学校には、国語や算数といった教科の教育だけでなく、
食育、環境教育、人権教育、防災教育、キャリア教育といった課題教育というヤツがありまして。
数えれば100を超える、なんて話もある。
以前、保護者からのアンケートに「学校で金融教育をしてほしい」と書かれた事がある。
いや、家庭科や社会、生活指導なんかで、実はあちこちに散りばめられているが?
まぁ、きっと求めてるのはそういう事じゃないんだろうね。
もっと直接的なお金の話、ってイメージなんじゃないかと思われる。
もしそうだとするならば、
家で実践的にお金を使いながらされては?
お小遣いとか、お年玉とか、あるでしょうに。
と、思ってしまうわけですよ。
学校って、何でも屋だと思われてませんか?
と、最近よく思う。
放課後の子ども同士のトラブルや、ネット上のトラブルもそう。
そりゃ、学校外の人間関係も学校に引きずって持ち込まれるわけだから、学校でも話を聞くけれど。
家庭に帰ってから起きたトラブルの解決を、学校に丸投げするのは違うんでないかい?
ゲームやスマホを買い与えるなら、その使い方まで責任もって見ていかなきゃいけないてことでは?
子どもの第一の責任者は、やっぱり保護者なのだから。
学校側は、保護者と一緒に走ることはできる。
でも、保護者に代わって前を走ることはできない。
最近、身近な先生もけっこう休職・退職したり、休職寸前に追い込まれたりしている。
学校に期待することを増やすなら、その分どこかで減らさないと、限界はそこまできていると思う。
「学校だからできること」と、「家庭だからこそできること」
それぞれに違った強みがある。
学校を守るためじゃない。
先生を守るためでもない。
子どもたちの学びを守るために、改めて考えるべき時期なんじゃいかね?

