ご無沙汰しております。

gooブログからの通知で、
新規投稿をしていないと
ブログの編集ができなくなるそうで、
久しぶりに投稿します。
編集画面のアクセス数をみると、
まだわずかにアクセスがあるようですね。

このブログ、せめて南米の旅を最後まで書ききればよかったのに
あと数日の記事を書かないまま、ストップしてしまってますね。

あれから18年くらい経ってますね。
私はまだ元気に生きていますので、ご心配なく。

2024年4月4日
イースター島モアイ 15体のモアイ
5:20AM、ジュンちゃんに起こしてもらう形で起床。もうほとんど準備はしてあるのですぐに出かける状態に。

昨日えりりんとトシが握ってくれたおにぎりは案の定 どうやって持っていこうか迷ったようでそのまま。自分の米が入っていたタッパーと こういうことがあろうと量り売りのパンのビニールを余分に取っておいたのでそれで強引に包む。

昨日おばさんが朝食用ととして用意してくれていたパンが机の上にあったはずなのに、無くなっている。なぜか娘がおきていたので確認すると出してくれた。しかし、昨日はジャムやスナックなどが入った袋だったはずだが、ただのパンだけ。これって普通の宿泊客に出す用の物じゃないか・・・?

パンをもらって外へ。ジュンちゃんが待ちわびているが、まだ二人は来ない・・・。
ジムニーに乗りこみ待つ、ようやくそろったと思ったら、トシがちょっとトイレといって出て行った。なぜかえりりんもついていく。後で聞くとトシはここ数日お腹の調子が悪かったらしい。ずるずると出発が遅れる・・・。

真っ暗な中、自分が運転で出発。
助手席にはジュンちゃんがナビゲーション。彼女に地図を渡し、指示通り進む。真っ暗だが、車がいないのでなんとかなる。ライトで照らされた場所しか見えない道を延々走る。

右側に波の音が聞こえる。たまに道の横で草を食べている馬などが進行を邪魔してきたり。
免許を取って以来のマニュアル車、徐行などがまだうまくいかずエンスト数回。

数十分走ったところで行き止まり。トイレかなにかの建物があるところで進めなくなる。
どこだ?とりあえず引き返し、左に入れる未舗装の道路を走ったりするが再び行き止まり。辺りが徐々に明るくなってくるなか、何度か行き来していると、どうやら最初に走ってきた道は海沿いの道ではなく、島の中央の道を走っていたんじゃないかと判明。最初にたどり着いた行き止まりもアナケナのビーチであったことがわかり、なんとなく周りの道の様子が分かってきた。

マニュアル操作のコツも思い出してきて、ギアチェンジもスムーズに。朝日に間に合わすために急いでいるのもあって、未舗装道路を跳ねながら進む。車内の3人も妙なテンションに。

イースター島モアイ 15体のモアイ
迷いまくって到着したのは8:05AM。一台車が停まっていた。横につけ、遠くに見える15体のモアイに向かって歩く。そこにガイド付の外国人と日本人のツアーの人たちが5人ほどいた。もうすっかり明るくなっていたので日の出は済んだものだとおもっていたら、8:13AMモアイの背後の海の向こうから赤い太陽が昇ってきた。
おいおい、昨日レンタカー屋のALEXと宿のおばちゃんはサンライズは7時だといっていたじゃないか!だからその一時間前に宿を出発したんだ。でも結果的には迷ったあげく、その嘘情報のおかげで間に合うことに。
もう朝日を見るタイミングは今回のようにレンタカーを借りてしか見ることが出来ないので、ドライバーとして道に迷って朝日が見れなかったことに責任を感じていたところだった。結果オーライ。

イースター島モアイ 15体のモアイ
いろんなバージョンでモアイを撮りまくり。
その間、えりりんがモアイの土台にのぼりポーズを撮り写真を撮っていた(そこに登ることは禁止)。僕が降りるように言おうと近寄っていくと背後からガイド付の日本人に僕が注意される。降りるように彼女に伝えると「分かってるぅ」という返事。よく考えたら、僕がモアイの写真を撮りたいから邪魔だからどいてくれと言ったと思われてんじゃないかなと思い、えりりんさんにあそこは登ってはダメなんだよ
ということを伝えると、「ちょっとだけのつもりだった」とのこと。時間の問題じゃないぞ。

イースター島モアイ

イースター島モアイ
近くにある横に仰向けになっているモアイなどをみたり、みんなで記念写真を撮るなどして、時間は9:30AMに。ここは朝日を見るのに有名なポイントのはずなのだが、自分達ともう一組のツアー客がいただけ。

車に戻り、みんなお腹が空いたということでパンを食べる。自分はかじりながら運転。だいぶ運転にも余裕が出てきた。近くにラノララクというモアイの石切り場があるのだが順序を考えまずはアナケナ海岸へ向かう。すっかり明るくなり海が美しい。朝通った同じ道とは思えない。

イースター島モアイ アナケナ海岸
9:50AM、やしの木が生い茂る美しいビーチに到着。そのすぐ前にプカオを頭に載せた5体のモアイが立ち並ぶ。なんだかこんなビーチとモアイの組み合わせがなんとも違和感、面白いともいえるが。砂浜を歩き撮影。

イースター島モアイ アナケナ海岸
ミニバンが2台やってきて、ビーチで何人かがボールで遊び。水着で海の中へ入っていっていったものがいた。このビーチの存在は知っていたのだが、水着を持っていくのをすっかり忘れていた。無性に海に入りたくなったので、トランクス一丁になり海へ。トランクスギリギリまで入る。なかなか気持ちが良かった。

えりりんとトシがペアで日陰で座ってしゃべっている。自分とジュンちゃんも海を眺めながらいろいろ会話。30分くらい まったりして車に戻る。出発しようとしたところ、もう一度トシがトイレタイム。

次はテピトクラ(←だったかな?)に行こうとするが入るところが見つからず通り過ぎる。舗装道路を調子よく走っていたらラノララクもいつの間にか通り越す。看板があり明らかにおかしいと思い引き返すと、丘の上にモアイがあるとこに。そこにいたおっさんに尋ねるとそこはアフ・ハンガ・テーAhu Hanga Teeというところらしい。完全に行き過ぎてる。どうやら島の大きさを見誤っていたらしい。思ったよりもずっと小さい。

ラノララク方面に進んで、遠くの海沿いに倒れたモアイがあったところで再び停車、アフ・ハンガ・テテンガAhu Hanga Tetenga。ここの海もやばいくらい青くて美しかった。天気が良くて本当に良かった。名前がわからないが道の左側にぽつんとさびしげにうつぶせに倒れたモアイがいたのでそれも撮る。

イースター島モアイ ラノ・ララク
1:00PM、ラノ・ララクに到着。ここの入口に机があったので、とっておきのおにぎりの時間に。カラファテの藤旅館で仕入れた海苔に包んで食べる。昨日炊いたご飯も美味く炊けたようだ。日本から持ってきた米・カラファテの海苔(これも日本産だと思う)・、ペルーのマラスの塩のフュージョン。美味かった。

イースター島モアイ ラノ・ララク
待ち合わせの時間を決め、中へ。さすがに観光客がたくさん要るだけあってすごいところだ。

イースター島モアイ ラノ・ララク

イースター島モアイ ラノ・ララク

イースター島モアイ ラノ・ララク
モアイが岩から切り出され途中で放置されている。完成したモアイは、いくつかは立ったまま海岸線まで近づいたところで止まってる、伝説にある「石切り場から歩いて移動した」というのが本当であるかのように。

イースター島モアイ ラノ・ララク
ランダムな場所に埋もれるようにして立っているモアイがなんともいい感じ。切り出し途中のモアイも頭が逆さになっていたり横になっていたりさまざま。歩いていて非常におもしろい。

イースター島モアイ ラノ・ララク
なぜか道が作ってるのにそっちは入ってはいけないとガイドのような男に注意される。ついでに日本語で「サワルナ」などとも言っていた。とりあえずツアー客が上のほうに登っていくその方向に歩いていくと大きな湖が。それから上に上って山の頂上へ。どんどん人が降りていき、頂上でえりりんとトシが二人で話していた。「世界の中心で愛をさけんでみて」とか僕に言っているが、こっちは冷めるちゅーの・・・。なんともバツがわるので、少し離れた場所で絶景を楽しむ。二人は何も言わずに降りていったあとも、ボーと眺める。

イースター島モアイラノ・ララク
3:30PM入口のところに集合。ジュンちゃんを待たせてしまった。みんなぐったり、もう帰りたいモードに入っている。
しかし、その前にすぐ近くのアフ・トンガリキAhu Tongarikiにもう一度行きたい。朝日をバックにシルエット状態で撮ったが、まだ順光では撮っていない。それとさっき岩絵がここにあるとは知らなかったからそれも見ておきたい。
そう言うと、トシが呆れたように、「じゃぁ、早くして戻ってきてくださいね」とボソッと。「いいよ、車で待っててよ」と答えておいたが、えりりんはやる気があり、彼女が降りていくと彼も付いてきた。なんだよぉ。

イースター島モアイ アフ・トンガリキ

イースター島モアイ アフ・トンガリキ

イースター島モアイ アフ・トンガリキ
そこにいたガイドのおっさんがいたので「地球の歩き方」の岩絵の写真を見せて場所を確認。そんなところわからねーよという場所だった。しかも消えかかっているのか見難い。普通に人が乗れるようになっているので、そりゃ消えるわなぁ。
15体のモアイはやはり壮観、朝 ただの岩がころがっていたと思っていたものがプカオだった、朝とは全く違う顔を見せてくれる。やはりもう一度きてよかった。

4:00PM車に戻ると、三人ともぐったり、冷たいジュースが買いたいと言うので一端町に戻ることに。スーパーの前にガソリンを入れる。満タンに入れて返すというのが日本のレンタカーの基本だと思うし、分かりやすい方法なのだが、借りたときのメモリが半分より少し下の状態でその時の量に調節して入れなきゃいけない。ガソリンスタンドの兄ちゃんにその旨をイラストで伝えるとぴったりいれてくれ、親指を立てる。GJ(グッジョブ)兄ちゃん。5000Cペソ。

町に入り、突然トシが止まってという。よく分からないまま止まると昨日預けたクリーニングをえりりんと回収しにいった。ジュンちゃんと自分は呆れ顔。
戻るのをまって数メートル走らせスーパーへ。スーパーはシエスタで休み。隣の売店でジンジャーエールのペットボトルを1500Cペソで購入。外に出てみんなジュースをがぶ飲み。お金が全然ないし、ついでなのですぐ近くのATMに行くと他の三人に伝える。するとトシが「僕達はどうすればいいんすか?ここで待ってろっていうんですか?10分だけだよ、あのぉトイレ行きたい・・・。」
さっきお前のためにクリーニング屋で待ったじゃないか。一瞬キレそうになるが、相手にもこちらが不快に思ったことがわかるくらいにすかさず「じゃあホテル戻ろうか(言い方は普通)」と言い、すぐに車に乗り込みエンジンをすぐにかける。

えりりんがちょうどタバコに火をつけたところ。何か微妙な空気が流れる。宿に帰る。1時間ほど休憩して、海を見ているモアイ アフ・アキビにもうそろそろ行こうよとジュンちゃんが外で話している二人に声をかける。そしたらえりりんが「行くぅ?」という反応。なんだか二人とももうぐったりしている。
観光する気がない人と一緒に行動してもしょうがないので、適当に明日あさってまだ時間あるからいいじゃんと言って誘導尋問。ジュンちゃんとふたりで行くことに。

車に乗り向かっていると、追い抜くバイクの兄ちゃんが後輪のタイヤが揺れていて気をつけろという。さっきスーパーの近くでも車のおっちゃんに言われてコレで二回目だ。
走りながら左の後輪をのぞくとぐらぐらとゆれている。降りてチェックするが空気は問題なさそう。でもなんか悪路を走っているといつでもタイヤがはずれそうだ。

不安になりながらもアフ・アキビへの未舗装道路をゆっくり進む。ゆっくり神経を使いながら走っているせいかやたら長く感じてきた。道を間違えたか不安になり、途中の道端で写真撮影していたスキンヘッドのおっさんに道を聞くと「I think so.」とのあやふやな返事。

イースター島モアイ アフ・アキビ
到着すると、そこには家族連れ(すぐに帰った)と日本人のカップルふたりだけ。着いた早々そのうちの女性がジュンちゃんに話しかけてきた、僕も近寄って話を聞くと夫婦で今ワンワールドのチケットで新婚旅行中とのこと。すごく感じの良い二人で話が弾む。ジュンちゃんも最初 サンティアゴのユースで会ったばかりのときのような明るい表情で饒舌に話しまくる。

なんというか今日他の二人の行動のせいで普通の明るいジュンちゃんではなくなっていたようだったのが、ここで復活。夕日が始まってきているのに延々話し続ける。途中で僕は切り上げ、モアイの撮影。
さっきのスキンヘッドのI think soおじさんもマウンテンバイクで到着。すごいデジカメでレンズも5本ほど持っている、フォトグラファーか?と聞くとYESと答えた。今まで話しかけるきっかけでこう質問することはあったがYESという答えは始めてだった。彼はモニタを撮るたびに覗きながら、一人で自画自賛の声をあげる。自分も真似して同じ構図で撮ってみたり。

イースター島モアイ アフ・アキビ
夫婦二人はここまで歩いてきたらしく、帰りはヒッチハイクで戻るつもりだったようだ。ちょうど二つ分席が空いているし、僕の下手な運転でいいのかという了承を得てから出発。
車内でも楽しく会話、なんだか本当にいい感じの二人。こんな楽しい雰囲気で4人で一周したかったなぁ。

レンタカー屋のALEXの事務所に9:00PMに返さなければいけないが、少し道を迷う。ジュンちゃんがそっせんして車を降りて道を聞く。だれかに促され彼女が歩いていくのをついていくとそこがALEXの事務所だった。それに気づかずまだその家の人に場所を聞こうとするジュンちゃん、ここだよここ。ようやくエンジンを切り終了。
もう今日一日事故でもおこしたらどうしようかと思っていた、これで一安心。時間はぴったし9:00PM。

イースター島 宿で作ったパスタ
ALEXが出てきてタクシーで宿へ。お願いして夫婦を彼女達が泊まっているテントサイトで降ろし、明日の朝また会う約束をしてお別れ。宿に帰り、ジャガイモ入りのクリームパスタ。今日は赤ワイン。(注;ここでこの日の日記終了、どうやら力尽きたようだ・・・)

※1チリペソ=0.2円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
※何か投稿しないと編集できなくなるそうなので、ちょっとここに追記します。
イースター島へ

7:00AMに待ち合わせをしている。同室の一人がまだ寝ているので暗いまま廊下に荷物を出してパッキング。

ロビーに行きチェックアウト。えりりんさんが少し遅れて到着。

7:10AM頃、出発。昨日 利用したLosHeroes駅近くのCentropuertoのバス停へ。
7:25AM発があるはずだが、最初に停まっているバスに確認するが別のバスが来るのでそれに乗れと言われる。
待っていると、すぐにバスがバス停に入ってきた。それに乗って1100Cペソを払い、乗客が自分達しかいない状態で発車。

30分ほどで空港に到着。3人ばらばらにチェックイン。
自分は散々今まで翼の上の席だったので、翼の上でない場所の窓側の席のオーダーを試みる。
「分かった、スペシャルな席よ」と冗談半分で言われたが、実際に搭乗したら、翼の付け根・・・。ばかやろう、分かってないじゃないか。
しぶしぶ座る。隣の席には結局誰も座らなかった。

9:45AMにフライト。
しばらくして機内食が運ばれてくるが、自分の席は機内のほぼ中間。最前列からと自分の後ろの席の並びからサービス開始。後ろのおばさんが食べ終わった頃、ようやく自分の機内食。なんか最近ついてないなぁこういうの。

食べ終わってから機内で初めてノートパソコンを広げる。なかなか快適で筆が進むが、悲しいかなバッテリーが二時間程度しかもたない(本当はもう30分くらい持つが、昨日充電しきっていなかった)。
しかも、昨日のプンタアレーナスからのフライトで読んでいた「何でも見てやろう」の文庫本を機内に置き忘れてしまった。空しか見るものがない。といっても雲をぼーと眺めるのは、結構好きだからいいや。

イースター島 飛行場 LAN
機内のモニタで世界地図で飛行機の現在位置が記され、イスラデパスクアの文字が出たときさすがにドキドキしてきた。
およそ5時間のフライト。現地時間は本土のチリより2時間遅い。デジカメの時計を2時間バックさせ、1:20AMに空港に到着。

イースター島 飛行場
タラップが前方と後方の二つがあったようだが、中途半端な位置なので外に出るのが遅れる。
タラップを降り、えりりんさんを探すがなにか日本人の男と一緒にいて飛行機をバックに記念撮影などをしていた。ワインなどが入っていて重たい荷物を彼女が持っているのでもちに行こうかと思ったが、二人の仲を割ってはいるのも癪なので、軽く目を合わすだけで一人で建物の中へ。

イースター島 飛行場
バックを回収。ネットなどの情報ではここに宿のブースがずらっと並ぶということを聞いていたが意外に選択肢が少ない。いくつか聞きディスカウント交渉するが7000ペソが最安(今 思うと勝手にレンタカー屋と思っていたカウンターも宿のカウンターだった。そちらは値段を確認していない)。情報ノートなどでは10USDが最安と聞いていたので納得行かない。
ほとんどの観光客がいなくなる状態まで残ってしまう。
結局目つきが悪く感じが悪いおばさんの宿で一応車で連れて行ってもらって見てから決定するということに。
さっきえりりんさんと一緒にいた男も一緒に来るらしい。
おばさんが止めた車で宿に行くことに。ちゃんとこの車がフリーかどうか確認し乗り込む。

宿に到着。別に問題はない。価格とおばちゃんの横柄な態度が気に食わないがここに決める。というか女の子二人はもうどこでもいい様子だし、男はえりりんさんと一緒の宿のつもりなのだろう。
シングルを主張するが空き部屋は二つしかないという理由(本当かどうか知らないが)で、男同士・女同士 同室に。

今日中にレンタカー屋を見つけ契約をしなかればいけないが、それぞれのペースがあり、なかなか外に出かけられない。

イースター島 モアイ
2:50PM頃、ようやく4人そろって出発。
町に向かって歩く。少し歩いたところで第一モアイ発見。「地球の歩き方」の地図にも載っていないので、まさかこんな近くでモアイに出会えるとは思わなかった。これから数日たくさんのモアイを見ることになるのは分かっているわけだが、イマイチな形状なモアイだがみんなで興奮して写真を取り捲る。

レンタカー屋の場所が分からないが、とりあえず歩いて郵便局の前くらいにきたところで、タクシーがゆっくりとそばを通り、こちらを見ながら「RENT A CAR」と書かれた紙を見せてくる。
話しかけると一台2500チリペソだという。

イースター島
探すのが面倒なので彼の車に乗り事務所へ行ってみることに。
町から相当離れる。
この時はどこかは分からなかったが空港の西南の場所。ついたところは一件普通の家。家の隣に青と黒いスズキ・ジムニーが二つ。
話していると黒い方の車が良いらしい。数日借りると安くなるが皆と話し合い、一日だけレンタルすることに。
もう一人の男はトシという、そこの家にいた5歳くらいの女の子とじゃれあって全然一緒に交渉する気がない。一台25000Cペソ。もっと値段交渉を粘れば少しは安くなるかもしれなかったが4人で割るので減額しても大して影響ないし、やめ。

イースター島 女の子
免許は自分しか持っていない。トシは免許は持っているがバイクしか乗っていないらしい。明日、朝日を見るため早朝の暗い中、町から反対側のアフロンガリキまで自分が運転することになるのだが、8年ぶり(?)のマニュアル車、不安だ。
今日の9:00PMに借りて、24時間レンタルとなる。

イースター島
車でホテルまで送って貰う。
4:20PM、宿に戻り、みんなでまったりしていると、宿のおばちゃんが庭にいた男に指示してスイカを出してくれた。切ってくれたのはうれしいが切り方が適当・・・。結局刺さったまんまのナイフで自分が切り分け皆で食べる。甘くておいしかった。
外は雨が降ってきた。イースター島は雨が少ないと聞いていたのに、もしここの島にいる短い間に雨の日が続くと思ったら不安になってきた。

イースター島 お土産屋
5:20PM、雨がやんだので再び4人で外に出て、教会近くの民芸品売場へ。絵葉書を二枚購入(合計1USD)。エントランスのところで他の3人が会話。聞くとお腹が空いたのでレストランで軽食をとりたいとのこと。物価の高いイースターで何も買うつもりはなかったし、他の人のペースに縛られるのが嫌だったのでここで別行動に。
3人と別れて、町から近いモアイ、アフ・タハイへ向かう。歩き始めてすぐにスコール。木の下で3分ほど雨宿り。

イースター島 5体のモアイ アフ・タハイ

イースター島 5体のモアイ アフ・タハイ
墓地を通り、5:30PMアフ・タハイに到着。5体のモアイと「地球の歩き方」に書かれているのだが、不恰好な3体・顔が半分斜めに欠けたもの・胴体だけのモアイの全部で5体、その向かって左端には土台(?)だけが残っている。もともと6体だったのだろう。夕日とまではいかないが完全に逆光、シルエットを見せるような写真を撮る。
すぐそばに顔がはっきりしないアフ・パイ・フリ、プカオ(茶色い帽子状のもの)を乗せ目をはめ込まれたアフ・コテリクがある。

イースター島

イースター島
撮っていると突然スコール。モアイから50メートルほど離れた場所にある石垣に四角い入口があるのでそこに雨宿りしようと駆け寄る。しかし近づいてみると意外に小さい・・・。身をかがめて雨宿り。

イースター島
これでは辛いのですぐに近くの岩が庇状に突き出しているところへ避難。

イースター島 5体のモアイ アフ・タハイ
5分ほど待ち、雨がやんだので外に出てモアイのそばで再び撮影。ふと振り返ると見事に半円形の虹が広がっていた。雨にぬれてまで来た甲斐があったなぁ。辺りには自分以外に3人しかいなかった。すごく得した気分。

イースター島 5体のモアイ アフ・タハイ
しばらくして虹は消え、モアイを撮りまくる。モアイしかないし、レンズも一本しかないわけで、次第に構図が単調になってくる。影だけを撮ったりいろいろ工夫してみたり。

これから夕日が始まるので一端宿に帰ろうとしたときに、ジュンちゃんが到着。カメラを忘れてさぁなどと言うので彼女を説得し、一緒に宿まで行こうということに。しかし、考えが甘かった、宿から近いと思ったが意外に遠い。
ふとヒッチハイクが出来ないかと思ったところに後ろにエンジン音が。手を上げると子供連れの夫婦の車で停まってくれた。ラッキー。二人で大喜びして乗り込む。

イースター島 女の子
後部座席にいた二人の女の子がかわいくて、ボニート(←確認 かわいい)とグラシアスの繰り返し。
最後に宿の前で降ろしてもらい、二人同時に「ムーチョ・グラシアス!」。

イースター島 5体のモアイ アフ・タハイ
宿でカメラを回収。自分はデジカメのデータをノーパソへ。すぐに出て、早歩きで再びアフ・タハイへ、8:35PM到着。しかし、夕日は厚い雲に覆われほとんど見えず、サンセット写真は不発に終わった。といっても34枚も撮ったけど。到着したらえりりんさんとトシがいたがすぐに帰って行った。今日レンタカーが9:00PM引渡しなので、それをてっきり取りに行ってくれているものだと思ったら、後でそうではないことが判明する。ジュンちゃんと歩いて宿に向かっていると、ちょうどレンタカーの契約した男ALEXがTaxiに乗ってすれ違う。宿に行きしばらく待ったが誰もいないので帰るところだったようだ。うーん、あの二人は何をやっているんだ・・・?

ジュンちゃんと二人で彼の車に乗り、事務所へ。契約書を書き、事務所の場所やガソリンのことなどを確認。車に乗る。ひさびさのマニュアル。しかもギアが入りづらい。というかクラッチを思いっきり踏み込まなきゃいけないということに気づくまであたふたあたふた。ジュンちゃんのナビゲーションにしたがい、何度もエンストを繰り返し、真っ暗の中走って宿へ。たった1.5kmほどの道のり・・・途中、あまりに進まなすぎるのでかえって笑えてきた。妙なテンションでむちゃくちゃ神経使ってクタクタで到着。

宿に帰ると二人がのんきにシャワー。レンタカーのことなどお構いなしご様子。ふーん・・・。

夕飯は皆でシェア。もともとえりりんさんと二人で回る予定でサンティアゴで買い物(えりりんさんに頼んだ)したので食材が心配だ。ジュンちゃんは米が少し、トシは全く食材はもっていない。自分の個人のストックをあわせてギリギリというところか。トシ以外の三人で手際よく料理。たまねぎ・ジャガイモの入ったトマトソースのパスタ。完成したのは10:50PM。
赤ワインでいただく。

イースター島
食べ終わった頃に宿のそばに住んでいる(働いている?)男が裸でペインティングをした格好でトイレに入ってきた。突然、撮影会状態。宿の庭を挟んだそばに来るように言われ行ってみると、他にも同様の格好をした男達が。ここは楽器などを置いてある倉庫兼練習場?のようだ。なんだか状況がわからないが楽しめた。

先ほどのパスタを作っている間、明日のレンタカーで一周のための昼ご飯用として自分が日本から持ってきて、まだ一度だけ玉子丼にして食べた以外つかわずに温存していた米を全部使い洗って水につけておいた。このイースター島4泊の間の夕食のうち一食はご飯ものと考えていたが、予想に反して4人で行動する結果と成ったのでここですべての米を投入。

夜、えりりんとトシが外のテーブルで話し込み、自分はノーパソで日記を書き、もう寝ようかという頃、ジュンちゃんがそういえばご飯炊いてない・・・ということに気が付く。もう寝てしまおうかなどと考えたが、炊くことに決める。なぜかキッチンの電気がつかなくて暗い中、自分のミニ懐中電灯で湯気の出方などをチェックしながら火加減を調節。透明なふたがあったのでばっちり炊き上げることに成功。途中、建物の中に入ってきたえりりんに米を炊いて今蒸らしていることを伝えるが、あぁそうだったねという反応だけ。ジュンちゃんは役目を終えて就寝。

しばらく待っていたがえりりんとトシがくる気配がないので、外に行きおにぎりを握っておいてねと言い残し寝る。
役割分担な訳だが、何か自分は嫌な役回りだなコレ、すこし気分が悪いが就寝。


※1チリペソ=0.2円として計算
※1AP(アルゼンチンペソ)=39円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
南米チリ・プエルト・ナタレス
6:50AM起床、早速着替えて、昨日閉まっていてチケットを買えなかったバス会社PACHECOへ。
プンタアレーナス行きの10:00AM発のチケットを購入(3000Cペソ)。帰れるかどうか不安だったが、これで安心。宿に戻る。

南米チリ・プエルト・ナタレス
朝食をとり、部屋でまったり過ごす。

9:45AM、チェックアウト。おじいちゃんが対応、無骨な感じの人だが、ちゃんと出るときドアを開けてくれたし、少しだけ笑顔を見せてくれて「チャオ」と言ってくれた。なかなか感じのいい宿だったな。

バスの質は、良くもなく悪くもなく。景色が単調で退屈なので、ずっと「何でも見てやろう」を読み続ける。
今回もプンタアレーナスの町に行くことなく直接空港へ行く。それほど見るものもない町だから、一端町に降りて散策し再び空港行きのバスを探して・・・なんてのはメンドクサイから別に行かなくていいのだ。

南米チリ
9:20AM空港に到着。
ほとんど人気のない空港の待合ロビーでノーパソで日記を書いたりして過ごす。

南米チリ

南米チリ
毎度思うことだが、南米ではフライト時間ギリギリに搭乗を開始する。本当にこのゲートで待っていて良かったんだろうかなどと途中で心配になる。同じようにそわそわしている人の手に持っているチケットをチラ見して安心する。

南米チリ
4:25PMフライト。
さっそくサンドイッチの機内食。隣のおばあちゃんが、ドリンクとかの受け渡しを手伝ってくれたり。
機内食を食べ始めようとしたときに、乱気流(?)に巻き込まれ、機体がむちゃくちゃ揺れる。慌ててドリンクを飲み半分以下に減らしたのだが、それでも思いっきりこぼれた(机の上に広がっただけ)。機内食を配っていたアテンダントも慌てて退却。結構長い時間ゆれまくり。これだけのは初めてで結構ドキドキした。
サンドイッチはよいのだが、デザートのケーキ(?)が微妙な味。

6:30PM、プエルトモンに到着。
ここで数人の乗客が降りたり乗り込んだり。前の席に座っていた女の子がむちゃくちゃかわいかった。加藤ローサをさらに外人顔にした感じ。しばらく目で追ってしまう。

南米チリ
7:00PMフライト。
行きにパタゴニアに向かったときと同様、もう一度機内食が出る、同様にまたサンドイッチ。デザートはスポンジに生クリームがはさんであって上面にチョコレートが塗ってあるようなケーキ。しかしチョコが日本のこしあんを少し混ぜたような味。どうやったらこんなイマイチなケーキを作れるのだろうか。やはりケーキは日本のものが美味いなぁ。

南米チリ・サンチアゴ
夕日がちょうど沈んだ8:30PM頃、サンティアゴの空港に到着。日が少しパタゴニアより短くなっているのを実感する。
荷物を回収しロビーに出ると、出口にTAXの札を持った男がわんさか声をかけてくる。早歩きで無視して突き抜ける。
明日からのイースター島のためにドルの現金を作るため両替所へ。ペルーではドルキャッシュの引き出しが可能だったのに、ここチリでは出来なかったので(旅も終わりなのでお金を余らすならドルが良かったので)T/C100ドル分を現金化するつもりだった。
しかし両替所に行くと、チリペソにしか交換できないという。1USD=500Cペソと言う。むちゃくちゃレート悪い。これからイースター島行くから現金が必要なんだとしつこくアピールする。

そうこうしていたら、なにやら男が隣に来て、流暢な英語で話しかけてきた。状況を把握しカウンターの男にスペイン語でなにやら説明。カウンターの男はわかったという顔で計算をしだした。
その間 男は「どこから来た?日本か?」「名前は?」「どこのホテルに行くのか?」などと質問してくる。
空港の出口で親切に話しかけてくる男は信用できないというのは今までの旅で学んでいた。笑顔は優しげで親切な印象だがこのパターンは怪しい。名前を聞かれても「シークレットだ」と言っておく、ホテルは決まっていないと言うのも変なので、LosHeroes駅のそばと適当に答えた。
両替のカウンターの男が出した紙には100USD(T/C)=91USD(現金)だと。ばかばかしい。これならATMで直接好きなだけ引き出したほうがましだろう(実際ATMがどれくらいの変換率かは分からないが・・・)。両替は諦める。

カバンにT/Cを仕舞っている間、男は「俺には日本人の友達がいる、彼の名前はユウタ・カリヤだ」、うーん、日本人の友達がいるということで安心感をもたせようということだな、典型的な詐欺師のパターンではないか。どうせそのユウタ・カリヤという名前も今回のように「名前は?」という質問に正直に答えた日本人なのだろう。

適当にあしらって足早に出口に向かうと、案の定男が後ろからついてきて「どうやって町まで行くのか」など質問してくる。バスだと答えながら早歩きで外へ。
ちなみに空港から市内には3つの交通手段がある。タクシー(セントロまでUS19ドル程度、多分 選択を失敗するともっと高くなるだろう)・ミニバス(セントロまで3700Cペソ、ホテルの前まで行ってくれる)・空港バス(1100CペソLosHeroes駅まで運行のCentropuerto 1300Cペソ モネダ宮殿まで運行のTurBUS)。
さっき両替所に行く前に空港の外をチラッと見たときにCentropuertoの文字が書かれたバスを見つけていたので、確信を持って外へでる。

出口を出ると目の前にTurBUSが止まっていた。すかさず後ろから男が「これは○○(←なにか市の中心地っぽいことを言っていた様な気がする)に行ってしまうのでこれじゃ駅に行けないぞ」と言っている。やはりなんとか自分のタクシーか何かに乗せようと試みているのが分かる。
しかしばっちりのタイミングでそのバスの後ろにCentropuertoと書かれたバスが到着。助手が降りてきたので、すかさず近寄り彼にLosHeroes駅に行くか確認し乗り込む。いつのまにかさっきの男はいなくなっていた。

初めての東南アジアの旅のインドネシア・ジャカルタで、白タクにボラれた授業料が役に立っている。まぁ、今回のように、自分がある程度元気な時(夜行や長時間移動の時は冷静に判断できないが)で しかもサンチアゴの町を歩いたことがあるのでなんとなくシステムが把握しているので、冷静に判断できる・・・そういう場合、こういうやり取りはかえって楽しかったりする。

10分ほど車内で待っただろうか、座席が7割ほど埋まった状態で9:20PMバスが出発。
地下鉄の駅の通りを走っていくので、目立つ地下鉄の入口の看板で自分の位置が把握しやすい。やはり先進国は移動に関しては分かりやすくて安心、なんの問題も起きない。

LosHeroes駅で終点。
地理は把握しているので、ミニスーパーで水1.5リットルと缶ビール350mlを購入(910Cペソ)。ユースホステルに向かう。

チェックインして部屋に荷物を置き、すぐにTVルームへ。
実は、まったくの偶然でワンワールドのチケットで世界一周中のブログ友達のえりりんさんと同じイースター島のフライトが一緒だったのが、南米に旅立つ直前に発覚したので、前回にここのユースに泊まり、パタゴニアのチケットを購入した後「今日の10:00PM このホテルのTVルームで待ち合わせをしよう」というメールを送っていた。しかも、ほぼ予定通りの10:05PM宿に到着したのだが・・・。
しかし、行ってみるが彼女はいない。一階のインターネットルームやBARスペースにもいない。ヘッドホンをしてやる気のないフロントの兄ちゃんにえりりんさんの名前をいうとしぶしぶパソコンで確認してくれる。
201号室に泊まっていることが分かったので、そこに行ってみるがいない。部屋にいたヨーロピアンの女性にメモを渡しておく。

しょうがないのでシャワーを浴び、TVルームでノーパソで写真整理などをしながら待つ。

11:20PM頃だったか、日本人女性が部屋に入ってきた。こちらは彼女の顔を分かっていたし、こっちもアジア人はこの部屋に自分しかいなかったのですぐにお互いが名前をいいあう。
自分の第一声が「やっと会えたね」、俺は辻仁成か。
実は1階のBARで外国人と一緒に飲んでいたらしいが、僕がその一団全員外国人だと思ったのか気づかなかった。まあいいや。

いろいろ会話。彼女は南米のペルー・ボリビア・チリとずっとある高いツアーに参加していたのだが、スイス人の彼氏ができたらしい。ブログの文から受ける彼女の印象を考えれば、そういうことになるのだろうなぁということは予想していたが案の定。

ここの部屋が12:00PMに閉まるので廊下へ。そこで話していると階段を上がってくる日本人の女の子が。ジュンちゃんといってえりりんさんとメキシコで会っていたらしい。ジェスチャーを交えて会話する子で見ているだけで面白い。彼女は現地で安いイースター島のチケットを購入したようでちょうど明日同じフライト。3人で行くことに、楽しくなりそうだ。
ここで1時間くらい話し続け、遅いので明日の朝の待ち合わせの時間を確認し、就寝。



※1チリペソ=0.2円として計算
※1AP(アルゼンチンペソ)=39円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
南米アルゼンチン・エル・カラファテ
よくわからないが、暑かったのだろうか、4:30AM頃一度目が覚める。
キッチンに行き冷蔵庫のワイン残っている分すべて飲み干す。しばらくリビングのソファでうだうだして再び就寝。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ
6:45AM起床。
スープ・パン・ヨーグルト。山田(仮名)さんも起きてきた。私達8:00にでますが一緒に行きます?といわれたが、男女のカップル(?)と一緒に歩くのは癪だし、昨日7:45AMに宿を出発すると言った手前、その通りの時間に出発。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ

南米アルゼンチン・エル・カラファテ
ちょうど朝日が顔を出す時間、バスターミナルに到着するまで、町の写真を撮りながら歩く。プエルトナタレス行きのCootra社のバスは二つ停まっていた。バッグを積み込むおっさんにチケットを渡し、片方のバスへ。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ
そのころ山田さん二人が到着。どうやら別のバスのようだ。そのほうがいっそ変な気遣いをしなくすむ。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ
10分遅れた8:40AM出発。
なぜかこのバスの乗客老人率が非常に高いのだが、なんでだろう。後ろから乗客の頭を眺めると禿げた人や白髪の人が多い。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ
自分の隣に座った男が明るさを気になるのだろうかウィンドブレーカーを反対に被って寝ている姿が面白かった。

延々同じような退屈な風景が続く。雨も激しく降っていた。移動日の雨はむしろうれしくなるくらいだ。
おなかが空いたので11時頃、朝 バターを塗っておいたパンを食べる。昼頃、アルゼンチンのイミグレに到着する間際になって、バスの助手の男がチリ入国用の用紙(食物などを持っていないか などの質問書)を配る。
隣の寝てばかりいた男が慌てて持参のサンドイッチを食べていた。食べ終わる前にイミグレに到着。その男はイミグレにいた飼い犬にえさとして残ったパンなどをあげていた。その男はイミグレの列で自分が並んだすぐ前、彼女といちゃいちゃしてカメラを自分達にむかって撮りまくっていた。なんでそんなテンション高いんだよ。
おばちゃんがリンゴをかじっていた、食物(生のフルーツなど)を持ち込めないって知らなかったのだろうか。食べ物を持ったまま国境を越えるイミグレでの人々の行動が興味深い。
自分のバスより10分先に出発した山田さん達の乗ったバスがようやく到着していた。いつの間に抜かしたんだろ。

バスに乗って今度は入国カードを渡され記入。
すぐにチリのイミグレに到着。乗ったり降りたりメンドクサイ。ボーダーを隔てて二つの国のイミグレを隣り合うように造って欲しいところだが、そういうわけには行かないのだろうな。

自分が乗ったのはバスの後ろの方の座席でバスを降りるのが必然的に最後の方になってしまう。隣の男はチリ人だったようで、別の窓口で審査。だからこのバスで自分が入国審査最後の人間となり、窓口まであと一人というところでバスの助手が来て、受付の男に口利きし、順番抜かしさせてくれた。というかバスのメンバーのすぐ後ろに並んでいたのに、いつの間にか自家用車か何か出来た男が数人割り込んできていたのだ。

ボリビアとチリの国境では非常に念入りにバッグの中身をチェックされたが、ここはあっさり。
バスの下に預けたバックパックは出さないし、自分が荷物の検査官に二つの手荷物を出したとき、同様にバスの助手がプッシュしたのもあったのだろうか、サブバックは自分で開けただけ、チャックを閉めている間に、カメラが入っているほうの小さいバックを指差し「No Food?」と聞いて「No」と自己申告するだけ。
生の食べ物などは虫や感染症などの媒介になるために禁止しているのだろうが、こんな形式上の検査 時間の無駄としか思えない。

再びバス乗り10分ほどの1:30PM、プエルトナタレスに到着。
客引きが来ていたが、前回泊まったGeminisに泊まるつもりだったので、そそくさと宿へ。中に入るとおばあちゃんとおじいちゃんがでてきた。おじいちゃんは忘れていたようだが、おばあちゃんは僕の顔を見てすぐに数日前に泊まったことを思い出したようで、笑顔で鍵を渡してくれた。

今回は7番の部屋で窓も何もないベッドが一つだけの部屋。狭いけど別にいいや。荷物を降ろし、部屋の外に出ると、宿の子供が階段を上がってきた、僕の顔を見るなり、笑顔で「オーラ!」、ちゃんと僕のことを覚えてくれている反応でうれしかった。

さっそくスーパーへ。
量り売りのパン6つくらいとジュースとベーコン・お菓子(全部で1800Cペソ)。

一端宿に帰り、まったりしようかとしたが、そういえばプンタアレーナスへのバスチケットを取っていなかったことを思い出し、外へ。

前回EVELYNのオフィスで聞いておいたPACHECOというバス会社(プンタアレーナス行き10:00AM発で3000Cペソ)へ。しかしオフィスが閉まっている。すぐ近くのFERNANDEのオフィス(9:00AM発で4000cペソ)のオフィスも閉まっていた。バスの発着が午前中だからなのだろうか、やる気ないなぁ。

南米チリ・プエルトナタレス

南米チリ・プエルトナタレス
宿に帰り、DVDの「義経」などを何本か見て、5:30PM頃、キッチンへ。
パスタのためにお湯を沸かしていると、宿の子供二人が遊びに来た。ネコが二匹いて白い方が「ランキータ」、小さい三毛猫が「GATO」。チリワインの名前と一緒でイラストを描いて説明するが分かってもらえなかった(子供はワインをしらなくて当然か)。そういえばネコの名前を聞いておきながら女の子の名前を聞いていないや。

南米チリ・プエルトナタレスで作ったパスタ
前回に宿泊したときに宿の冷蔵庫に忘れていたバターと卵(3つ)。卵を使おうとしたら、凍っていた。冷蔵庫が二部屋でなくひとつの部屋の中で上部が冷蔵エリアになっていてそのそばだった為だ。割った卵は捨てて、しょうがないのでゆで卵ならどうかとおもい茹でてみる。一つは殻がわれ失敗。一つはOK。湯で時間が適当だったのだが良く出来た。
パスタはさっきスーパーで買ったベーコンを具に。パスタソースが余っていたが、一応イースター島のために温存しておきたいのでコンソメで味付け。1ブロック丸ごと使ったので味が濃くなってしまったが、まあ悪くない。

シャワーを浴びた後、この旅初の髭剃り。
部屋でのんびりしているとノック。別の部屋に泊まっている日本人が話がしたいとわざわざ声をかけてくれた。自分の部屋は狭いので彼の部屋で一時間くらい会話。コースと期間が自分とほとんど同じだった。

部屋に戻り日記を書き1:00AMころ就寝。



※1チリペソ=0.2円として計算
※1AP(アルゼンチンペソ)=39円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー
6:30AM起床。トイレを済ませすぐに外へ。

歩いて10分くらいのところにLINDA VISTAというホテルへ。ここでツアーのピックアップすることになっている。ピックアップの時間まで朝食のサービスがあるというので、張り切ってきた。
宿のオーナーが6:45AM頃に行って、ゆっくり朝食をとればいいんじゃないかという話だったので、6:55AMに到着し、中に入る。

コーヒーカップなどがテーブルに並べられているので、そこに座ればいいかときくと、フロントの女性がまだ時間が早いというジェスチャー。7:00AMから何かだしてくれるのかなぁと思っていたが、なかなかその気配がない。
ある男がやってきて今日のツアーのチケットを渡され、もうバスがきたのかと思ったらすぐに立ち去った。アジア系のおばさんが入ってきた後、朝食を出してくれた。
焼いたフランスパンとジャム・コーヒー。出してくれると時間がないよというようなことを言っている。案の定3分ほどした7:15AM頃、バスが到着。まともに食べれなかった・・・。
大型バスで、もうすでにほとんど席が埋まっている。

8:30AM頃、プンタバーバラと思われる港に到着。全員降りるかと思ったが、何人かバスに残っている。しばらく様子を見ているとチケットを購入した人達(の一部)がバスに戻ってきている。ここはロスグラシアレス国立公園の入園料を払うだけのところなのかなと思い、サブバックを残しチケット売場へ。しかし、何か妙な不安が残ったのでチケットの列に並ぶ前にバスに戻りカバンを回収。
30Aペソの入園料を払いバスに戻ろうとすると、バスが動き出してしまう。えー、行っちゃうのぉ?と思っていたら、バスが止まり助手の女性が降りてきて、行け行けという合図。バスに戻る必要はなくそのまま船に乗るようだ。バッグを回収しておいて良かった。それにしてもバスに残った人たちはなんだったんだろう。

ツアーのチケットを見せ、船へ。思っていたより大きいクルーズ船だ。乗客はなんだか金持ち風な人たちが多い。結構年配の人の比率も高いようで、自分のような貧乏バックパッカーはパッと見たところいないように思われた。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー
9:00AMちょうど出航。乗ってしばらくは天気が良かったが、最初の氷山が見えた9:40AM頃には空は曇ってきていた。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー
小さな氷山をみても昨日でっかいペリトモレノ氷河を見てしまった後なので、たいした驚きはない。乗客は最初の小さな氷山にも我先にと写真を撮ったり、記念写真を撮ったりしていた。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー
だんだん大きな氷山が増え始めそれが当たり前になったころ、ほとんどの人は寒いということもあっただろうが船内に入ってしまった。中には寝ている人もいるし、カップルでずっといちゃついている人たちもいる。何しに来たんだよ。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー、スペガッツィーニ氷河
11:00AM頃、大きな氷河に到着。船内のアナウンス(スペイン語・英語両方)でここがスペガッツィーニ氷河だとわかる。昨日このツアーを申し込んだときウプサラ氷河のほかにスペガッツィーニ氷河に行くかどうか聞いたのだが、分からないとのことだった。「地球の歩き方」に載っていた写真を見てから是非きたかったので、うれしかった。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー、スペガッツィーニ氷河

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー、スペガッツィーニ氷河
昨日のペリトモレノと同じような感じと言ってしまえばそれまでだが、ここまで結構時間がかかったのもあって、実物を目の前にして感動だった。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー ウイスキー
40分ほど停船し。そこで船の従業員が浮いている氷を海から引き上げそれを船上で細かく砕く。これは氷河の氷を浮かべた船内で販売されているウィスキーの為だ。ひとかけらもらって食べた。

そんな写真などを逐一撮っている自分を見て、あるフランス人家族(アメリカに家を持っていて今はブラジルに住んでいて休暇できている)の一人が「あなたは日本人ね」と聞いてくる、写真を撮りまくっているからか?と聞くと案の定それで質問したようだった。
彼女は「以前会った日本人に尋ねたら休暇が5日しか取れないと言っていたわ」とか家族に話し、自分には「あなたは日本に帰ったら長期休暇を取れるように法律をかえさせなさい」とか言っていた。ヨーロピアンの長期休暇が取れる社会システムというのは本当にうらやましい。
おなかが空いたので昨日の晩に作っておいたハンバーガー二つを食べる。やはり肉がうまいなぁ。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー
1:00PM頃、ウプサラ氷河到着。ここがこのツアーの主役のはずなのだが、さっきのスペガッツィーニ氷河の方が良かったなぁ。氷河の(上空から見たときの)表面積は大きいのかもしれないが(ロスグラシアレス国立公園内で最大 表面積595km2 長さ60km 先端部の幅5~7km 高さ80~100m)、船上という低いレベルからではイマイチすごさが分かりづらい。表面がごつごつしてかつ山肌にも氷河が張り付いているのが見えたスペガッツィーニ氷河の方が見ごたえがある。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー。オネージ湖
そこを離れ、ウトウトとしていたら、2:20PM頃 甲板で会話を数回交わした男に起こされる。窓の外には林が見え、何人かが上陸し始めていた。オネージ湖に到着したようだ。船を降り上陸。なかなか美しい林の中を20分ほど歩き、湖へ。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアー、オネージ湖
水面にはたくさんの氷が浮いて、遠くの山には谷間から流れ出すような形でへばりついている氷河が見える。なかなか美しい。

南米アルゼンチン・ウプサラ氷河ツアーmオネージ湖
ガイドの簡単な説明のあと自由時間。カバンに入っていたお菓子などを食べたりしてまったり過ごす。
途中、ある歓声が聞こえてきたので見てみると、一人パンツ一丁になって湖の中に入っていく男が。数枚写真を撮ったり氷河を持ち上げたり・・・。陸に上がって何人かが彼のそばに行き一緒に記念写真。一種のヒーローのようになっていた。

3:50PM頃、集合の合図で各自 林を歩き船へ戻る。船に戻ってからは爆睡してしまう。

6:10PM頃、目を覚ますとあたりはものすごくいい天気。慌てて甲板へ。氷河がないところで天気が良くなる・・・。でも後に聞くところによると、曇りのほうが氷河が青く見えるそうで、まぁ良かったかな。船内ではペリトモレノ氷河の大崩落のビデオが流されていた。トンネル状の氷河が徐々に落ちていく映像は興奮物だった。

6:30PM港に到着。他に違うバスが来ていたが自分のバスが一番豪華だった。バスには船でアナウンスしていた女性がいて乗客のチェック。ホテルではなく町で降ろしてもらうように伝える。

ちょうど一時間後町に到着。昨日宿のオーナーさんに運が悪いと遅い船に乗せられ町に戻るのが8:00PM過ぎになることもあると聞いていてドキドキだったが無事早い時間についてよかった。というのも宿に払うアルゼンチンペソがもうないので8:00PM閉店の両替屋に寄る必要があったからだ。USDのT/Cをドルの現金にしてもらおうかと思ったらダメといわれる。しかたがないので変換率が悪いがチリペソ1600を80Aペソに返金。

スーパーで飲み物を買いたかったが、持ち金の余裕がないので我慢。歩いて宿へ。
宿に着く寸前で雨が降ってきた。船に乗っているときも雨が降っていたので、外に昨日の夕方から干しっぱなしだった洗濯物が心配だった。パタゴニア独特の強風のため昨日の夜中にチェックしたときにはほとんど乾いていたのだが、太陽を浴びさせたかったのでそのままにしておいた。しかし、宿の人が取り込んでくれ、しかも畳んである!有難いぃ。

帰ると日本人の老夫婦が新たにきていた。シャワーを浴び、昨日の残りのステーキとパスタを食べる。明日朝が比較的早いので宿泊代などを支払い。財布に2Aペソ二枚だけが残った。一枚は記念として持ち帰りたいので、残りの2Aペソで海苔を購入。この宿は出前や弁当で寿司を売っている。海苔は一帖0.6Aペソで販売しているのだ。イースター島のおにぎり弁当として使えるかな。

部屋に戻って、ノーパソで日記を書く。部屋の暖房が暑くてぼーとしてきたので外のリビングでまったりした後、1:00AM頃、就寝。



※1AP(アルゼンチンペソ)=39円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
7:20AM起床。
朝食としてパンとヨーグルト。荷物をまとめてリビングでツアーバスのピックアップを待つ。リビングでミノワさん(男性)とヤマダさん(女性、結局最後まで名前を聞かなかったので便宜上ここでは山田さんとしておく)が今日のツアーで一緒だと判明。

9:00AM頃、ピックアップのバスが到着。
ガイドのおっさんが陽気でいい感じ。10人くらいが乗れるミニバン。
出発して、スペイン語と英語で説明。路上で狐がでたりコンドルが歩いていたりするだけで、わざわざ車を止めてくれる。遠くに虹が出ていたときも、わざわざ丘のあるところで車を止め、写真撮影の時間をとってくれる。
日本人二人とは宿で一言声を交わす程度だったのでこの間いろいろ会話。二人ともトレッキング好きのようで、ミノワさんはパイネは2週間ほど、フィッツロイでは9日間テント泊したらしい。ヤマダさんは外国の山を結構トレッキングしている。旅好きというより山好きとのこと。

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
10:50AM、ペリトモレノ氷河が遠くに見える場所に到着。
バス内で30Aペソのロス・グラシアレス国立公園の入場料を支払い、バスを降りる。
ここでペリトモレノ氷河の1時間クルーズを申し込むのだが、はじめ自分は金の節約のために参加する予定ではなかった。ドライバーにボートに乗らない旨を伝えると、え?!乗らないの!??みたいなリアクション。てっきり展望デッキまですぐにいける場所で別行動だと思っていたが、少し距離がある。そこまで連れて行ってくれと頼もうとするが、ツアーの客は自分以外に全員ボートのチケットを買っている。ボートに乗らないと損かなぁと思い始め、結局チケットを購入することに。

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
そこから歩いてすぐのところにフェリーがあり乗り込むとすぐに出航。
乗った時は外が見えるようにと窓際を確保したが、すぐに皆 席を離れ外へ出て行く。ミノワさんとヤマダさんは一階で眺める。

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
自分は階段を上がり二階へ。目の前に大きな氷河が広がる・・・が・・・遠い。もう少し近くに寄って欲しかった。後でFUJI旅館に泊まっている人の話だと、かつて船の下から沈んでいた氷河が突然浮いてきて船が沈没したことがあるとか、展望台ももっと下の海岸そばまで歩くことが出来たのだが氷河の崩落の時の破片に当たったとかそのときの津波でさらわれたとかで、30数人の人が亡くなったらしい(本当かどうか未確認)。そういう話を聞くと離れるのもしょうがないかなぁとも思うが、あまりにも遠い。後で展望台に行くがそれよりも遠いというのは、いまいち納得いかない。もちろん展望台とは別角度なのだが、まぁ38Aペソ払う価値はないかな。

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
12:30PM、一時間のクルーズが終わり、陸に上がりバスへ。少し走って展望台の近くの駐車場へ。

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
ここから3:30PMの集合までの3時間自由行動。ミノワさんとヤマダさんの二人と一緒に展望台へ。いくつか展望台があって、ゆっくり見ながら近くの展望台へ降りていく。小さな欠片(実際は大きいのだろうがそう見える)が落ちただけで、落雷のような轟音が鳴り響く。フェリーの時にも崩落が見えたが音はエンジン音のせいでよく聞こえなかったが、こちらはその迫力を実感できる。

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
お昼でおなかが空いたので三人で弁当タイム。ミノワさんは宿で作ってもらった焼肉弁当(12Aペソだったかな)。ヤマダさんは宿のおにぎり(8Aペソ)。自分は昨日買っておいたアップルパイと甘いスティック状のパン。ヤマダさんがおにぎりの一つを僕のスティックパン一本と交換。

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
背後から、ある日本人が声をかけてきた。ウユニ塩湖のツアーが終わってサンペデロデアタカマへの抜けるバスにいた日本人三人組の一人だ。二人とはその後別行動で今は一人で旅を続けているらしい。こんなところで会うとは。氷河を眺めながら、いろいろ旅の話を聞く。
彼はボリビアのラパスでいわゆる「ケチャップ強盗」にあったらしい、実際はジュースをかけられワラワラと人が寄ってきて、彼はその事例を知っていて防御をしたつもりが気づいたら腰につけていた小銭入れがなくなっていたとのこと。
チリのバルパライソでは、彼の友達と二人で、観光客がいかないようなマイナーなアセンソールに乗り、その上の崖のようなところで地元の4人組の男に囲まれ、友達がお金を脅し取られたとのこと。ボリビアではでかいカメラを振り回し一人で町を歩き回っていたが何も起こらなかったのは運が良かったのだろう。やはりバルパライソは4人で行動して正解だったな。

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー

南米アルゼンチン・ペリトモレノ氷河ツアー
彼と別れ、さらに下方に行く。氷河の上空には薄い雲が張り付いているが、その反対側は晴天だ。これが逆だったらなぁ。一番上の展望台に戻ると、ヤマダさんが座って暇をもてあましていた。二人で会話して過ごす。時間が来たのでバスに戻る。

3:40PM頃、出発。三人横に並んで席に座るのだが、自分は進行方向右端、山田さんが真ん中、ミノワさんが左端という並び。自分は車に乗ってすぐさま寝てしまい、ほとんど移動の2時間の間寝っぱなしだった。しかし帰りは日差しが左側から差込み、日が直接あたったミノワさんは(窓も開けれない仕様)サウナ状態で非常に辛かったらしい。そういえば朝は並びが左右反対で朝もミノワさんは辛かったらしい。それを乗っているときにはモンクの一つもいわないなんて、いい人だなぁ。

宿に帰り、写真をパソコンに落とす。すぐにシャワーを浴びたかったのだが、何人かが連続でシャワーを使う。部屋の隣がバスルームになっているのだが、そこからヤマダさんの声で水が止まったというセリフが聞こえてきた。聞くと、一階のトイレがあるらしく(知らなかった)そこのトイレが流しっぱなしだったらしく、それが重なり断水したとのこと。復旧は夜の11時くらいになるらしい・・・。うーん、今日シャワーを早めに入ってラパスの時から洗っていないタオルを洗うつもりだったのに(パタゴニアは日が長いので、夕方干しても乾くので)。仕方がないので今日のシャワーを諦め、洗濯。と思って洗濯場で洗っていたら、今断水しているので・・・下の外の水道は出る(別のタンクなのか?)のでそこで洗ってとのこと。確かに、シャワーやトイレがダメなら洗濯もだめだわなぁ・・・。外で洗う。

宿のオーナー(と思っていた男性)が、スーパーに車で買いだしに行くので、用事があれば来ますかとお誘いしてくれたので、ついていく事に。
ちょうど昨日、あるカップルがステーキを焼いていたのを見て、昨日から無性に肉が食べたかったので、この機会だから今日はステーキを買うことに。車でスーパーに行く。メンテキージャ(←つづり?)という表示がなくて変えなかったバターだが、「MANTECA」もバターだと教えて貰い購入。肉も切り身で売っていないので、肉売場のおっさんに言って買うことになる。肉の部分にも種類があってPALETTA(←つづり?)が一番おいしいとのこと。200gくらいでよかったのだが、あまり少ないと売ってくれないという忠告があったので500gを注文(1kg約10ペソ)。オーナー(と思っていた男性)がスペイン語で伝えてくれた。何かおっさんに聞かれ、ステーキ用と答えていた。うーん、一人で来ていたらどの肉を買ってよいか迷って結局買えなかったかも知れない。今回付いてきて良かった。
帰りに車の中で話していたら、オーナーさんではなくて、手伝いで働いている人だと判明。宿泊客だと思っていためがねをかけたおじさんがオーナーさん。ブエノスアイレスの日本旅館と同じオーナーさんらしい。ここのカラファテは去年(3年前だったかな、あやふや)からやり始めて、夏だけの営業らしい。

南米アルゼンチン・エルカラファテの宿
たっぷりのバターを使って肉を半分だけ焼く。ついでに明日のウプサラスツアーのための弁当に100g分くらい肉を細切れに。たまねぎとパスタ用の粉チーズでハンバーガーを二つ分作った。200g分で80円くらいしかしない。安いなぁ。しかもやわらかくて非常にうまかった。パスタ用にとビーニャで購入したニンニクも大活躍だなぁ。2.5Aペソくらいの箱ワインと一緒に食べる。旅をして自炊生活に入ると肉をあまり買う機会がないので非常に幸せ。
食べ終わったのが9:00PM頃。日が長いので相変わらず時間感覚がおかしくなるなぁ。

部屋に戻り、ノートパソコンで日記を書こうとしたのだが、ワインの酔いのせいですぐに寝てしまった。
12:30AM頃目が覚める。同室の人が寝るためにごそごそした音で起きたようだ。歯を磨いて再び寝ようと布団に入るが、部屋が暑いもあってかなかなか寝付けなかった。


※1AP(アルゼンチンペソ)=39円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
南米チリ
7:30AM頃起床。
今日は出発までに余裕がある。パッキングして1階のテーブルにつく。今日は誰も顔を見せないので奥まで呼びに行ったらすぐに準備してくれた。

8:15AMチェックアウトして、歩いてバスオフィスへ。チケットをオフィスで正式なバスチケットと交換する。
バスの前でお菓子などを売っているおばちゃんがいた。自分も二つ購入(400ペソ)。
バスの中にはすでにほとんどの客が座っていた。後ろから二番目の席に。

8:40AM出発。
トイレの近くのせいで臭い。それに自分の席のあたりが仲間なのかどうか知らないが意気投合し、やたらとうるさい。外は凄くいい天気。こういう移動日に天気がいいとなんだか悔しい。バスの中も結構暑い。

9:30AM、うとうと寝てしまっていたが目を覚ますと、バスに数人しか人がいない。見るとどうやらチリの出国手続きのようだ。
出国カードをチリの入国スタンプのところに挟んで提出したのに、かなりページが離れた中国のところに押されてしまった。バスの乗客の人数が多いためにかなりの時間がかかった。

バスを走らせ、すぐに今度はアルゼンチンの入国手続き。
今度も入国手続きカードをチリのスタンプのところに挟んで提出したら「追記」のページにスタンプ押しやがった。適当だなぁ。

延々走る。「何でも見てやろう」という文庫を持って読むのだがすぐに眠くなる。

1:30PM頃、エル・カラファテのバスターミナルに到着。
すぐに5日のプエルトナタレスへの帰りのチケットを購入(50Aペソ)。外へ出ると客引きがいるが無視。

西へ歩いて今日泊まる予定の藤旅館へ。
一度宿を行き過ぎてしまい家の前にいた夫婦に宿の住所を見せて道を尋ねるが、全然違う場所だと言われる。おかしいなぁと思いつつ、とりあえずもと来た道を戻って歩いてみると、そこから10秒ほどで藤旅館を発見。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ FUJI旅館
2:20PM頃、到着。
外観はすごく地味で分かりづらい。窓に紙で「藤旅館」の名前が書いてある。ドアを叩くと出てきてくれたのが30歳前半くらいの男性。はじめ宿の客がドアを開けてくれたのかと思ったが、オーナーだった。
リビング・ダイニングには日本人が8人ほどいた。それぞれペアになって話していて「こんにちは」と声をかけてもそっけない返事。もう宿泊客間で輪が出来てそうな印象だった。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ 藤旅館の庭 テントが張れる
宿泊客名簿に名前を書いて、寝室に案内される前にキッチンやらの説明。部屋は二段ベッドが二つのドミトリー。二階のベッドしか空いてない。久々の二階だ。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ

南米アルゼンチン・エル・カラファテ

南米アルゼンチン・エル・カラファテ
荷物を置き早々に、ここの宿から申し込めるというペリトモレノ1Dayツアーを申し込む(72Aペソ)。外がいい天気なのですぐに外へ出て町散策。
この町は道が広々としているが、メインストリート以外の道を歩いている人が少なすぎて少しさびしげな感じがする。
アルヘンチーノ湖の方へ歩いていき、まったり。
ニメス湖に行ったが料金所があって2Aペソかかるし、遠くから眺めるだけで充分だったので入らず引き返し町へ。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ
パン屋で明日の昼ごはんのパンを購入。町のおみやげ物屋などをひやかして見てまわる。
スーパーで買い物(8ペソ)。白ワインが1リットル3Aペソほどで安い、普段自分はお酒は飲まないがジュースと変わらない値段なら買うしかないでしょ。
両替屋で30000チリペソを150Aペソに交換、チリのプエルトナタレスで交換したときよりもぐっとレートが悪い。

歩いて宿にもどる。リビングを見ると皆食べ終わったらしく4人はマージャンをやっていた。うーん、なじみづらい。
パスタを作り食す。部屋で日記を書いたり、リビングで一時間ネット(4Aペソ)したり、テレビを見ながらまったりしたり。マージャンをしている人たち以外とは少しずつ話すことが出来た。

それにしても通貨がアルゼンチンペソに変わっただけで、いまいちアルゼンチンに入ったという実感がわかない。言葉もスーパーの食品も相変わらずだからだろうか。町の人は撮影には応じるがチリ人のようにポーズをとったり笑ったりしてくれない、店の対応が微妙にチリよりはぶっきらぼうな気がする程度。せっかくアルゼンチンに入国したのに3日後には首都のブエノスアイレスに行くことなく出国してしまう。

もともとこの旅はヨーロッパに行く予定であったが、冬の地中海が予想以上に寒そうということから、それを避けた結果の旅。南半球でどこか・・・そこで浮かんだのが子供の頃からの憧れの遺跡マチュピチュ。調べるうちに隣の国ウユニ塩湖にいきたくなりどうせならチリまで突き抜けてしまえ、サンチアゴに行ったならイースター島が行けるではないか。
そんな発想で計画しチケットはFIXで旅の期間は余裕を見て45日とした。そしてガイドブックを見ているうちにパタゴニアに行くことを決めることに。そんな思いつきの旅であったがココに来てイグアスの滝にいけなくなったのは心残りだ。
あと二日ほどの余裕があり、かつアタカマからサンチアゴに向かうのではなくプエルトイグアスに向けて進路をとればなんとかいけただろう。この心残りは日本に帰ってもしばらく後を引きそうな予感。


※1チリペソ=0.2円として計算
※1AP(アルゼンチンペソ)=39円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
南米チリ・パイネ国立公園
目が覚めると7:15AM。
やばいツアーのピックアップは7:30AMだ。6:20AMに目覚ましで起きたのだが、二度寝をしてしまったようだ。

ここはフリーの朝食が付いている、食い意地の張った自分・・・時間が無いが朝食はとっておきたい。
とりあえず一階に下りる。すると各テーブルにティーカップがおかれている。廊下の奥で自分の姿を確認する女性がいた。
サービスを待っている時間が無いのでまた自分の部屋に戻りとりあえず着替えと出かける用意をして再び一階へ。

すると廊下の奥の女性が朝食置いておいたよとジェスチャー。見るとテーブルの一つに焼いたパンとジャム・バターなどが置かれていた。
インスタントコーヒーに自分でお湯を注ぎ、パンにベタベタとジャムを塗り、食す。

幸いツアーバスは少し遅れた7:40AM頃到着。
エントランスにおっちゃんがいて、自分の顔を見るなり、自分の名前を言って確認。ミニバンにはドライバーとそのガイドだけ。自分が一番手なのに遅れたのか。

市内の各ホテルを巡りメンバーをピックアップ。
スペイン人カップル・カナダ人男二人組・どこの国か聞かなかったが老夫婦ふたりと娘の3人家族で自分合わせて8人。自分は一番後ろの奥の席に座り、隣はスペイン人のフェルナンドとエルビーのカップルが座る。

道中ガイドが後ろを向いて説明。スペイン語と英語の交互で話すが、その二つに合間が無い。スペイン語でどうせわかんないやと気を抜いているといつの間にか英語になっている。

まず8:30AMにミロドンの洞窟に到着。
ビジターセンターで3000ペソを支払い、館内でガイドの簡単な説明。少し歩くと大きな開口のある洞窟。中は奥まで道が作ってある。ぐるっと内部を回って洞窟をでるところに3メートルくらいの熊のような像が立っている。

南米チリ・パイネ国立公園 ミロドンの像
この時は分からなかったがこいつがミロドンと呼ばれる動物で、ここで発見された骨の復元とのこと。

30分ほどでバスに戻る。
戻ると車の自分の席の足元においたサブバックが無い。うしろの席の後ろの荷物置き場にも無い。ガイドとフェルナンドも心配して 色は何色か?とか聞いてくれる。
ドライバーにちゃんとロックしたのか?などと聞くと、助手席か彼の足元か分からないがヒョイっと僕のカバンを持ち上げて見せてきた。その一瞬はカバン置きっぱなしだったので隠しておいてくれていたんだななどと思ったが、すぐにオカシイと考え直す。ミニバンの一番後ろの席でドアと反対側の左の足元。わざわざそんな荷物を確保するだろうか・・・。あやしい・・・。中には貴重品というものは航空券くらいだ。
一応確認、ちゃんとそれはあったし問題ないようだ、幸運にも昨日なくなったと思っていたトラベラーズチェックがこの封筒の中から出てきた。
まぁそんなことより、ちょっとこの出来事は不快だった(ドライバーが持っている意味が分からん)。

車で1時間ほど走ったところのカフェ(売店付)で休憩。何人かコーヒーを飲んでいたようだが自分は外でうろうろして時間をつぶす。

南米チリ・パイネ国立公園
10:50AM、アマルガ湖に到着。ここで一人女性が合流。トレッキングで数泊した後なのだろうか(この子とは一言も会話しなかったのでよくわからない)。

南米チリ・パイネ国立公園
10000ペソのパイネ国立公園の入園料を払う(ここでだったかな?)。
グアナコという(リャマだと思っていたが「地球の歩き方」にはこう書いてある)動物を撮るために車を止めたりしながら、進む。

南米チリ・パイネ国立公園
12:40PM頃、サルト・グランデの滝を見る。

南米チリ・パイネ国立公園

南米チリ・パイネ国立公園
むちゃくちゃ風が強い。強弱があり強いときは歩いてられないくらいだ。あたりの草や木も風の方向にあらかじめ倒れるような形で生えている。滝の前でガイドが撮ってくれるというのでカナダ人の男と肩を組んでポーズを決めるが、全然シャッターを押さない、なんどもアレ?という顔を繰り返す。強く押すんだといってもダメ。強風に絶えながらのポージングは辛い。ヨシっというのでモニタを確認すると、撮れていない、もういいや。
30分ほど過ごす。

車に帰ってフェルナンドのカメラを見せてもらう。彼はフジのデカイデジカメとシグマの18-50F2.8のレンズを持っていてすごくお気に入りだそうだ、欲しいなぁ。やはり自分の15-30では望遠がかなり物足りないのだ・・・。

再び車で揺られた後、2:00PM頃、ある建物に到着。
外観は普通の家っぽいが奥にレストランがある。自分とスペイン人カップル以外はレストランで食事。自分は昨日作ったハンバーガーがあるので(パイネのレストランは高いと聞いていたので)、歩いてすぐの湖を見ながらランチ。

食べ終わった後、建物へ。暖炉の周りにソファがある部屋でガイドと会話。朝、トイレに行く時間も無かったのでここでトイレへ。ガイドとスペイン人カップルがいたので安心して荷物を置きトイレへ。戻ってみると他のツアー客4人ほどが新たに着ていて、ガイドがいない・・・。荷物は当然ほったらかし。外に出るともうメンバーは車に乗っていた。僕の荷物を残してあることくらい分かっていたはずなのに、無頓着だなぁ。

南米チリ・パイネ国立公園

南米チリ・パイネ国立公園
3:30PM、グレイ湖に到着。
強風の中砂浜を歩き湖へ。ずっと奥の山の谷間に氷河が残っている。

南米チリ・パイネ国立公園 氷河
手前の湖には、人工物ではないかと思えるほど不自然に青い氷の塊が申し訳なさそうに点在。店の絵葉書ではたくさん浮いている写真を見たがそれは冬の時なのだろうか。一番奥の海岸線近くにある塊に向かってさらに歩く。近くでも水色に輝いていてなんだか現実味がない氷の塊だ。海岸には透明な氷が打ち上げられている。ガイドが自分を撮ってあげるというので調子に乗って氷を持ち上げポーズをとるがまたしてもぐずぐずシャッターを押さない。まったくぅ。

ミラドール(多分 展望台という意味)と書かれた看板があったのでそこまで歩いていこうとするとガイドがストップをかける。どれくらいかかるかきくと、30分だと。でも時間が無いからダメといったん言うが、自分が残念そうな顔をするとすばやく行ってこいと言うので、行ってみることに。何度も後ろを確認するが他のメンバーは誰も来ないようだ。誰もいない遊歩道を不安になりながら早歩きで進むと、7,8分ほどで先端に到着。ミラドールはなにか櫓のようなものがつくってある展望台という意味ではないのか?あたりにそれらしいものが無いし、不安なのでとりあえず写真を数枚とって戻る。

戻ると同じツアーの人間はいない。
遠くの海岸に人が歩いて戻っていくのが見えるがそれが自分達のツアーメンバーか分からない。まぁ、自分をガイドが止めたときにバスにもう戻る時間だとかいっていたので他の目的地まで行くわけじゃないだろう。強風の中砂浜を歩いて戻る。行きに歩いたより遠く感じる。
林に入り、駐車場のそばの橋を渡ったころ、ようやく他のメンバーを発見。車に着いた時には、ぴったり合流できた。

ここから後は帰るだけ。
途中3人家族の娘だけ降りた、おそらくトレッキングをするのだろう。しばらく走り、スペイン人カップルが降りた。彼らも一泊テント泊するようだ。ひたすら町に向けて走る。行きはどこかに立ち寄りながらだったので感じなかったが町まで遠い。ひたすら走る。ずっと曇りだったが町が見えてきたあたりで太陽が出てきた、遅いよ。

8:00PM頃宿の前に到着。
パイネは綺麗ではあったが、綺麗さが「想定内」だったかな。大きな感動は無かった。

南米チリ
宿に荷物を置き、宿の前のツアーオフィスEVELYNへ。昨日ツアーチケットを買ったおばさんの事務所だ。
帰りのプンタアレーナス行きのバスについて相談。やはり親切にいろいろ教えてくれる、有難い。スーパーで少し買い物。

南米チリ
宿に帰ってすぐに夕飯を作る。スープの元があるのでそれをソースに。卵を焼きそれを下に敷く。ソースにはハムを具としていれる。まだビーニャで買ったフランスパンがあまっているのでそれで再びガーリックトースト。なんだか贅沢だ。

ようやく外は暗くなった。日が長いので間隔がおかしくなる。料理中また宿の娘がなんどもちょっかいを出してきて、かわいい。

部屋に戻りシャワーを浴びる。3:30AM頃、就寝。



※1チリペソ=0.2円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
南米チリ・サンチアゴ
朝は、同室の日本人が一緒の時間に起きてくれて、電気をつけながら準備が出来て助かった。通常は早朝の出発は同室の人の気を遣ってコソコソと準備をしなければいけないので有難い。

5:55AM、真っ暗な中、宿をでてホテルNIPPONの前にに行くと、すでに車が到着していた。中には二人乗客が乗っていた。そのまま空港へ。

15分ほどで到着。
チェックインを済ませ、待合ロビーで待つ。フライトタイムは8:20AM。国内線なので一時間前でよいはずだが、チケットを購入するときに二時間前といわれた。よく南米はオーバーブッキングのトラブルが多いとの話なので早めに行って損はないかな。

通常フライトの30分前くらいに搭乗を開始するのではないだろうか、しかし搭乗手続きを開始したのは8:15AM。早くチェックインしたので窓側になったのはいいとして、なんで自分は毎度毎度 翼の近辺なのだろうか。

南米チリ・サンチアゴ

南米チリ・サンチアゴ
隣は5歳くらいの女の子、その隣にお母さんが座る。この女の子が落ち着きがなく、立ったり座ったり声をだしたり・・・。

南米チリ・パタゴニアへの飛行機機内食
9:30AM機内食が配られる。席をグループで分けアテンダントがそれぞれのグループの先頭から配りだすのだが、自分が一番最後、なかなか順番が回ってこなくてお腹が空いた。ハムチーズ入りのクロワッサン、とフルーツ。

一度、プエルトモンで降りて客を降ろす。この経由があることを知ったのは搭乗してからのアナウンス。数人が乗り降りをしてすぐに出発。
しばらくして寝てしまう。

目を覚ますを隣の親子が機内食を食べている。プエルトモンで乗った客だけでなく全員へのサービスだ。
今度は配るのを逆の順序にしたらしく、他の客に配っているのが見える。自分のところにでるはずだったが機内食はおかれていなかった。結局後ろのアテンダントがやってくるのを待つ羽目に。またもや最後になってしまう。
メニューはクロワッサンの形状が三日月状から四角に変わっただけ。でも二食食べれたのは得した気分。

ここで横で落ち着きのなかった女の子が椅子の上に立った弾みで彼女の机を蹴っ飛ばしジュースをこぼした。
床においていたカメラを入れている小さいバッグが汚れてしまった(涙)。お母さんは僕のジーパンがぬれたことは気づいていたようだが、カバンは見えていないようだ・・・。うーん、まぁ女の子は写真撮影にも応じてくれたしかわいかったから許す。

パタゴニアに近づき高度が下がりパタゴニアの大地が見えてきた。まさに絶景。写真を撮りまくる。
飛行機の翼が入らない写真も撮りたかったなぁ。しばらくこの景色に酔いしれる。

予定より10分遅れ12:50PMプンタアレーナスに到着。
機内に持ち込んでいたサブバックを見るとべたべたに塗れている・・・。中に入れたオレンジジュースがこぼれていたのだ。紙パックのジュースだったが余った分が惜しくてカバンに入れたのは間違いだった・・・。ノートパソコンのスポンジの入れ物も少し塗れた(涙)。バッグの背中部分が全面的にぬれてオレンジ臭い。しかも食材のたまねぎの一つがなにか腐っているようで、その二つの臭いがかなりヤバイ。

バックパックを回収しロビーへ。
一度空港からプンタアレーナスの町までバスで移動してから、プエルトナタレスへのバスチケットを買わなければいけないかと思ったが、ちゃんと空港から直でプエルトナタレスに行くバスがでているようだ。

南米チリ・プエルトナタレス
チケットを買い、白い大型バスへ。
なぜか乗ってから40,50分程待たされただろうか、2:00PM頃出発。

4:00PM頃、レストランでトイレ休憩。

3:00PM頃町に到着。
さっそく客引きが寄ってくる。ビーニャの汐見荘の情報ノートで「日本語で書かれた紙を持ったCasa de Chilaには絶対に行くな」と書かれていた。一番に近寄ってきたが無視。

次に情報ノートにお勧め宿として紹介されていた「Geminis(ヘミニス)」の紙を持った英語を話せる女性が来た。情報ノートには3500ペソと書かれていたが4000ペソと提示してくる。二泊するから7000ペソにしてと交渉するが折れない。そんな交渉をする自分をあっさり諦めてしまう。
なぜ?仕方がないのでこちらから話しかけ決める。

南米チリ・プエルトナタレス 宿Geminis
宿は、歩いて2分ほど。
中に入り始めはNo5の部屋を見せてもらう。狭い二畳ほどの窓のない部屋にベッドが一つ。ちょっと暗くて雰囲気が良くないというと、となりのNo5のツインベッドルームでもOKとのこと。キッチンは二つ(後に奥の大きな方は おそらくこのホテルの家族用らしいことが判明)、広々としている。
案内した彼女はやはりツアーオフィスのエージェントで、さっそく一階のカウンターでツアーの話に。

こちらも明日のパイネ国立公園1Dayツアーを申し込むつもりでいたので、申し込み。ついでに二日後の、アルゼンチンのエル・カラファテ行きのバスも購入。

南米チリ・プエルトナタレス

南米チリ・プエルトナタレス
さっそく外にでて町散策。大きなスーパーもある、値段を見るが、パタゴニアは物価が高いと散々言われていてビーニャで買い込んだ訳だが、それも杞憂だったかな。あまり値段が違うという印象はない。

南米チリ・プエルトナタレス
町の小さな教会のあたりを回りつつ海岸へ。広々と公園が整備されていて気持ちがいい。結構多くのレストランが町中に存在しているが、客が入っている気配がほとんど感じられない(時間がずれているからか?)。

南米チリ・プエルトナタレス
スーパーでいろいろ購入して7:00PM頃、宿に戻る。

南米チリ・プエルト・ナタレス 宿Geminis
いつもパスタばかりではなんなので、日本から持ってきた米を使ってご飯を炊く。持っていたたまねぎとさっき買った玉子で玉子丼。日本から持ってきた醤油とかつおだしが活躍。

南米チリ・プエルト・ナタレス宿Geminis
この宿の一階は道に近い側がレストラン(なにか料理を出している気配がないが)、奥が家族の家。子供の女の子が二人いて、ちょくちょく覗きにくる。特に妹と思われる方はかなり人懐っこくてかわいい。料理をしながら写真を撮ってあげたりした。玉子丼という料理も相当気になったらしい。


南米チリ・プエルト・ナタレス
レストランのスペースで食事。
この宿 他に宿泊客が二人いただけ、しかも一度チラッとみただけ。キッチンも自由に使えたし、宿の家族もいい感じ(おじいちゃん・おばあちゃんもいる)で なんか落ち着く。

夜もまったく物音しない。部屋でまったりしていたら電気をつけっぱなしで寝てしまった。


※1チリペソ=0.2円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。