1月31日㈰病院へ
病室へ入る前は母がどんな反応をするのか緊張してしまう。
「お母さん」
母は少し驚いたように、
「あら~?どうしたの? 今日来るって聞いてなかったからびっくりしちゃった。」
点滴を打つ腕が左から右手に変っていた。
左側の腕には大きな内出血の後があった。うまく針が入らなかったんだろうな。
私が一昨日来た事は忘れられていた。
私が娘だって事はちゃんとわかってる。でもどうして病院にいるのかよくわからなくなっているみたい。
母「帰りたい。もうここにいるのは嫌なの。」
私「帰りたいんだね。どこに帰りたいの?」
母は私を指さす
私「連れて帰ってあげたいけど、お母さんちゃんと食べないから帰れないんだよ。」
母「食べてるもん。」 と言ってふくれっ面をする。
私なんてふくれっ面なんてしたことないけど、兄弟の下から2番目で育った母は都合の悪い事があると昔からふくれっ面をする。
「帰りたいな~。帰りたいな~。」
「ここの何が嫌なの?」
「雰囲気が嫌。」
そうだね。帰りたいよね。
昔、祖母のお見舞いに病院へ行った時にも同じセリフを言われた記憶が蘇った。
祖母は当時1人暮らしをしていた私に
「ハルちゃん、一緒に連れ帰って。 ここは嫌なの。」と言った。
「おばあちゃん、もう少し元気になったら連れ帰ってあげんだけどな。 また来るからそれまでしっかり食べて。」
まさか、母にも同じようにせがまれる日が来るとは。
ちょうどお昼時になり、母にも昼食が運ばれてきた。
栄養補給の点滴投与されているから食事は無いと思っていた。
今日の昼食はたらこスパゲティとスープとフルーツの盛り合わせ
母はコルセットを取った状態で横になっていたけど、食べるためには上体を起こす必要があり、そのためにはもろくなった骨を保護するためコルセットをしなければいけない。でも母はそれをどうしても嫌だと拒んだ。
体を動かすと痛みが走るからだろうかと看護師さんが、「じゃあ痛み止めを飲みましょう」と勧めてくれる。
「薬は飲むけどコルセットはどうしても嫌だ。食べるのも嫌だ。 そっとしておいて欲しい」と顔をくしゃくしゃにしてだだをこねる。
「食べなきゃ帰れないんだよ。看護師さんのいう事聞かなきゃダメだんだよ。」とたしなめると
「なんでそんな怖い言い方するの?もう帰りたい。」と言う。
ふくれっ面の頑固者。
看護師さんは痛み止めを飲ませて、じゃあ薬が効く頃コルセットはしなくてもいいので、今より状態をもう少し起こして食べましょう。と言ってくださった。
まだ喉の痛みがあるようで、薬を飲むのもやっと飲み込むような状態なので、時間を置いても食べられなさそう。
食べるのを見届けるまではいられず、看護師さんにあとはお願いして帰る。
「お母さん、明日また来るからね。」
「あんた、気を付けて帰るんだよ。」この時はいつもの母の顔だった。
でもきっと私が帰った直後にはもう忘れちゃうんだろうな。