
ヒントをあげるわ
抱きつこうとし
かわされた拍子に
夜具へとうつ伏せに倒れこんだ
アデュレに
吉川美南は言った
世界には
“ 北 ” と国交のある国は多いわ
互いの利害関係を考えれば
当然といえば
当然ね …
右手で支えながら
アデュレは身を起こす
なかでも
中東
イスラエル …
美南は
夜具の上で
しなをつくる
そこを経由して
“ 北 ” へ入国した
イルボネ ( 日本人 ) がいたはずよ
10 年前に …
アデュレは
膝で躄るように
美南との間をつめ
激しく頷く
し … 調べるッ
調べるからぁ !
声を裏返し
アデュレがさらに
にじり寄る
そろそろ
餌 ( からだ ) を与える
時間だ
美南は
胸元に伸びてきた
アデュレの手をとると
指を絡ませる
いいわ
じゃあ …
“ 契約 ” を結びましょう
男と女の …
吉川美南が
自ら身体を横たえると
アデュレは興奮に震えながら
右手で
しゃにむにタンクトップを
たくしあげる
煌々と照らす
蛍光灯のしたで
美南の形の良い乳房が
露になった
ゴクリと唾を飲むアデュレ
筋張り荒れた手が
寸暇を惜しむよう
その膨らみに触れまわる
そして
今宵
己の意のままに
愉しむことのできる
乳房をもう一度俯瞰し
そこに彫られている
藍色のタトゥーを
脂で汚れた指先でなぞった
SOUTHERN †
サザン …
サザンクロス ( 南十字星 ) よ …
美南の
白くしなやかな腕が
アデュレの首に巻きつき
乳房へと導いた
남십자성 …
ナムシプジャソン …
ハングルで復唱したアデュレは
恍惚とした表情で
膨らみへ頬ずりをすると
その鴇色の頂に
まるで赤子のように
むしゃぶりついた …
秋風が
北寄りに吹きはじめ
冬の気配を感じる
NOVEMBER
2005
TOKYO
麗南坂署
刑事部屋の
古いスピーカーから
けたたましくブザーが鳴り響いた
11 時 10 分
北麗南地区
首都高速道路
零号線高架下に於いて
身元不明の変死体出現
一課捜査員は
至急現場へ急行せよ
頭上を走行する
車の騒音と
再開発による
近隣ビル解体工事の
破砕音が
現場の捜査員を苛立たせる
レザージャケットを羽織った
吉川美南は
捜査車輌のボンネットで
脚を組み
風にあおられ難儀する
ビニールシートでの
目隠し作業をながめていた
ついさっき
その現場で見た
被害者の土木作業員は
眉間を銃弾で打ち抜かれ
ズルズルと崩れ落ちたかのように
橋脚の元で絶命していた
銃撃された際
飛んだのであろう
白いヘルメットが
前方に転がり
白髪混じりの頭が垂れていた
そして
ひらひらと
作業着の片袖が
風に揺れていた
アデュレだった
閨をともにした
あの夜以来
アデュレとのつながりはない
“ 密会 ” をセッティングさせた
情報屋からも
依頼事項 ( リクエスト ) の
進捗報告はなかった
美南の身辺も
なんら変化はなく
自ら “ 下手 ” を打った覚えもない
… ったく
つかえねぇヤツだな
解体工事現場の事務所へ行き
作業員名簿を出させろだの
指紋照合して
マエ ( 犯罪歴 ) を洗えだの
課長の喚く声が
周囲の騒音にかき消される
吉川美南は
立ち上がり
現場を離れると
解体前の
ビルの壁に寄りかかり
Salem を咥えた
これで
“ 手法 ” を
変えねばならなくなった
半島の “ 南 ” は
もう使えない
美南は
ため息のように
紫煙を吐いた
勝手に
“ 契約解除 ” してんじゃねぇよ
なぜか乳房が疼く
しかも …
ひとのショクバ ( 管轄内 ) で
逝きやがって
ジャケットの上から握りしめる
余計な仕事
増やしてんじゃねぇよ
足元に落とした Salem を
パンプスの先で踏みつける
めんどくせぇんだよ …
形の良い鼻梁に
サングラスを落とすと
吉川美南は
ときほどいた黒髪を靡かせ
北風のなかを歩きだす
ほのかに
フローラルの
芳香がひろがった
from Noah †
むしゃぶりついた …
秋風が
北寄りに吹きはじめ
冬の気配を感じる
NOVEMBER
2005
TOKYO
麗南坂署
刑事部屋の
古いスピーカーから
けたたましくブザーが鳴り響いた
11 時 10 分
北麗南地区
首都高速道路
零号線高架下に於いて
身元不明の変死体出現
一課捜査員は
至急現場へ急行せよ
頭上を走行する
車の騒音と
再開発による
近隣ビル解体工事の
破砕音が
現場の捜査員を苛立たせる
レザージャケットを羽織った
吉川美南は
捜査車輌のボンネットで
脚を組み
風にあおられ難儀する
ビニールシートでの
目隠し作業をながめていた
ついさっき
その現場で見た
被害者の土木作業員は
眉間を銃弾で打ち抜かれ
ズルズルと崩れ落ちたかのように
橋脚の元で絶命していた
銃撃された際
飛んだのであろう
白いヘルメットが
前方に転がり
白髪混じりの頭が垂れていた
そして
ひらひらと
作業着の片袖が
風に揺れていた
アデュレだった
閨をともにした
あの夜以来
アデュレとのつながりはない
“ 密会 ” をセッティングさせた
情報屋からも
依頼事項 ( リクエスト ) の
進捗報告はなかった
美南の身辺も
なんら変化はなく
自ら “ 下手 ” を打った覚えもない
… ったく
つかえねぇヤツだな
解体工事現場の事務所へ行き
作業員名簿を出させろだの
指紋照合して
マエ ( 犯罪歴 ) を洗えだの
課長の喚く声が
周囲の騒音にかき消される
吉川美南は
立ち上がり
現場を離れると
解体前の
ビルの壁に寄りかかり
Salem を咥えた
これで
“ 手法 ” を
変えねばならなくなった
半島の “ 南 ” は
もう使えない
美南は
ため息のように
紫煙を吐いた
勝手に
“ 契約解除 ” してんじゃねぇよ
なぜか乳房が疼く
しかも …
ひとのショクバ ( 管轄内 ) で
逝きやがって
ジャケットの上から握りしめる
余計な仕事
増やしてんじゃねぇよ
足元に落とした Salem を
パンプスの先で踏みつける
めんどくせぇんだよ …
形の良い鼻梁に
サングラスを落とすと
吉川美南は
ときほどいた黒髪を靡かせ
北風のなかを歩きだす
ほのかに
フローラルの
芳香がひろがった
from Noah †