芸術の守り人の美学

芸術の守り人の美学

画家・会計の知恵・ネットの論理・修復師の技能

専門:古典的写実(クラシック・レアル)
印象派、古典主義、コマーシャルアートなど
幅広い様式で創作活動を展開。
光と構造の「真実」を論理的に解読、
作品に落とし込むプロセスを探求しています。

妻のユリが二人目の出産で入院したときのことです。
当然、僕が3歳になる長男の面倒をみることになりました。

「パパ、これであそぼう!」

長男が持ってきたのは、当時大流行していた戦闘モノのカッコいい戦士のフィギュアです。

書籍やテレビに出てくるような王道のヒーローでした。

 

一方で、「はい、パパはこれ」と手渡されたのは……

全身が鮮やかなオレンジ色で、エイのような謎の飛行機に乗ったフィギアでした。

しかも、めちゃくちゃ柔らかいのです。

「なんだよこれ……」と思いつつも、せっかくの男同士の時間です。
本気で相手をしてやることにしました。

「ソファにある緑のクッションを陣地にして、お前はこの地球を守れ。仲間も守れ。パパは外の星から攻める悪者だからな?」

緑のクッション(地球)を守るヒーロー(息子)と、そこへ攻め込むオレンジの悪者(僕)
画家として補色関係(対比)を意識した、視覚的にも「善vs悪」の構図が鮮烈に浮き立つ完璧な戦場です。

「地球は渡さないんだからな!!」

――意気込む長男。


最初のうちは普通に攻めて負け、「クソー!覚えてろよ!」とかって、捨て台詞を残して悪者の星へ撤退する平和なごっこ遊びが続いていました。

ですが、それは何度目かの戦い―― 僕はヒーロー息子にコテンパンに叩きのめされ、エイに乗ることも、自分の星へ帰る力も失いました……。そして、こんなときでさえ、めちゃくちゃ柔らかいのです。

「ぐぬぬぬっ!」とか言いながら、誇らしげに倒れているオレンジマンの周りを飛ばす長男。

それ見てたら、なんか……ムカついたんで、僕はオレンジマンとして苦しそうに呟いてみました。

「今まで……悪かったな……。地球のみんなが楽しそうで……お前に守られて幸せそうで……ウッ……羨ましかったんだ……。もう、お別れだ……」

パタリ―― 昇天。
さっきまでドヤ顔でドスンバタン暴れていた長男の目が、みるみる涙でいっぱいになりました。

「うわああああ!ごめん、ごめんね!オレンジマン!!起きてお願い!!」

ムカついたとはいえ、3歳児にシェイクスピアばりの劇的悲劇は重すぎただろうか。
可哀想になった僕は、右手を高く掲げました。

「うはははは!わたしの名前はゴッドハンドだ!!!お前の望みを叶えてやろう。

これからは、仲良く暮らすか?お互いがお互いを思いやり、平和な世界を作れるか?」

ヒーロー「はい~~ながよくじまずううう。平和づくれまずぅう(泣)」

ゴッドハンド「いいだろう。では、生き返らせてやろう」

重い倫理観をたったの二択であっさり許諾され、奇跡の蘇生を果たしたオレンジマン。

「これからは力を合わせて地球を守ろう!仲良くしようね!!」と、長男は鼻水を垂らしながら泣きついてきました。それは、世にも美しい友情の芽生え―― の、はずでした。

「誰が仲良くするか!!地球を奪い取ってやるわー!!」

悪者は神との誓いなど守りません。守るわけがないのです。

これが世の常、いきなりバトル再開です。

「地球は渡さない!!」

 

怒りの覚醒を果たした長男に再びコテンパンにされ、オレンジマンはあっけなく虫の息となりました。当然、エイに乗ることもできません。

「すまなかった……本当はお前と友達になって、一緒におやつを食べたり、勉強したり…したかった……これからも地球を仲間を守ってくれ。ありがとう、楽しかっ……ウッ」

本日、二度目の昇天――です。

渾身の泣かせ台詞が効きすぎたのか、長男はパニックになりました。

 

「いーぎーがえらぜでえええ!!!ゴッ、ド、ゴ、ゴゴッ、ゴッドハンドおお!!」

 

と、絶叫しながら僕の手(長男には神の手に見えている)にすがりついて号泣し始めました。
……ですが、このあたりで僕はもう、この遊びに心底飽きていたのです。

 

一刻も早く終わらせたい。

なんとか収拾をつけて強制終了させるべく、僕は床に転がったまま、静かに宣告しました。

「ゴッドハンドはもう来ない。奇跡の安売りは終わりだ。本来、命は不可逆であり、リセットボタンなど存在しない。お前は武力を行使する前に、対話によって地球を守る道を模索すべきだったんだ」

3歳児の頭では言葉の意味など理解できるはずもなく、ただ「自分が取り返しのつかない罪を犯してしまった」という空気感だけを察した長男はこのような顔をしていました⇒⇒(・・)
そして、緑のクッションに突っ伏し、この世の終わりのような絶望のどん底で泣き崩れました。

 

――よし、強制終了成功だ。泣き止んだらアイスでも食わせておけば……
僕が床に転がってオレンジマンの死体をやりきったその瞬間、別室から猛烈な足音が響き、ドアが勢いよく開いたのです。

「何してるの!!!」
 

実家から手伝いに来ていた母が叫びました。

緑のクッションに突っ伏してこの世の終わりのように泣き叫ぶ「純粋無垢な3歳の初孫」と、その横でオレンジ色の柔らかい人形を握りしめたまま真顔で死体になりきっている「当時31歳の息子」という地獄絵図を見てブチギレたのです。

僕は、妻の出産という大事な局面で、母から容赦ない雷を落とされることになったのでした。

あれから数年――

あの日、地球と命の尊さを(無理やり)学んだヒーローは、今もしっかりとたくましく育っています。