背後から近付く歪んだ気配を感じながら、少女を背に乗せた黒犬が森をひた走る。
 このまま街まで走り抜ける。
 黒犬はそう決めていた。鬼を連れて街に駆け込むなど褒められた行為ではないが、背に腹はかえられない。
 だが、血を流しながら走る黒犬の速度は目に見えて衰え、逆に鬼の方は次第に速度を上げていた。
 運が良ければ身が持つと思っていたが、甘かった。これでは森を抜ける前に追いつかれる。
 ――駄目だ。街まで届かない。
 追いつかれる。それは二人の死を意味していた。リサリサも黒犬も、それを理解している。そして、最悪の場合どうすれば良いのかを考えていた。
 先に結論を出したのは、リサリサの方だった。

「……下ろして」
 リサリサはしがみついた犬の背に向かって小さく呟いた。
 ――なんだと? 「私を下ろせば、あの鬼はがじちゃんを追いかけられないかも」
 ――駄目だ。俺は逃げられるだろうが、そんなことをすれば間違いなくお前は死ぬ。
「でも、このままじゃ追いつかれるよね」
 ――まあな。
「そうしたら、二人とも死んじゃうよ。だから……私を下ろして。一人で逃げて」
 ――ふん……。
 黒犬が速度を緩め、リサリサを地面に立たせた。実際の所、彼女を乗せて走るのは限界に近かった。
「隠れてれば、もしかしたら助かるかもしれない……よね」
 ――いや。あの鬼には制約の環があり、その主人はお前だ。確実に見つかるだろう。そして、見つかったが最後、お前が生き延びる可能性は万に一つも無い。
「もしそうなったら、ルドラさんの処にでも行って。あの人なら少しはマシでしょ」
 ――あんな山賊だらけの処に行けるか。ルドラに会う前に禿頭が主人になったらどうする。それに……まあ良いか。
 リサリサは思わず吹き出した。こんな時に笑える自分が不思議だった。
「だけど、もう、仕方が無い」
 ――お前は死を覚悟したようなふりをしているが、違う。考えようとしていないだけだ。お前は死から目を逸らしている。それは恐怖からくる逃避に過ぎない。お前みたいな奴が死を受け入れる事などできやしない。ましてや覚悟するなど、絶対に不可能だと断言できる。後から泣いても遅いぞ。考え直せ。
 リサリサは、そうだよね、と俯いた。
「本当は……がじちゃんの云う通りだって、解ってる」
 云って、気付いた。そうか。さっき笑えたのは、そのせいだ。自分はこれを夢か何かだと、そう思いたがっている。死んでしまえば目が覚めるのだと、そう思いたがっている。
 現実感があるままでは、自分の心が耐えられないから。
 でも、それを自覚しても、自分の力では結局どうすることもできない。
 だから、リサリサはこうすることを決めていた。顔を上げて、黒犬の青い眼を見つめる。
「でも逃げて。……これ、命令よ」
 リサリサは命令を下した。せめて、この犬だけはこれ以上傷付けたくなかった。二人とも死ぬか、自分だけが死ぬか。選択の余地など無かった。
 だが、黒犬は少女を見返した眼を僅かに細めて、穏やかに告げた。
 ――逆だよ、それは。
「……え?」
 ――逃げるのはお前、囮が俺だ。俺が戻ってあいつを足止めするから、お前は街まで走って衛士でも冒険者でもとにかく人を呼べ。二人とも生き残る可能性があるのは、これしかない。……だから、命令は却下する。
「そんな!」
 ――たまには俺にも命令させろよ。……逃げてくれ。頼む。
 云って、黒犬は微かに口許を綻ばせた。その表情の変化はほんの僅かなものだったが、リサリサは彼が微笑したのだと確信した。
 黒犬がくるりと向きを変え、遺跡の方へ――鬼の来る方へと走り出す。
 リサリサは一瞬後を追おうとして、そうすることが彼に対する裏切りになると気付き、踏みとどまった。
 そして、少女は泣きながら街へと続く道を走り出した。



 五味が遺跡を抜けると、森の拓けた部分に赤い血が零れていた。そして、重なるようにして灰色の体液も。
 二色の血液は点々と道に沿って先へと続いている。
 シレネに向けて移動しながら、誰かが鬼と戦った痕跡だ。赤い血の主が誰であるかは考えるまでも無い。
 五味は血の跡を追って、森を走った。

 ……遠い。
 鬼の方はともかく、そうでない者がこんな距離を、こんな出血で、戦いながら移動できるのか?
 疑問と不安をない交ぜにしながら、五味は更に走る。
 あとほんの少しで森を抜けてしまう。まさかシレネまで行ったのか、と思ったが、そうではなかった。
 森の出口に、鬼が立っているのが見えた。 今や土色ではない。鬼は全身に赤い返り血を浴びた上、流れる灰色の体液が斑に入り混じって二目と見られない醜さを呈していた。
 醜悪な巨体の足元には、鬼と比して随分小さな黒い影が横たわっている。
 倒れているのは、犬だ。その周囲を染める赤黒いものが、次第に地面に広がっていく。
 鬼が振り返る。
 喉笛と左目を失った鬼が、残った片方の白い眼で五味を見た。腕や脚で骨まで剥き出しになった傷口が、次々と塞がっていく。
 五味は走り込みざま武器を構え、そのまま鬼に向かって更に加速した。
 再生の時間は与えない、この一瞬で決着を付ける!

[BossMonster Encountered!]

vs 血に染まる鬼

禍鬼マリグナ 3200/3800 再生

五味 670/670 再生
クォッチ 673/673 隠密
クレティウス 751/751 再生
GEO 678/678 隠密

GEOの攻撃!キュアライト!
GEOはなんともない!
五味はなんともない!
クォッチはなんともない!
クレティウスはなんともない!

五味の攻撃!スロウ!
禍鬼マリグナは荷重が48増加!

電磁の力場が10になった
クォッチの攻撃!ヒーリングフィールド!
GEOはアウェイク!
五味はアウェイク!
クォッチはアウェイク!
クレティウスはアウェイク!

クレティウスの攻撃!ウィークネス!
2連携! 禍鬼マリグナは攻撃力が89減少!

禍鬼マリグナは再生する!
禍鬼マリグナは380回復!
禍鬼マリグナの攻撃!
五味は235ダメージ!



禍鬼マリグナ 3580/3800 再生

五味 435/670 再生
クォッチ 673/673 隠密
クレティウス 751/751 再生
GEO 678/678 隠密

五味は再生する!
五味は67回復!
五味の攻撃!ガードスタンス!
五味は防御力が7増加!囮!

クレティウスの攻撃!フォースシールド!
五味は防御力が13増加!アウェイク!
クレティウスはアウェイク!
GEOはアウェイク!
クォッチはアウェイク!

GEOの攻撃!パワーサージ!
2連携! 禍鬼マリグナは電磁耐性が51減少!

電磁の力場が20になった
クォッチの攻撃!ウィークネス!
禍鬼マリグナは攻撃力が64減少!

禍鬼マリグナは再生する!
禍鬼マリグナは220回復!
禍鬼マリグナの攻撃!ペインリフレクション!
五味はなんともない!
クレティウスはなんともない!
GEOはなんともない!
クォッチはなんともない!



禍鬼マリグナ 3800/3800 再生

五味 502/670 囮再生
クォッチ 673/673 隠密
クレティウス 751/751 再生
GEO 678/678 隠密

GEOの攻撃!ブレスウェポン!
GEOは攻撃力が26増加!アウェイク!
クレティウスは攻撃力が59増加!アウェイク!
五味は攻撃力が61増加!アウェイク!
クォッチは攻撃力が24増加!アウェイク!

クレティウスの攻撃!スロウ!
2連携! 禍鬼マリグナは荷重が76増加!

五味は再生する!
五味は67回復!
五味の攻撃!キュアライト!
GEOはなんともない!
クレティウスはなんともない!
五味は101回復!
クォッチはなんともない!

電磁の力場が30になった
クォッチの攻撃!ディヴァイントランス!
クォッチは205ダメージ!
クォッチは同調が175増加!

禍鬼マリグナの攻撃!アルゲシアスマッシュ!
五味はなんともない!



禍鬼マリグナ 3800/3800 再生

五味 670/670 囮再生
クォッチ 468/673 隠密
クレティウス 751/751 再生
GEO 678/678 隠密

五味の攻撃!ヒーリングフィールド!
五味はアウェイク!
クォッチは205回復!アウェイク!
クレティウスはアウェイク!
GEOはアウェイク!

電磁の力場が40になった
クォッチの攻撃!エンチャントウェポン!
2連携! 五味はアウェイク!
2連携! クォッチは魔力が70増加!アウェイク!
2連携! クレティウスはアウェイク!
2連携! GEOは魔力が84増加!アウェイク!

クレティウスの攻撃!ヒーリングフィールド!
3連携! 五味はアウェイク!
3連携! クォッチはアウェイク!
3連携! クレティウスはアウェイク!
3連携! GEOはアウェイク!

GEOの攻撃!エンチャントウェポン!
4連携! 五味はアウェイク!
4連携! クォッチはアウェイク!
4連携! クレティウスはアウェイク!
4連携! GEOはアウェイク!

禍鬼マリグナの攻撃!メメント・モリ!
五味はなんともない!
クォッチはなんともない!
クレティウスはなんともない!
GEOはなんともない!



禍鬼マリグナ 3800/3800 再生

五味 670/670 囮再生
クォッチ 673/673 隠密
クレティウス 751/751 再生
GEO 678/678 隠密

五味の攻撃!ブレスウェポン!
五味は攻撃力が47増加!アウェイク!
GEOはアウェイク!
クォッチはアウェイク!
クレティウスは攻撃力が47増加!アウェイク!

GEOの攻撃!ヒーリングフィールド!
2連携! 五味はアウェイク!
2連携! GEOはアウェイク!
2連携! クォッチはアウェイク!
2連携! クレティウスはアウェイク!

電磁の力場が50になった
クォッチの攻撃!スロウ!
2連携! 禍鬼マリグナは荷重が75増加!

クレティウスの攻撃!エンチャントウェポン!
五味はアウェイク!
GEOはアウェイク!
クォッチはアウェイク!
クレティウスはアウェイク!

禍鬼マリグナの攻撃!アゴニィ!
五味はなんともない!
GEOはなんともない!
クォッチはなんともない!
クレティウスはなんともない!



禍鬼マリグナ 3800/3800 再生

五味 670/670 囮再生
クォッチ 673/673 隠密
クレティウス 751/751 再生
GEO 678/678 隠密

五味の攻撃!ジェノサイド!
禍鬼マリグナは992ダメージ!

電磁の力場が60になった
クォッチの攻撃!サンダーテンペスト!
禍鬼マリグナは7652ダメージ!
禍鬼マリグナは倒れた!


 鬼の巨躯が水平に吹き飛び、樹木を激しく軋ませて血肉を散らし、地に落ちる。
 その口から、傷から、どぼどぼと灰色の液体が噴出した。間髪入れず、五味は倒れた鬼の許に駆け寄った。
 二度と再生しないよう。
 肉の一片すらこの世に残さぬよう。
 完膚なきまでに止めを刺した。



「がじちゃん!」
 街の方角から声が聞こえた。五味が顔を上げると、左右に結んだ髪を跳ねながら走り来る少女と、武器を手にした数人の大人達の姿が見えた。
 リサリサは地面を濁す鬼の残滓にも、灰色の血に染まった五味にも一瞥もくれず、真っ直ぐ黒犬の許へと駆け寄った。
 震える手で、その身体に触れる。
 まだ、生きていた。
 けれど、それは本当に“まだ”というだけだった。
 呼吸が酷く浅いし、苦しそうな雑音が混じっている。
 血と体液は止め処も無く流れ出ている。
 切り裂かれた傷は内蔵にまで達していた。
 何をどうすれば良いのか判らなかった。だから、ただ黒犬の傍に座ってその上体を抱きかかえた。
 零れ出る血液が腕と地面を伝って、少女の服に染みていく。
 ――おい……汚れるぞ……。
 ようやく届いた彼の意識は、消え入りそうな程に弱々しいものだった。
 ――これで、良くやったほう……だろ?
 黒犬の青い目が、力無く少女に向けられた。
「どうして!?」
 嗚咽でリサリサの言葉が途切れた。涙が零れていた。
「だから……逃げてって云ったのに! 命令した! 命令したのに!」
 目の前で一つの命が失われつつある。それが判っているのに、何もできない。そんな自分の無力さが悔しかった。
「死んだら駄目! 死んだら絶対許さないから!」
 憎まれ口が返って来るのを期待した。だけど、それすらも無かった。
「がじちゃん、いやだよ!」
 ――――。
 黒犬の最期の思いが、リサリサの心に届く。
 彼が何かを伝えようとしたことが判った。けれど、それは言葉にする前に消えてしまった。
 少女の両手の中で、黒犬の体温が急速に失われて行った。

──End of Scene──
禍鬼マリグナ HP:3200/3800 再生
行動は前回とほぼ同じ

前作の2ターン目までに倒すのとは形式が大きく異なっているので注意が必要です