9月22日 火曜 自宅→横須賀港

 

欠航騒ぎ(前日は台風で欠航、明日23日欠航を見間違えていた。無料でキャンセルできないので、文句を言いにフェリー会社に電話したら、22日は出航と判明。危なかった)

宿をキャンセル、飛行機、新幹線を予約しそうになった。

台風で崖のチェックで京急運休、JRで迂回。遠い。

バス長い列

サイゼリヤなんか緊張

眠い待合室 空港みたい 長かった

妻が今まで乗った船をリスト化

妻が歌い出した港のヨーコが頭から離れない

あまり公共スペースがない?そうでもなかった

グルグル

立体認識

 

9月23日 水曜 横須賀港→門司港→下関泊

 

奇跡的な晴れ まだまだ暖かい

非常食ライスで朝飯

露天風呂、トレッドミル

BBQ人気 我々はビッグペヤング

開放されたBBQデッキでツマミ

夕方の色、たくさん出てきた

クイズ

10分早着

パズルとメガネ拭き

結構混んでる直通バス。予備席出動

下関駅では九州から入ったsuicaが使える改札機あり

ペデストリアンデッキ

宿で夜鳴きそば(なぜこれが夜泣きなのか?本来は屋台では?)

整然としているが、がらんとした下関

妻が洗濯をしてくれた。ありがたい。

 

24日 木曜 下関→秋芳洞→下関

 

妻トイレ対策、30分おきの対応で

荷物どかさぬ高校生、1人いやいやどかした妻が座る。

高校生、しーん。

ガラガラアンモナイト号

画像ではわからない鍾乳洞の規模感

音声案内がでかすぎる

コウモリの糞?くさいベンチ、眠い

恐ろしげなエレベーターで秋吉台へ

昭和な土産物屋たち

カメラのお兄さん

帰りのアンモナイト号ドア閉められる

しょっちゅう座る

厚狭を散歩、薬屋、宿屋?

115系もこれが最後だろうな

おかもと鮮魚店くりあげ、入っている魚がなんだかわからないが、うまい。クジラもあり

妻はデカい方

ホテルに帰って寝る。1日中眠かった。妻はスーパーめぐり

妻に勧められて露天風呂へ。港が見える。満月。

見えた港へ妻と散歩

エンジンを掛けている船、釣りの人

夜鳴きそば、私は腹一杯で食えず

 

25日 金曜 下関→唐戸市場→人道→門司港展望台→鉄道博物館→海響館→霧島湯→下関→門司港

 

まずは朝、唐戸市場へ

営業おばちゃん。

殺伐とした人気寿司や。市場の寿司行列こわい

ひとパック300円の寿司屋で鉄火巻。おかわり。河豚汁。

バス。めちゃくちゃスポーティーな走り。妻がみんくる発見。MT

一旦帰って、チェックアウト

関門トンネル入口、紙芝居、ボラティアさん?巌流島の決闘、最後を知らなかった。

関門トンネル人道。また忌まわしいエレベーター

門司。雰囲気が違う。観光っぽい。観光客も多い。韓国人が多い。

展望台、眠い

アルド・ロッシのホテル。重厚。

門司港駅駅舎、余計な看板などがない。駅名標すらない。素晴らしい

関門連絡船の跡、待合室

鉄道博物館、東北のゴリラ、国鉄の匂い

しょぼいジオラマ動いていない

松本氏の写真展示 カニにパンタが

時間が

関門渡し船、落ちそうな外人、開放感

昼飯の時間を忘れていた。コンビニで

海響館、ペンギン村。がっかりしている。元気、喧嘩売りがいる

小さいフグが可愛い

とにかく、宿がなく、次に止まるところが夜行だと、外出しっぱなしになりちょっとつらい

バスで駅方面へ

霧島湯(銭湯)へ。番台。意外とちょうどいい湯加減。客が少ない。大丈夫か。にごり湯もある。日めくりカレンダー。番台の外に椅子があり、冷房もガンガンかかっていてロビー代わり

妻に言われて気になって今日の出航状況をHPで。なんと前後の日、機会都合で決行。あぶね。

駅前の野外椅子とテーブルで夕食。イオンで買ってきたいなり、茶そばなど。

暇なので、ちゃこのアイデアで今までの写真振り返り

ホテルで荷物ピックアップ。ホテル(ドーミイン下関)の方に、ジュースを勧められた。

下関初小倉行き。ロングシート。前の席のおっさんが気に食わない。

小倉でバス待ち。15人はいる。意味のわからない親父がいる。

自家用車の積載が遅れて(前後がキャンセルになったためか)30分遅れで出航。

積載の様子を眺める。キャンピングカー、高級車が多い。危険なテスラが2台も。

妻がビールのおかわりをしている間に出航。


26日 土曜 門司港→横須賀港→自宅

 

日の出で起こされる。見えず。静寂な船内。

寝る

8時の放送で妻起きず。私も寝る。9時に朝食。おにぎり

また寝る。妻は風呂へ

13時に昼食。カップラ。ギョニソ

またまた寝る

17時、カップ焼きそば爆盛。

またまたまた寝る

21時定刻より30分早く到着

また頭の中が港のヨーコに占領される。

京急は2100系を逃してしまう。

ロングシートで

23時自宅到着


 

どうしていいかわからない。

 

「他の部署の人が出勤してるから、自分の部下はテレワークは禁止」などというわけのわからない理論を自慢気に話すEG肇。

やつにかかわっていると、やつの発言がいちいちくだらなすぎて、自分が積み上げてきた哲学が、思い出せなくなってしまう。

血縁者並みのくだらない影響力がある。

 

自分の哲学を復活させねば。目隠しされても歩いていけるように。

旅の計画を一度立ててしまうと、諦めるのにパワーがいる。なぜだ。

 

仕事、note執筆、友達へのメール返信、、、何をやっても間違えたことをやっている気がする。

もう辛くて仕方がない。

バスにい入ると真っ暗である。室内温度保温のためカーテンを閉めているらしい。

朝の10時。夜行便の話ではない。

仮に開けたとしても景色なんか楽しむやつはいないのだろう。

行きのウイラーは隣の席が空いていた。これはラッキーだ。旅の快適度がぜんぜん違う。

しかし、バスの中のPC作業は鉄道や飛行機ほどはかどらない。第一、安全規格上、テーブルというものがない。まあそれでも作業(といってもほとんど仕事があるフリの模写コーディング)はすすんだ。

となりは空いていてもやはり狭い。鉄道ってのは快適だなと改めて思う。

寒いくらいなので上着を羽織る。周りの方々は皆キャノピーをおろして眠っているかスマホでなにかやっていた。景色を見ているアホなんて一人もいない。

 

駅前から15分ほどの中途半端な場所で降ろされる。

灼熱の名古屋へ。今年はなぜか名古屋が暑い。15分延着だったので急ぐ。

予定していたのより1本おそい特急に乗車。

終点河和での買い物時間は12分。慌てて焼き鳥、カップラ、ノンアルなどを買い漁る。

やどの飯はシェア飯なのである。

ぎりぎりでコミュニティーバスに乗車。

前の席には私と同じような身なり・年齢の男性。旅行者かと思うが、海側の窓に完全にカーテンを閉めている。里帰りだろうか。

床にスーパーで買った食い物をぶちまけてしまった。後ろの席の何人かわからない若者が拾ってくれる。

延々50分。

宿の前のバス停で前の席の男性も降りた。まさか同じ宿?だった。

 

古民家宿、昔のとほ宿的なゆるい雰囲気である。

Bookingなどに掲載されていないのでインバウンドは入れていないようだ。

今日は客は私一人だったらしく、ドミを予約したのに個室を案内された。

それが、急遽3人の予約が入ったらしい。

平日で4人客がいるのは珍しいとのこと。

19時からはシェアご飯。一人何品か持ち寄っての夕食。

 

・O澤さん

**島のバス運転手。**島に移住して6年だが、島の生活で悩んでいる。

鉄なので18きっぷの時期は毎回本土に渡り鉄をしている。

飲むと声がデカくなる。

51歳だが、老けて見える。

この宿18回目の常連。

・M島さん

某チェーン店のカフェで正社員でやってる若者。24歳くらい。

東南アジアへのバックパッカー歴あり。

仕事は面白いが、休みが少なくて悩んでいる。

タトゥーだらけ

・S原さん

蒲郡在住。O澤さんがくるというので、車を飛ばして来たらしい。

繊維業界で働いていたらしい。今は近所のホテルのバイトだという。

貫禄が感じられるうるさそうな65歳だが、その割には聞く姿勢のあるちょっと変わったキャラ。

 

私は11時に寝たが、彼らは3時まで飲んでいたらしい。

私はなぜか(多分予約が早かった)個室をアサインしてもらい快適に寝る。

 

二日目

朝、宿主がどこかへ行ったので、行き先を聞いたら田んぼをやっているとのこと。

私も有機農法の田んぼで半農半Xを目指していたので、話がはずんだ。

コモンルームでノマド作業。仕事はないので、模写。

エアコンなしの環境だが心地よい。

M島さんが起きてきた。今から帰って夕方から仕事だが、その前にひと泳ぎしていきたいらしい。

一緒に行くことにした。

宿主におすすめを聞く。

海岸はシャワーもトイレも装備されていたが、だれもいなかった。

タトゥーだらけのM島くんとおっさんで、泳ぐ。海は意外ときれいだ。

今の若者は海にいかないと聞いてはいたが、本当に今の海はガラガラだ。

夕食を買おうとさかなセンターへ行こうとしたが、15時で終了。

買うところがないので、コンビニでソーセージなどを買う。コンビニ、本当に高くなった。

この宿はいいのだが、このシェア夕食で出せるものがないのが辛い。

次回は家から食材を持ってくるべきか。

 

宿主夫婦と話があい、明後日、宿が休みの日にも泊まれることになった。

なにやら音楽をやるらしい。それで休館。

余計楽しそうではないか。ninehourseをキャンセルしたくなり、キャンセル申請。

夜は介護士をやっているテディーさんというおっさんが来て、大量のジンギスカンとソーセージを振る舞った。めったに食べない高級な食材でなんか申し訳ない。

愛知在住の方らしく、超常連のようで、宿主交えて3人で飲む。話の内容思い出せず。9時に寝る。

 

三日目

6時半、宿主が田んぼに連れて行ってくれる。2箇所あり、1箇所は私が前やっていた田んぼに近いやり方。どこか千葉に似た環境の南知多。それにしても美しい。すごく草刈りを頑張っているらしい。赤米をいただいた。

戻ってから、ほぼ宿で寝てしまう。

午後、起き出して、さかなセンターへ。高い。なにもかも高い。刺身定食など1600円だが、これでも妥当な金額なのだろう。しらす400円、アジフライ400円、イワシの胡麻和え500縁をかいこみ今晩の夕食とする。

せっかくなので、南知多の島を目指す。ちょうどいい時間にバスをフェリーがあるので、ちょい島旅。

手帳割引が両方聞くのがありがたい。なかったら結構な出費になる。しかし暑い。

フェリーで潮風。宿に戻ってノマド。

 

夜は、例の「音楽」タイム。

23日にビーチでなにかのイベントがあるらしく、それに向けての練習とのこと。

ギター2名、マンドリン?、ドラムははこのようなものを叩く。

遅れに遅れてアルトサックスがきたが、この人が、びっくりするくらいヘタで笑えた。

いい夜を過ごせた。

 

演奏が終わってから、おしゃべりタイムがあったが、11時に眠いので寝る。

 

4日目

こっすーさん(宿主)、ななさん(宿主)小澤さん、海川さんとともにモーニングを食いに行く。

やっぱり名古屋圏、朝飯は喫茶店のモーニングなのだ。

宿のある豊浜集落から電車だと相当かかるが、クルマなら40分ほどで着く。

こっすーさんたちはこの後、小澤さんをのせて木曽の赤松森林鉄道に乗るらしい。

こんなに客と宿主がつるんでいるゲストハウスもめずらしい。

でも連泊者は珍しいらしく、3連泊した私は記憶に残るとのこと。

 

こっすーさんに名鉄の駅まで送ってもらう。

名鉄のローカル駅。2連の各停。でも今はロングシート。

朝食が足りなかったので、名古屋駅で吉牛。

徒歩で17分くらいかかるバス発着所まで体が持つか。

名古屋は40度近い灼熱。

バスは30分前に冷房を効かせて待っていてくれた。

Wifiも電源もある3列バス。最近のお気に入りバス。

中でのマドするつもりだったが、あまり手につかずに、ダラダラ過ごし。

流石にクタクタな感じで東京駅。ラッシュの混み具合が不安。

これだったら大宮まで乗って、川越から帰ってくればよかったか・・・

 

FIREについて書こうとしたら、書いているうちに何を書きたいんだかわからなくなり、chatGPTに相談したら没となったエッセイ?

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NoteでFIREされた方のブログを拝見すると、圧倒的に多いのが投資で成功された方の資産のお話。しかも「成功する5つの約束」的な自己啓発の先生的な型が多い。私はとてもそんな人様を指導できる立場の人間ではないので、それはできない。こういった記事を書ける方、敬意を感じます。

 

そして多いのが「一部上場企業に在籍」「JTC(こういった言葉が流行っているのを知らなかったが)に在籍」「執行役員で活躍」といった「どうして早期退職なんかしちゃったの?」と思うような華やかな経歴の方が圧倒的多い。やはりFIREできる資金力がある方はそういった方が多いのだろうか。私は・・・ここに書かないほうがよろしいかと思うので書きません。

 

こうした経歴は、これからFIREしようと思う方にとってどう映るんでしょうかね。「嗚呼俺は一部上場企業でないから無理だな」とか希望を失う方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

そしてたまに見かけるのが「FIRE成功」「FIRE達成」の文字。いずれも早期退職をした時点でのコメント。FIREの成功の成否は早期退職してからですよ〜私の場合はサイドFIREですが、ひたすらFIRE反面教師の路を歩んでいます。

早く起きた。7時。コモンルームに降りて、菓子パンを食い、パソコンで作業をする。(といってもなかなか思うように進まない)

だれもいない。

しまった!ドミトリーへ通じるドアのルームキーを置き忘れてきた。財布もない。

開店前だからスタッフもいない。

まあ、だれか起き出して来たら、ドアを開けてもらえばいいさ。

 

で、だれもこない。

 

9時半、最初のスタッフのみっちょんさんがやってきた。65歳で定年退職し、ここで働いている。シニアには見えない風貌。事情を説明するまでもなく、ドミトリーへのドアを開けてくれた。

 

いったい、この宿の宿泊者は何時まで寝ているんだろうか。

筋トレをしに一駅先のチョコザップへ向かう。

行きにはちょうど阪堺電軌が来た。この電車、路面電車の風貌ながら1時間に2本しか来ない。

しかも、乗車の今池駅は釜ヶ崎地区のどまんなか。

土手の上にある路面電車の駅なのだが、改札がないので釜ヶ崎の住人たちが勝手に駅のホームで寝てたりする。

 

下車した北天下茶屋にもアーケードがあった。大阪ってのはいたるところにアーケードがあり、発見するたびにワクワクしなくてはならない。

 

午後は宿(ココルーム)のイベントで、読書会であった。

モモを参加者で音読する。

「時間貯蓄銀行」が悪役?として出てくる。1960年代の作品なのに、なかなか先を行っている。

17時からは、いよいよ大衆演劇「オーエ◯劇場」に潜入した。

前から気になっていた、釜ヶ崎らしい存在感の劇場である。

昭和のストリップ劇場のような、どこかおどろおどろしい外観であるが、中は意外なほど清潔感がある。そして意外なほど広い。

主演であり座長である森川竜◯さんの垂れ幕が華やかに開場を飾っている。

グラフィック的に凝った垂れ幕である。

ホスト系のグラフィックであるため、そっち系の人がデザインしていると思われる。

そして驚いたのが客入れ音楽がオリジナルソングであること。森川竜◯さんの名前がバンバン出てくる。

いよいよ幕が開いた。

艶やかな和服姿の男性。きっとこの人が森川竜◯さんなんだろうな。

第1幕は写真撮影OKらしく、私も撮影する。

なかなか艶やかな踊りだ。

伝統的な味わいがあるが、音楽はシティーポップ(80年代J-pop)である。素晴らしい融合ではないか。

2幕は人情物の時代劇。若えのを女性が演じ、その妻を男性が演じている。

3幕はまた演舞。途中かけあいのMCなどが入った。そしておひねりタイム。

おもしろい。これで1900円はリーズナブルである。

 

しかし、客は50〜の女性と男性。10人ほど。これで収入になるんだろうかと心配だ。

外国人観光客が見たら絶賛するのではないか。

2幕芝居も字幕なんてなくても、時代劇を見せるだけで彼らは満足するはずだ。

ロボットレストラン並みに盛り上がるのではないか。

音楽に松原みきあたりをつかったら、口コミで人気が広がるに違いない。

 

などと妄想しながら劇場を後にした。

満足感、充実感。

釜ヶ崎という街はどこまで私を魅了させてくれるんだろうか。

大阪旅二日目、ドミトリーの朝。起きるタイミングというのはなんか難しい。

どうも回りの人の気配に気を使ってしまうのだ。

気を使う必要なんかはなく、起きたい時にガバっとカーテンを開ければいいのだが

なかなかそれができない。

 

前の日に寝不足気味だったこともあり、

6時に目覚めたものの、2度寝、3度寝を繰り返し、30度寝くらいのところで起き出した。

軽くパンを食べる。で、また寝てしまった。

目覚めたら15時。なにかイベントの気配。でまた眠ってしまい、16時。

あーあ。

 

今日は大好きなポストモダン建築を見に行く日だったのだ。

1980年代後半に盛んだったこの様式は東京では少なくなってきている。

関西では件数自体が多く、規模も大きかったので今でも現役バリバリの物が多い。

代表的なものは原広司氏の京都駅と梅田スカイだろう。

他にもたくさんあるみたいだが、私はこの2件が好きだ。

これに建築ではないが南海特急ラピート50000系を加えたものが私の中の関西3大ポストモダンである。

 

ポストモダン・・・

私は建築学科出身ではないので、磯崎新氏が繰り出すような難しい建築理論にはついていけない。

しかし、私にとってポストモダンはあまりに意味不明な禁欲主義を強制するモダニズムの壁をぶっこわした英雄であり、その情感に訴える造形は私にとって青春である。

(建築学科出身の方に大笑いされそうだが、個人的なことなのだ)

先に開催されたエットーレ・ソットサス展でそれは確認された。

よく、デザインについて知っている風の方が、シンプルなのが大事だとしたり顔をしている。私も仕事の時は歩調を合わせたりしているが、本心は違う。

(あ、倉俣史朗的なミニマリズムは大好きである。ジョナサン・アイブも私はミニマリズムだと踏んでいる。でなくては、あれだけセンターリングに拘る理由が見当たらない。モダニズムを越えている)

難しいことはわからないし言えないが、まだこの歳になっても、とにかく心がときめくのだ。

 

今回はこれらをじっくり味わうつもりでいた。しかし、大寝坊・・・

とりあえず、梅田スカイへ。

 

御堂筋線梅田駅から梅田スカイまでは意外と遠い。

しかし、そのシルエットは特徴的で一目でそれとわかる。

ごつごつとしたスカイライン、

昨今の東京の再開発ビルのペラッペラな印象とは全く異なる存在感がある。

ワクワクする。これが私にとってのポストモダンだ。

 

エントランス付近は、現代の建築から見ると、スケールが小ぶりだ。しかし、それを差し引いてもドアの周辺などバリバリにポストモダンの造形である。特に天井がすばらしい。面発光の照明が組み込んであるのだが、アールデコ調のグラフィックが空間を上質に演出している。歴史からの引用がすくないこの建物で、数少ないしっとりとした人間味が感じられるのがこの照明だと感じる。

 

最上階のエスカレーターの演出も、当時の未来感を追求したものだったのだろう。

最上階で風景を見ずに、建築のディテールばかりを追いかけている・・・変態である。

 

中庭に出てみた。もうこの建物ができた90年代になると、色使いはどこか禁欲的になるが、それでもいたるところにポストモダン造形が見られる。静的なのに、ダイナミック。線対称の基本造形に、ぴりりとポストモダン特有のあしらいが見られて、ワクワクするのだ。Rの使い方もそれっぽく、単一Rで統一されている。

 

振り返り振り返り、お上りさんのように見上げてみる。

異質な建物だ。スケール感からして他を圧倒している。格調高いド派手さが大阪にはふさわしい。

どや!と言わんばかりの時代を越えた存在感がある。

 

かっこいい・・・

 

気になるのが今後だ。高松伸氏の道頓堀キリンプラザのような運命を辿らなければいいが・・・

A忠雄氏が手を入れようとして、反対にあったというようなことも聞く。

脱構築主義でさえ、あまり受け入れられない日本である。

せめて私の生きている間は、下手なリフォームを受け入れてほしくないと思う。

 

京都駅も夜にあの大階段を体感したことがないので、今回行ってみたかった。

なぜ京都駅であれなのか?という意見もあるが、

今ならK研吾氏一択、和のなんちゃらでおわってしまうだろう。

当時、原広司案をコンペで選んだ「目」もすごいとおもう。

 

このあと、チャットGPTおおすすめの大阪ビジネスパークに行ってみたが、どうも響くものがない。

動線が悪かったか?

そして、鶴橋の近鉄忘れ物センターへ。その後うどん。なぜか420円で卵入りきつねが食えた。

 

南海ラピートについても、改めてディテールを観察し尽くしてみたいと思う。

大阪に行く機会なぞ、この先いくらでもつくればいい。そう考えて眠りにつく。

A部さんは駅の途中の中途半端なところまで見送ってくださった。

 

国府宮から名古屋までは快速急行でたったの10分。しかし運賃は400円と高い。

松屋の400円朝食がちょっと足りなかった。このまま15時まで持ちこたえられないと考え、吉牛へ。

牛丼屋も高くなった。

 

名古屋からは新宿のチケット屋で入手した近鉄株主優待券で大阪上本町へ向かう。

2860円が2000円となる。

無論、有料の特急は使わない。LCカーなどのクロスシート車を選んで乗るつもりだ。

 

松坂行の急行が入線してきた。

!!!

これは、5200系、3ドアクロスシート車ではないか!!!

初めて乗る。

88年に登場した急行用車両であるが、いままで乗ったことはなかった。

すばらしい。

4量編成なのに、トイレが2個所もあるのもすごい。

居住性が評価されてグッドデザイン賞を取った車両である。

今、割とグッドデザイン賞の敷居は低めであるが、当時、鉄道車両がグッドデザイン賞を取るのは珍しかった。

乗ってみると、流石に古びていた。

88年製である。JR東海やJR東日本ならとっくにスクラップである。

乗れてよかった。

しばし、車窓を楽しむ。眠い。そうだ、昨夜は掛け布団がなかったので、よく寝れていないのだ。

寝てしまっては、このクロスシートがもったいない。

が、寝てしまった。

 

伊勢中川からの各駅停車は2両編成ロングシートだった。

30分待てば、急行が来る。これはLCカーかもしれない。可能性にかけよう。

温かい今の季節、外のベンチで待つのはなかなか心地よい。

そして来た。

!!!

なんとまた、5200系ではないか!

何という幸運。

そして、ガラガラ。

伊賀の里山の風景を存分に楽しみつつ、青山町へ。

青山町から大阪上本町行き区間急行に乗り継ぐ。

!!!

またしても5200系!!!

ほっとして、またうつらうつらしてしまった。

気づけば八尾である。後ちょっとしかないではないか。

ダイナミックな複々線区間で阪神車と並走。

大阪だ。

 

今回の幸運を全部使い果たしたかのような後ろめたさを感じつつ、下車。

 

 

動物園前で下車すると、いつもの賑やかな街が待っていた。

釜ヶ崎。何度来ても面白い街だ。

しかし眠い。

前にも来た釜ヶ崎芸術大学ココルームへチェックイン。

ここはスタッフさんがとってもフレンドリー。値段も安い。というか、前回来た時は3000円だったのだが、今回は2000円である。なにがあったのか・・・

 

同じ部屋の、ジョージア帰りのあきらさんとたくさん喋り、寝る。

「昔の友達に会いなさい~」という◯手事情社のY元氏のセリフ。

確かに昔の友達に会うと自分のことがよく分かる。

幼馴染のHちゃんにはずいぶん考えさせられた。昔の私の人間関係が如何に不遇だったかということがよく分かる。本当に20歳までの私の人間関係は最悪であった。

 

20歳を過ぎて人生は180度好転する。

なぜだろう、家を出て就職してから友人に恵まれた。それは気の合わない先輩もいた(K嶋さん、S記さん)でもそれ以上に愉快な人間関係でいっぱいだった。その中のひとりがA部先輩だ。同じ学校の先輩。在勤中は良くしていただいた。

何しろ、ほぼ毎日、私と同期のY本さんが住むアパートに立ち寄って、飲みまくっていたのだ。A部さんは、酔っぱらい運転で8キロ離れた自宅に帰っていった。しかし楽しかった。

スキーにも行きまくっていた。毎週末のようにハンターマウンテンやら羽鳥湖やらがくらみつまたなどのように遠距離をドライブし、スキーを満喫していた。

 

A部さんとの交友期間は私の遅くなった青春だったと思える。

 

数年後、A部さんは本社に異動になった。さらに数年後には退職し、先に退職したS木さんの会社へ呼び込まれた。それからA部さんは外資大手ハウスメーカーに転職するが、その後はニートになったり、再び転職したりで不安定な生活となる。現在は従業員3人の外構会社にいるとのこと。働きやすいらしい。

 

LINEではなしていると、だいぶ前に離婚したり、糖尿病を患ったりでちょっと心配である。

 

朝10時40分。東京駅八重洲口発の高速バスブルーライナーで名古屋へ。3列シートでAC電源もWifiもあり、快適。5時間はあっという間。

 

あべさんは、大雨の名古屋駅へクルマで迎えに来てくださった。プロボックス。会社の車らしく、資材・工具が大量に積んである。

運転席のA部さんは、予想よりも元気そうであった。

45分くらいかけて国府宮へ。自宅にお邪魔したが、A部さんらしく大量の趣味モノをきちっと整理していた。

回転寿司でだらだら喋る。

お互いの記憶がすれ違っている感じ。阿部さんが覚えていることを私が覚えていない。

スキーへ行って、ビジネスホテルに泊まった際、私がこっそり忍び込んで床に寝ていたことなど、私は覚えいてなかった。A部さん宅でタコスパーティーをした際、タコシェルが燃えていたことは、A部さんが覚えていなかった。

A部さんは、自分語りもするが、こちらが話すとちゃんと聞いてくれる。そーゆーところは幼馴染のHちゃんと全く違う。

 

A部さん宅に戻り、Y本さんに電話してみる。Y本さんは電話に出てくれた。テレビ電話で喋る。

Y本さんとA部さんは35年ぶりの会話らしい。

 

私の分の布団はあったが、掛け布団がなかった。Aさんは自分のを貸してくれようとしたが、私は断った。

 

会社を離れると、実際は一生の別れになったりする。

こちらからアクションをかけることが大事だ。

駅まで送ってくださる間、A部さんともしかしたら最後かもしれないなとちょっと考えた。

6月も色々あった。

 

しつこい水虫

いびき対策で動き出す。

いびきで儲け主義の医者に捕まるも離脱、耳鼻科へ、日中の眠気は無呼吸症候群ではなく目眩が原因かもしれないということで投薬

ニコレット値上げ。やめる良い機会か

母、妄想がちょっとずつ出てきている。金、携帯の位置。夜勤の男性介護士がターゲットか

図書館で借りた本をちょくちょく読むようになった。

妻とスターウオーズやマイケル映画を見る。マイケルは役者が健闘していた、もっと暗い歴史も知りたかった。

農作業は相変わらずきつい。農作業の時だけ目眩たちくらみが出るのはなぜか

仕事、D産業さんからチラシ配布地区から閲覧者流入数を特定したいとこう依頼。AIに聞きながら設定してみる。グーグルアナリティクス。難しい。

茶屋で会った旅人がWebデザインを始めていた。私よりずっとデザインがうまい。AIに聞くと、私のデザインは2019年で止まっているという。なるほど。勉強し直さなくては。

ボランティアの検索をしているが、順調でない。

高尾山に登った。熊が怖いので縦走はせず、小仏城山手前でピストンで帰ってきた。体力の劣化が激しい。途中、ベンチがあるたびに休んだ。

投資のセミナーに行った。なかなか良かった。

ひろくさんと前衛彫刻家の展示を見に、森美術館へ。

そのひろくさんの出品を見に川崎へ。

建築の展示をみにWHAT美術館。

現代美術館にも行ったが、よく覚えていない

高輪ゲートウェイの美術館を見る。企画展には高いので入らなかった。

妻と、週末のたびに三の輪湯に行っている。

今月は昭和歌の会はなし。旅人トークではさとーるさん出席で、はじめちゃんと話す時間がなくてとても快適・楽しかった。

震災対策で台所窓際の家具を固定したが、他の家具が全然固定できない。どうすればいいか本当に頭が痛い。

妻と電子ゴッホ展?みたいなのを見に行った。なかなかいい時間が過ごせた。行きにバスに乗りそこね、タクシーで向かい、割引分の金が飛んだ。笑

学園町のカフェ「The Base」へ行ってみた。オーナー夫婦とアートの話がはずんだ。

デザイン製品展。雑貨の茫洋とした展示会。印象なし。

アーティゾン美術館でエットーレ・ソットサス展。最高。辛いことがあったらここに来ればいい。

 

ほとんど毎日アマプラで妻と「ウルルン滞在記」を見ている。

妻といる時間は本当に大切で、幸せだと思う。

 

こう書くと、なかなかアクティブであそんでばかりの月に見える。なかなか元気だ。だが、実際はぐったりしている時間も長い。日中眠気(とうか、強烈な不快感、不安感)があり、逃げるように横になるケースが多い。なんとかしたい。原因はめまいか、無呼吸症候群か、うつ病か。

 

 

来月は高速バスでF社の先輩だったAべさんに会いに行く。昼間の高速バスで名古屋へ。3列シートで電源とWifiもついているのでとっても楽しみ。ついでに大阪・釜ヶ崎に3泊して、大阪のポストモダン建築を見てこようと思う。帰りはやはり昼間の高速バスだが4列シートでWifiなし。耐えられるか心配。