Mi-Ke(みけ)『想い出のG.S.九十九里浜』
最近ひょんなきっかけがありまして、初めてMi-Keを手にしてみる機会に恵まれました。
シングル「想い出の九十九里浜」がヒットしていた当時は、TVで大量に流れているのを耳にするも、特に音源を買うことはしておりませんでしたし、その後も1,2曲くらい、同じくTVで観てるだけでも耳残りのあるシングルがあった記憶ですが、そのくらいの認識で自分の中では終わっていたのでした。
がしかし、実際CDを買う、買わないにしても、日本国民には大きな記憶としては残っていたと思います。
そして今回初めて前のめりで掘ってみたところ、とんでもなく面白いグループ、いや、プロジェクトだったことを知るに至ったわけです。
まず、単なるボーカル・グループではなく、“プロジェクト”という大きな枠組みを前提として活動してたんだと知って驚き。
(実際に「我々はプロジェクトです」と言いながら活動をしていたわけではなかったですが)
もちろん、当時からちゃんと追っていた方々には既知も既知な話しではあるのですが、当時子供だった自分にはそんなメタ視点は当然なく、大人になった今だからこそ一番興味をそそられた点がそこなのです。
《ディスカバー60’s》がこのグループ、いやプロジェクトのコンセプト。
まずデビュー曲「想い出の九十九里浜」にて ”ディスカバーGS” を遂行。
リリースの91年当時に現在と同じく”レトロブーム”があったかどうか覚えておりませんが、当時としても明らかに古めかしいメロディーにとても新鮮味を感じた記憶があります。
ワイルドワンズ「想い出の渚」のタイトルをもじり、歌詞の中にも様々なGSの楽曲タイトルを織り込み、GSパロディ感を演出。
が、メロディー展開やコード進行をよくよく聴いてみると、ザ・ピーナッツにおける ”宮川泰ワークス” 感が相当強い。
私「いやGSちゃうんかい」
ちなみに、この曲が出た翌年に流行ったセーラームーン主題歌「ムーンライト伝説」も全く同じコード進行とメロディ展開をしており、「想い出の九十九里浜」と参照元が同じなのか、「想い出の九十九里浜」自体を参照したのか、検証したいところです。
(と思ったらすでにネット上でそうとう擦られてる話題なの草)
そしてシングル「想い出の九十九里浜」の後にリリースされたのが、アルバム『想い出のG.S.九十九里浜』。
「想い出の九十九里浜」を1曲目に置き、その他はGSを代表する楽曲のカバーを収録したアルバムです。
なんとこのカバー曲がとても秀逸で、各曲のアレンジに当時の ”ビーイング王道J-POPロック” が施されており、新鮮味と哀愁味と安定感が付加されてて、非常に相性が素晴らしい出色の出来。めちゃくちゃグッときました。
原曲のイメージを崩さない系のカバーではなく、今風にアレンジする系のカバー。
なによりMi-Keのコーラスワークが素晴らしく、さらにもう一段階グッときました。
そもそも歌唱力が高い方たちなんですね、ということもここで初めて知るわけです。
全体を通して「想い出の九十九里浜」から違和感なく全部聴けてしまうのも推しポイント。
その後も全く同じ要領で
《ディスカバー歌謡曲》のシングル「ブルーライト ヨコスカ」と、いしだあゆみ、黛ジュンなどの歌謡曲カバーを収録したアルバム『懐かしのブルーライトヨコハマ ヨコスカ』のリリース。
《ディスカバー サーフィン・ミュージック》のシングル「サーフィン・JAPAN」と、ビーチボーイズ、ベンチャーズのカバーを収録したアルバム『太陽の下のサーフィン・JAPAN』のリリース。
などなど、洋邦交えた《ディスカバー60's》プロジェクトが続いていくのでした。
個人的にはその『太陽の下のサーフィン・JAPAN』が激推し。
ここでふと思ったのが「クリエーターが凄くラクしてる!!」です。
アルバム10曲くらいの中でオリジナル曲が1曲だけ、しかも、その曲もほぼほぼコード進行は当時の曲の王道的なコード進行を拝借しているので、大分ラクに作られている印象。
そのためMi-Keの活動期間約3年の間に7枚ものアルバムが制作されているという、爆笑に値する量産。
ビーイングがよく揶揄されていた〈質より量〉の企業体制が正に露わになったプロジェクトなのでした。














