7月26日ドンハさん月命日には
観音寺のお坊さまによる法要をメモリアルルーム内にて営まれます。
法要には勿論ファンの皆様もご参加いただけます。
参加登録・参加費など必要無く自由参加になっておりますので
ご希望の方は指定日時にご来館下さいませ。
会場:チェ・ドンハ メモリアルルーム
法要日時:7月26日(木) 13:00~
2012年3月14日mixi日記より転載
東日本大震災から、もう1年が過ぎました。
そして去年の今日の日は
「チェ・ドンハ日本記者会見」予定日でした。
あの時のことは
昨日のように覚えています…
昨年3月11日
ドンハが韓国で東北地震の被害の様子をテレビで見たのか
私に電話が入りました。
ドンハ「兄さん!地震大丈夫?」
私「よくわかったな、ちょっと揺れただけだから大したことないよ!」
ドンハ「そう。テレビでは大きい地震と放送してるけど・・・それなら良かったよ」
「あと、今日、小松パパが船旅から帰ってくるんだよね?」
私「そうだったね。北海道経由で横浜港に着くとか言ってたな・・・」
ひとまず電話を終える。
30分後、再びドンハから電話。
ドンハ「兄さん!やっぱり日本が大変なことになってるよ!テレビ見てないの?」
私「事務所でずっとパソコンやってたから見てないよ、ちょっと待って、今情報を見て見るから・・・」
ニュースを開くと津波で街が流されている映像がそこにはあった。 最初は映画の撮影映像かと思うぐらい自分の目を疑った・・・。
しばらく沈黙・・・・
ドンハ「ヨボゼヨ、ヨボセヨ、兄さん日本はどうなってるの?」
私「津波で家が流されたり深刻な被害になってるよ!」
ドンハ「オッ!オットケ!小松パパは海の上じゃないの?」
私も一時、頭が真っ白になった。
私「小松会長に連絡を取ってみるから待っててな!」
何度も小松会長に電話連絡をするが、まったく繋がらず。
どうやら関東方面の回線がパンクしてるらしい・・・。
30分おきに心配症のドンハから電話が鳴る。
ドンハ「兄さん、小松パパは・・・あ~どうしよう・・・どうしよう・・」
ドンハの泣きながらの声は今でもはっきりと覚えてます。
そして、小松会長には夜の10時ぐらいに電話がつながり安否を確認。
どうやら地震発生の2時間前に到着したそうです。
私「ドンハ、小松パパは無事だという連絡が入ったよ!」
ドンハ「チンチャ?嘘じゃないよね?チンチャ?あ~良かった良かった」
何度も安否を確認した後に電話を終えたのでした。
今回、東北地方を襲った大きな被害は
余波として我々にも襲いかかるということを、この時点では誰も予想する術など無かったのでした。
翌日1本の電話が入り
ドンハは大きな決断をすることになったのでした。
次の日に今回の記者会見を担当してもらう業者のCさんから連絡が入る・・・
Cさん「実は、明日のチェ・ドンハさんの日本記者会見なんでが…
46社中40社が、今回の震災による影響で取材キャンセルの通知がありました。」
私「やはり、震災の影響ですか・・」
Cさん「こういう事態ですからね・・・
それよりも東京は水不足と交通の混乱によりパニック状態で通常業務すらできていない状況です・・・」
私「わかりました。今回は中止の運びとして様子を見ることにします。」
そして
私は少し考えて、ドンハに連絡をした。
私「おう・・俺だけど・・・やはり、この震災の影響で明後日の会見は残念ながら中止になったよ…」
ドンハ「・・・・」
しばらく無言が続く・・・。
私「ドンハ!必ず、また機会がある。
これで終わったわけじゃないから・・・・」
黙っていたドンハが口を開いた。
ドンハ「テレビで言ってたよ。150年に1度の地震だって」
「何で150年に1度の地震が今なの?僕はSgを辞めてから色々な人にいろんなことを言われ続けても、ずっとずっと我慢してきて・・そして、やっと本当の自分を証明できるスタートの日に何で・・・何で・・・」
私「俺が必ずやってやるから・・・大丈夫、必ずチャンスはあるから!」
ドンハ「兄さんはそれでいいの?150年の1度の地震かなんか知らないけど僕は納得いかないよ!
僕は、日本に行くよ!どうせあきらめるなら日本に行ってあきらめたほうがましだよ」
私「おまえ!今、東京がどんな状態か知ってるのか?水も電気も不足してるし、それに余震と原発被害で・・・」
ドンハ「だから?だから、また、僕は一人孤独に韓国で我慢する?もう嫌だよ!
この日をずっと待ってたんだよ。兄さん言ったじゃない!これからずっと一緒で日本でやっていこうって約束したくせに・・・」
この時すでにドンハの声が涙声になっていた…
ドンハ「兄さん!僕は今がチャンスなんだ」
「だから、今しかないんだ・・・今しか・・・・早く日本に行きたいよ・・・」
泣いているドンハに、泣くのを堪えながら・・・
私「わかったドンハ!一緒に東京に行こう!俺が何とかしてやるから、もう泣くな!」
「ただドンハ!おまえはもう一人なんかじゃないよ!小松パパも姉さんも俺もみんないるんだから・・・この先絶対に自分は一人だって思うなよ!」
私の言葉にドンハは終始
「うん、うん、うん」
と、うなずくだけでした。
ドンハと電話を切ってから10分後にスタイリストのオギから電話。
オギ「ホンさん!ドンハ日本へ本当に行くの?」
私「うん、そうみたい・・・」
オギ「え~!オモニにも友達にも日本に行くっていったら、みんな私に、「行くな!」と言われてるんだけど!」
私「オギや!うちの若大将が行くって言ってるんだから行くしかないでしょう!!」
そして、オギは大きい声で
「オットケ~!ア~ドンハオッパ~アンデ~!」
翌日、二人揃って羽田空港に向かったのでした。
私はこの間、放送・雑誌・携帯サイト、全ての宣伝媒体に連絡をするのですが
震災直後のためメディア関係も自粛を行なっているのが現状でした。
とりあえず今回の震災で出演が取りやめになった番組「BS JAPAN」への再出演依頼をしました。
しかし、何度打診しても断られる一方・・・。
さすがに、もう無理か・・・そう思った時でした。
続く。
東日本大震災から、もう1年が過ぎました。
そして去年の今日の日は
「チェ・ドンハ日本記者会見」予定日でした。
あの時のことは
昨日のように覚えています…
昨年3月11日
ドンハが韓国で東北地震の被害の様子をテレビで見たのか
私に電話が入りました。
ドンハ「兄さん!地震大丈夫?」
私「よくわかったな、ちょっと揺れただけだから大したことないよ!」
ドンハ「そう。テレビでは大きい地震と放送してるけど・・・それなら良かったよ」
「あと、今日、小松パパが船旅から帰ってくるんだよね?」
私「そうだったね。北海道経由で横浜港に着くとか言ってたな・・・」
ひとまず電話を終える。
30分後、再びドンハから電話。
ドンハ「兄さん!やっぱり日本が大変なことになってるよ!テレビ見てないの?」
私「事務所でずっとパソコンやってたから見てないよ、ちょっと待って、今情報を見て見るから・・・」
ニュースを開くと津波で街が流されている映像がそこにはあった。 最初は映画の撮影映像かと思うぐらい自分の目を疑った・・・。
しばらく沈黙・・・・
ドンハ「ヨボゼヨ、ヨボセヨ、兄さん日本はどうなってるの?」
私「津波で家が流されたり深刻な被害になってるよ!」
ドンハ「オッ!オットケ!小松パパは海の上じゃないの?」
私も一時、頭が真っ白になった。
私「小松会長に連絡を取ってみるから待っててな!」
何度も小松会長に電話連絡をするが、まったく繋がらず。
どうやら関東方面の回線がパンクしてるらしい・・・。
30分おきに心配症のドンハから電話が鳴る。
ドンハ「兄さん、小松パパは・・・あ~どうしよう・・・どうしよう・・」
ドンハの泣きながらの声は今でもはっきりと覚えてます。
そして、小松会長には夜の10時ぐらいに電話がつながり安否を確認。
どうやら地震発生の2時間前に到着したそうです。
私「ドンハ、小松パパは無事だという連絡が入ったよ!」
ドンハ「チンチャ?嘘じゃないよね?チンチャ?あ~良かった良かった」
何度も安否を確認した後に電話を終えたのでした。
今回、東北地方を襲った大きな被害は
余波として我々にも襲いかかるということを、この時点では誰も予想する術など無かったのでした。
翌日1本の電話が入り
ドンハは大きな決断をすることになったのでした。
次の日に今回の記者会見を担当してもらう業者のCさんから連絡が入る・・・
Cさん「実は、明日のチェ・ドンハさんの日本記者会見なんでが…
46社中40社が、今回の震災による影響で取材キャンセルの通知がありました。」
私「やはり、震災の影響ですか・・」
Cさん「こういう事態ですからね・・・
それよりも東京は水不足と交通の混乱によりパニック状態で通常業務すらできていない状況です・・・」
私「わかりました。今回は中止の運びとして様子を見ることにします。」
そして
私は少し考えて、ドンハに連絡をした。
私「おう・・俺だけど・・・やはり、この震災の影響で明後日の会見は残念ながら中止になったよ…」
ドンハ「・・・・」
しばらく無言が続く・・・。
私「ドンハ!必ず、また機会がある。
これで終わったわけじゃないから・・・・」
黙っていたドンハが口を開いた。
ドンハ「テレビで言ってたよ。150年に1度の地震だって」
「何で150年に1度の地震が今なの?僕はSgを辞めてから色々な人にいろんなことを言われ続けても、ずっとずっと我慢してきて・・そして、やっと本当の自分を証明できるスタートの日に何で・・・何で・・・」
私「俺が必ずやってやるから・・・大丈夫、必ずチャンスはあるから!」
ドンハ「兄さんはそれでいいの?150年の1度の地震かなんか知らないけど僕は納得いかないよ!
僕は、日本に行くよ!どうせあきらめるなら日本に行ってあきらめたほうがましだよ」
私「おまえ!今、東京がどんな状態か知ってるのか?水も電気も不足してるし、それに余震と原発被害で・・・」
ドンハ「だから?だから、また、僕は一人孤独に韓国で我慢する?もう嫌だよ!
この日をずっと待ってたんだよ。兄さん言ったじゃない!これからずっと一緒で日本でやっていこうって約束したくせに・・・」
この時すでにドンハの声が涙声になっていた…
ドンハ「兄さん!僕は今がチャンスなんだ」
「だから、今しかないんだ・・・今しか・・・・早く日本に行きたいよ・・・」
泣いているドンハに、泣くのを堪えながら・・・
私「わかったドンハ!一緒に東京に行こう!俺が何とかしてやるから、もう泣くな!」
「ただドンハ!おまえはもう一人なんかじゃないよ!小松パパも姉さんも俺もみんないるんだから・・・この先絶対に自分は一人だって思うなよ!」
私の言葉にドンハは終始
「うん、うん、うん」
と、うなずくだけでした。
ドンハと電話を切ってから10分後にスタイリストのオギから電話。
オギ「ホンさん!ドンハ日本へ本当に行くの?」
私「うん、そうみたい・・・」
オギ「え~!オモニにも友達にも日本に行くっていったら、みんな私に、「行くな!」と言われてるんだけど!」
私「オギや!うちの若大将が行くって言ってるんだから行くしかないでしょう!!」
そして、オギは大きい声で
「オットケ~!ア~ドンハオッパ~アンデ~!」
翌日、二人揃って羽田空港に向かったのでした。
私はこの間、放送・雑誌・携帯サイト、全ての宣伝媒体に連絡をするのですが
震災直後のためメディア関係も自粛を行なっているのが現状でした。
とりあえず今回の震災で出演が取りやめになった番組「BS JAPAN」への再出演依頼をしました。
しかし、何度打診しても断られる一方・・・。
さすがに、もう無理か・・・そう思った時でした。
続く。
今年4月、東京で開催しました
「CHAE DONGHA MEMORIAL LIVE part2」。
追悼ライブは大盛況に幕を閉じました。
ご参加いただいた皆さまには
改めてお礼申し上げます。
私たちスタッフはその後、幾つかの公演を終て
達成感の心地を抱きながら、東京を後にしました。
いつものように車にたくさんの荷物と
スタッフを乗せて
大阪まで高速に乗って帰社。
運転を始め、かなり時間が経過した時に
乗車しているスタッフの一人が
「お腹が空いた」
そういえば、何も食べて無い…
「次、サービスエリア見つけたら止まります」
そう言いながらも
心地よい疲労感も相まってか
サービスエリアを見落として、通過してしまうことに…。
「あ~」
「トイレも行きたいから、次見つけたら必ず寄ってよ!」
「すいません…」
そのまま走り続けること数十分。
滋賀県の新名神高速道路上にある
「土山サービスエリア」へ
立ち寄ることになりました。
「お~初めて来るSAやね!」
「飯!飯!」
「あれ…」
「ここ来たことある。」
「あ、そう言えばここって…」
……
去年の4月のこと。
チェドンハコンサートツアーIam...
名古屋公演の日。
私たちは彼と共に一丸となって準備し、作り上げてきたステージで
ドンハさんは最高のパフォーマンスを見せてくれた。
ライブが終わったあとも
興奮冷めやらぬ状態でした。
スタッフ「次も大成功 間違いないね!」
スタートから順調な滑り出しを見せた
コンサートツアー Iam...。
充実した余韻に浸りながら、一同は打ち上げ会場へ。
場所は名古屋のイタリア料理店。
「ドンハさん、明日は昼より中部空港から帰国なので
今日は早く休んでくださいね」
ドンハさん「わかったよ」
食事場所を後にし
一同はホテルに戻り就寝。
翌日の朝、ホテルロビーで待ち合わせ。
「おはようございます。
それでは中部空港までいきましょう。」
ドンハさん「みんなは今から車で大阪に戻るの?」
「はい。」
「僕も大阪まで乗せてってよ。」
「はい?」
本来ならドンハさんは名古屋の中部空港で帰国の予定でした。
代表に報告
代表「ドンハがそう言ってるんだから仕方ないな(笑)」
そして急遽、関西空港からの帰国便に切り替え。
荷物と一名乗車が増えた車内は、もうパンパンで
車は悲鳴をあげていました(笑)。
しかしドンハさんは
どこか楽しそう。
そして名神高速道に乗って
サービスエリアで食事を済ませることに。
「ここにしようか」
ドンハさんと一同は
土山サービスエリアに立ち寄ることに。
入って直ぐに構えるレストランで食事。
ドンハさん「ヒョン!なにがおすすめ?」
代表「そやな~ かつ玉定食やな」
「じゃあ、それで!」

ドンハさんが自分のipodで撮影。
何気ない会話や笑いが飛び交い
幸せな時間でした。
楽しく食事を済ませたところで、そのまま関空へ。
もう夕暮れ時だったでしょうか
関空に到着。
みんなでドンハさんを見送りに。
スタッフ「今回はお疲れ様でした!次は東京公演ですね」
代表「もう今日からウチらも東京公演の準備に入るから。
ドンハも次のセットリストやコンディション作りに励んでや!」
ドンハさん
「帰りたくない… もう少し日本にいたい…」
「え?」
ドンハさん 「……いや、それじゃ次は東京で!」
何度かこちらを振り返りながら
笑顔で出国エリアに向かうドンハさん。
長く日本に滞在していたせいか、少しポッチャリした後ろ姿が
今も印象に残ってます…
最後に言いかけた
「帰りたくない」という言葉の真意は分かりませんが
残念なことに
これが、最後に見るドンハさんの姿でした。
……
ドンハさんと最後に食事した場所
土山サービスエリア「近江三昧」。
忙しさの最中、この場所の存在を忘れていました…
そして偶然にも再び訪れることになった
この場所で
ドンハさんを偲んで食事をしました。
残念ながら、「かつ玉定食」は
期間限定のランチメニューだったそうで
メニューにはありません。

代わりに滋賀の近江牛を使用した、牛丼をいただきました。
間もなく一周忌。
ドンハさんのご冥福をお祈りします。
去年の年末は
ディナーショーとファンミの準備で
大忙しだったことを思い出します。
あの頃…
ドンハと打ち合わせなどの関係で
よく電話してたっけ。
ディナーショーの宣伝のため
ドンハが自画撮りして送ってきた、映像の時の話です。
私「ドンハ!DS告知映像だからインパクトのある映像を頼むよ!」
送られてきた映像は・・・・。
サングラスをかけながら、無愛想で話しているドンハ映像だった・・・。
私は映像をチェックした瞬間に、電話。
私「何で!「野人時代」に出てくるようなヤクザ風の映像なん?」
(※野人時代とは高視聴率を記録した韓国ドラマ)
ドンハ「結構、インパクトあったと思うけど・・・。」
私「そんなインパクトいらないから、楽しくなるような映像を送ってよ!」
ドンハ「楽しいって?」
私「格好つけなくていいから、これを見た人がワクワクするような映像だよ!」
ドンハ「わかった。努力してみるよ・・・。」
そして、次の日・・・。
新たな映像が送られたのだが・・・・。
そこには・・・
なっなっなんと・・・・・。
ハット帽子をかぶった黒淵めがね姿の
吉本芸人風のドンハが写ってるではないか・・・。
私は直ぐにドンハへ電話をかけた。
ドンハ「今回はいいでしょう!プライドを捨てて、楽しくしてみたよ!」
あまりのドンハの楽しそうな声に反論もできず
私「うん・・・いいんじゃなかな・・・。吉本芸人風で。」
ドンハ「吉本芸人風って何?」
私「吉本って、日本のギャグメンの会社だよ!ギャグメンみたいだね・・・。」
これを聞いて気分を悪くするかと思いきや・・・。
ドンハ「あっそう見える! 良かった。良かった。」
えっ?良かった? なんで?
まあ、締め切りもギリギリだし
これで行こうと決定したのでした。
このプロモーション映像が功を奏してか(笑い)
クリスマスディナーショーは大成功に幕を閉じました。
チェ・ドンハ クリスマスディナーショーより。
本文はmixiより転載
ディナーショーとファンミの準備で
大忙しだったことを思い出します。
あの頃…
ドンハと打ち合わせなどの関係で
よく電話してたっけ。
ディナーショーの宣伝のため
ドンハが自画撮りして送ってきた、映像の時の話です。
私「ドンハ!DS告知映像だからインパクトのある映像を頼むよ!」
送られてきた映像は・・・・。
サングラスをかけながら、無愛想で話しているドンハ映像だった・・・。
私は映像をチェックした瞬間に、電話。
私「何で!「野人時代」に出てくるようなヤクザ風の映像なん?」
(※野人時代とは高視聴率を記録した韓国ドラマ)
ドンハ「結構、インパクトあったと思うけど・・・。」
私「そんなインパクトいらないから、楽しくなるような映像を送ってよ!」
ドンハ「楽しいって?」
私「格好つけなくていいから、これを見た人がワクワクするような映像だよ!」
ドンハ「わかった。努力してみるよ・・・。」
そして、次の日・・・。
新たな映像が送られたのだが・・・・。
そこには・・・
なっなっなんと・・・・・。
ハット帽子をかぶった黒淵めがね姿の
吉本芸人風のドンハが写ってるではないか・・・。
私は直ぐにドンハへ電話をかけた。
ドンハ「今回はいいでしょう!プライドを捨てて、楽しくしてみたよ!」
あまりのドンハの楽しそうな声に反論もできず
私「うん・・・いいんじゃなかな・・・。吉本芸人風で。」
ドンハ「吉本芸人風って何?」
私「吉本って、日本のギャグメンの会社だよ!ギャグメンみたいだね・・・。」
これを聞いて気分を悪くするかと思いきや・・・。
ドンハ「あっそう見える! 良かった。良かった。」
えっ?良かった? なんで?
まあ、締め切りもギリギリだし
これで行こうと決定したのでした。
このプロモーション映像が功を奏してか(笑い)
クリスマスディナーショーは大成功に幕を閉じました。
チェ・ドンハ クリスマスディナーショーより。
本文はmixiより転載
ご予約者様へ以下の商品を今週末より発送いたします。
お待たせ致しましたこと、お詫び申し上げます。
[CD]
■CHAE DONGHA “Iam...” in KYOTO
LIVE SOUND CD ALBUM
■CHAE DONGHA “Iam...” in NAGOYA
LIVE SOUND CD ALBUM
[写真集]
■CHAE DONGHA
PHOTOGRAPH COLLECTION
Vol.1[僕の味方]
Vol.1[僕の味方]
以降の商品も順次発送いたします。
↓6月以降発送予定
■CHAE DONGHA
PHOTOGRAPH COLLECTION
Vol.2[君だから、愛してる]
Vol.2[君だから、愛してる]
■CHAE DONGHA
PHOTOGRAPH COLLECTION
Vol.3[どうやって忘れることができますか]
Vol.3[どうやって忘れることができますか]
■CHAE DONGHA“Iam...” 京都 ブルーレイ
■CHAE DONGHA“Iam...” 名古屋 ブルーレイ
■CHAE DONGHA“Iam...” ツアーファイナルDVD
東京出張を終えて
事務所に戻ってみると
事務員「社長、お母様が来られてます。」
!?
…どうやらメモリアルルームで
ドンハの映像を見てるらしい。
私の母親は、体育大学出身で高校の教員をしていました。
結婚のために教員を退職し
私が中学生の頃からかマタニティー体操を始めました。
現在は数カ所の産婦人科で体操を教えながらも
新たに“タイ式ヨガ”なんてのも始めたらしい。
そのタイ式ヨガの講習が大阪で行われるため
1年に一度ぐらい大阪に訪れることになったらしい。
私は去年、実家に帰っていないので
母と会うのは、もう1年半ぶりだ。
母「東京の追悼式の映像見たよ。おまえ、よくやったな。辛かった、辛かった。
本当に逃げずに我慢し、よくやったな。」
私は急に涙があふれてきた。
「今まで生きてきた中で一番辛いことでした。
自分の感情を殺すことがこんなに辛いことなんて・・・・。
本当に・・・・本当に・・・・逃げずにやり抜きました。」
母は、微笑みながら私を見ている。
私「正直、仕事もみんな放り出して、誰も知らない場所に一人になって泣き叫びたかった」
「何にも したくなかった。けど、僕にはそれが許されなかった。
僕はチェドンハ所属事務所の代表だから・・・。」
母「わかってる。わかってる。オモニは、ちゃんとわかってるよ。」
何年ぶりだろう・・・。
母親の前で涙したのは。
母親の前ではいくつになっても子供なのかな。
2011年11月mixiの記事より転載
シロです。
2月の月命日後、
スウ・サン様から手紙が届きました。
翻訳しました内容を掲載します。
ご挨拶が遅くなりました。
ホン社長とファンの皆様にお礼を申しあげます。
寒い中、風邪に気をつけ、健康にも気をつけてください。
今回の東京で、ドンハを愛する皆様の心を見れました。
皆様の愛のおかげで私の心も幸せでした。
五月にはパンピョンでドンハ追慕式を行おうとします。
今後にドンハが安らかに眠れる追慕官を
ファンの皆様と一緒に
ヤンピョンに建設しようとしてます。
皆様のご協力お願いいたします。
いつもドンハの歌を守るため苦労してる、ホン社長
そしてファンの皆様
ドンハの歌の中で
ドンハは
いつも我々のそばで生きています。
最後まで愛してください。
最後に食事に招待いただきました会長にもお礼を申します。
皆様と五月に会う約束をしながら…
スウ・サン
2月の月命日後、
スウ・サン様から手紙が届きました。
翻訳しました内容を掲載します。
ご挨拶が遅くなりました。
ホン社長とファンの皆様にお礼を申しあげます。
寒い中、風邪に気をつけ、健康にも気をつけてください。
今回の東京で、ドンハを愛する皆様の心を見れました。
皆様の愛のおかげで私の心も幸せでした。
五月にはパンピョンでドンハ追慕式を行おうとします。
今後にドンハが安らかに眠れる追慕官を
ファンの皆様と一緒に
ヤンピョンに建設しようとしてます。
皆様のご協力お願いいたします。
いつもドンハの歌を守るため苦労してる、ホン社長
そしてファンの皆様
ドンハの歌の中で
ドンハは
いつも我々のそばで生きています。
最後まで愛してください。
最後に食事に招待いただきました会長にもお礼を申します。
皆様と五月に会う約束をしながら…
スウ・サン
【3月】月命日法要のご案内
3月のドンハさん月命日は、観音寺から韓国のお坊さまによる
月命日法要をメモリアルルーム内にて営まれます。
ファンの皆様が故人を偲ぶひとときを過ごす場となれば幸いです。
当日はメモリアルルームの見学やドンハさんの映像視聴も可能です。
↓↓↓↓↓↓
参加予約はこちらから
法要日:3月25日(日) 11:00~
参加費 ¥5‚000(昼食付き)
会場:チェ・ドンハ メモリアルルーム
定員:20名
申込み締切り3月24日(土)
※チケット等の発券はございません。
3/4開催「チェ・ドンハ メモリアルライブ」に
多数様のご参加誠にありがとうございました。
3時間にも及ぶイベントとなりましたが
最後までお付き合いいただきました皆様に御礼申し上げます。
今回の模様は
ラジオ放送FM世田谷83.4MHzにて
なんと16日から3週に分けて、余すこと無く放送されます。
ドンハさんの歌がこれ程まで大量に放送されるに至ったのも
ファンの皆様方からの多大なる御支持によるものと存じております。
今なお生き続ける
氏の思いをのせた歌声とメロディーが
有線にのせて
世界中に響きわたり、多くの人々の耳に届くことを願います。
FM世田谷83.4MHzホームページ
http://www.fmsetagaya.co.jp/
インターネットで世界どこからでも視聴可能です。
◆放送プログラム◆
「K-POP×K PLACE」 21:00~
3月16日
21:00~ 出演/SoulCry
3月23日
21:00~ 出演/JOULE
3月30日
21:00~ 出演/CHAE DONGHA
「チェ・ドンハ メモリアルライブ」ライブレポート
↓↓↓↓↓↓
















