<松岡圭祐小説を時系列順に読もう~その9~>
松岡圭祐『千里眼の瞳 完全版』(角川文庫)
徳間書店ハードカバー版、小学館文庫版(『千里眼 メフィストの逆襲』と『千里眼 岬美由紀』の2冊に分割して発売)、そしてこの角川文庫版、すべて内容が微妙に違います。
ハードカバーにはダビデが出てきません。小学館文庫版でダビデが初登場します。角川版では前作『千里眼の復讐』から続くシーンが冒頭に追加されており、何とも分厚い文庫本になっています。
旧作では『千里眼 洗脳試験』で友里佐知子の死亡シーンがありますが、『千里眼の復讐』ではまだ生きています。本作に追加されたシーンで友里の死亡シーンが描かれます。
本作以降のクラシックシリーズは、大規模な改稿はありません。部分的な改稿は行われていますが、不十分で、種々の矛盾や不自然な設定が生じてしまっています。
完全版しか読んだことが無くて「この場面、何か文脈がおかしい」と感じたら、図書館や古本屋で旧作を探して読んでみるとよいでしょう。「ココをコウいじったからおかしくなっているのか」と納得できるかもしれません。
キャラ読みする私としては、小学館版も面白いんですよ。倉石勝正、嵯峨敏也、朝比奈宏美、岬美由紀でセンターから独立して一緒の職場で働くんですから。
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・友里が大学生・福田博晃の住所を本人のブログ及び他人のブログをもとに調べます。ここまでスムーズにいくとは限りませんが、十分ありうることです。一見関係ない情報であっても繋ぎ合わせれば、思わぬ情報が浮き彫りになる。ネット社会の便利さであり、怖さでもあります。
・友里の最期があっけない。
・長崎医大で精神科医をしているという田辺博一。この人物は松岡圭祐の単発作品『水の通う回路』にも登場しています。職場を変えたんですね。ちなみに『水の通う回路』はまず幻冬舎でハードカバー発売(1998)、『バグ』に改題して徳間文庫から発売(2001)、『バリア・セグメント 水の通う回路 完全版』として小学館文庫から発売(2006)、『水の通う回路 完全版(上・下)』として角川文庫から発売(2009)、といろんなバージョンが存在します。
・白のロングワンピースに麦わら帽子の岬美由紀。この設定、必要なのでしょうか。
・岬が飛行場の整備士に車を貸すシーン。小学館文庫版では「クルマのなかでヘンな真似しちゃだめよ」というセリフがあります。それに対して整備士の「はい、それはもう。約束します」というセリフがあったんですが、今作では「事故には気をつけてね」に対する「約束します」になっています。意味が通らないわけではありませんが、旧作を知っているがゆえに、若干不自然に感じます。
・嵯峨敏也は何のために休暇を取っていたのでしょうか。あまり休暇を取りそうなタイプではなさそうですが。小学館版では、前作『千里眼 洗脳試験』で大きなダメージを受け、上司の助言により3か月ほど長期休暇を取っており、そこから復帰するというシーンでした。
・「"D"なる人物」からの手紙を読む岬。小学館文庫版では手紙の終わりに「D」という記載があったのに対し、完全版ではなくなってしまいました。これでは差出人不明です。
・「ゴリアテ」があって「ダビデ」というコードネームなんですね。不勉強なもので、知りませんでした。
・p396、「つい数時間、顔をあわせなかっただけ」とありますが、この日、嵯峨と岬は会っていません。旧作の記述が残ってしまっています。駆け寄って抱きしめたい、というのもこれまでのクラシックシリーズではあまりそういう感情の記述はありませんから、ちょっと不自然ですね。
・李のゲームセンターシーンは面白い。李のセリフには「そういう捉え方もあるのか」と考えさせられます。そういえば、種子島からロケットが打ち上げられた時のニュースをどこかの海外報道記事で読んだら「spy satellite」となっていて驚いたことがあります。テレビのニュースをみるだけでは「何か衛星打ち上げたんだな」くらいにしか思ってなかったので、日本もそういうことやってるんだなと勉強になりました。無知は怖いものです。
・酔った岬も面白いです。
・東京カウンセリングセンターの嵯峨のオフィスには「天井も壁も和室のつくり」の部屋があるようです。若干苦しいところ。
・p614、「斉唱」とは複数人で同じ旋律を歌うことです。ここでは「独唱」の方がいいですね。
・最後に「アンニョンヒ・ケシプシオ」「アンニョンヒ・カシプシオ」と外国語での別れの挨拶が出てきます。旧作では前もってこのフレーズが登場しているのですが、完全版ではこの最期の場面以外無くなっていますので、唐突な印象です。旧作シリーズ読者のためのサービスで残しておいたんですかね。