nns's gamebox -3ページ目

nns's gamebox

nnsが作ったゲームの保管庫です。ご質問、ご感想等のコメントお待ちしております。

良かった良かった!


http://www.examu.co.jp/ex-blog/index.php?blogid=1&archive=2012-7-4


エクサムショップでの通販、また

メロンブックスにて委託だそうです。

既に予約も開始されているようです。よかったよかったヨカタン半島。


以下日記。

築地でお寿司食べた。狭い路地に二軒のすし屋が向かい合わせ、

そしてチラシを配ってお店に誘う両陣営の店員さん。

この殺伐感、むしろお客を遠ざけやせんだろうか…


でもお寿司、おいしかった!

ボーダーブレイクというゲームがゲーセンに登場してもう数年になる気がする。

稼動前後の状況は無論私も知ってはいた。通っていた秋葉赤セガのエレベータにも大量にポスターが貼られていた。

私自身若干の興味はあった。

しかし、正直カード作るのとか面倒くさいし、なんか操作が煩わしそうだし、面倒だし、別にゲームする必要を感じないし、云々、という理由で、遊びそこね、そのまま数年が経過した訳だ。


この度、周りの人達が楽しそうに遊んでいるという理由で、私も一丁遊んでみようか、と、カードを作成することを心に決めた。

以下、備忘録。


7月1日

初プレイ。500円。

二つの初心者講習を受けた後、三回の演習を行う。

操作に関して。左右ともに、親指の操作がネックとなる。

即座にしゃがめない。即座に武器変更できない。カタパルトにスムーズに乗れない。

近距離ロックの意義がわからない。

初期装備の強襲にて、おおまかに、プラント占拠をチマチマと行っていた。

●課題

1・武装変更できるようになる。

2・チャットできるようになる。


7月2日

2日目。500円。

全国演習を1回行うが、広大なマップの知識がなく迷子になり、水没自殺など繰り返した挙句、ド敗戦。

一度などは気づかぬうちにコアを攻められ、気づいた時には5%程度になっていた。エリア移動で慌てて駆けつけて排除しても残り1%。その後、さわやかにコアを破壊される。

やることが色々あることを知る。

残りは店内演習で闘っていたが、これも敗戦続きだった。

自分が何をすればいいのかわからない。

何をすればチームに貢献したことになるのかもわからない。

対面してマシンガンをチマチマ撃ちあって歩兵と歩兵の交換のようなことをすることも何が楽しいのか判らない。

何が面白いのかわからない。

●できるようになったこと。

1・手榴弾を投げられるようになった。但し、どういう放物線を描き、いつ爆発するかなどはまったく体得できていない。

2・メッセージを飛ばせるようになった。だが、聞けはしない。

●課題。

1・ブーストを切らさない。

2・マシンガンを生かす方法を考えること。

3・アサルトチャージャーの使い方がようわからない。

・・・

対面で戦っても甲斐がないのなら、相手の裏に回りこむように戦うべきなのだろうか。

このゲームは、

・多対一の状況を作る

・一対一だったら、死角から不意打ちする

・一対多なら、逃げる

のが良いのだろうか。


7月3日

3日目。500円。

全国演習に2回ほど出る。雪景色の中、プラント占拠もできず、のこのこ出てみれば敵にバズーカやら剣であっさり殺され、敵陣に手榴弾を投げ込んでも何も生じない。

一体何をすればいいのかが未だにわからない。

勝利はしたが貢献度はドンケツが続いた。

……遊びながら、小中学校でのバスケットボールやサッカーのことが思い出された。

あれは不思議な競技だった。ルールはある。だが戦術が子どもに教えられることはない。何をすればいいのかが教えられていない。

みんながボールを追いかけて走っている。何故走るのかがわからない。走ったところでどうにもならない。私は運動オンチで前線にいようが後衛にいようがクソの役にも立たない。

寂しい訳ではなかった。「私は運動以外の別のことが出来るから別にいいのだ」と思っていた。

だが、ボダブレを遊びながら、あれが実は寂しいことだということを知った。

というより、学校の世界の中では運動はその一部に過ぎないが、ボダブレの世界にはボダブレ以外のことをするという選択肢がない。

筐体の前に座りながら、端的な虚無を感じていた。

・・・

私はゲームが好きではない。

というより、ゲームをわざわざしないでも楽しく日常を過ごせる程度には趣味を持っている。

ゲームを遊ぶよりはゲームのことを考えて作るほうが好きだし、絵を描いたり本を読んだり考えをめぐらせることがそれだけで十分に楽しいという生活を送ることが(幸いながら)出来ている。

ボダブレを続けるか否かの天秤を心の中で静かに計測していた。

●できるようになったこと。

・カタパルトにスムーズに乗れるようになった。

・敵が物陰にいる時に反射的に手榴弾をポイポイ投げられるようになった。が、効いているかどうかは不明。

・メッセを飛ばせる。

●まだ出来ないこと。

・楽しむこと。

●課題。

・楽しみを見つけること。


7月4日。

ゲーセンに行かなかった。

高田馬場BIGBOX。ナイトレイドのロケテに行って以来全く用事のなかった場所だが、今日久々に出向いた。

BIGBOX6階のタイトーステーションは、UFOキャッチャー、各種大型筐体が豪勢に並んでおり、今時のアミューズメントパークという奴だった。

ゲーセンに立ち寄るのも久々だがこういうビデオ非主体のゲーセンに立ち寄るのはいよいよ久々だった。


人を待っている間、何となくUFOキャッチャーのお菓子に手を出したら、見事なまでに短時間に1000円近くのお金を飲まれた。

すさまじく短い時間に、結果を見つめる緊張感、「次のトライではこうしてやる」という挑戦意欲、「失敗したか、ではどうしよう」という試行錯誤、更には「ここまでつぎ込んだからには今更退けない」という執着心までもが喚起させられている。しかも1トライの短さがこのループの心理障壁を減らしている

頭の良い機械を考えた人が居たもんだ、と驚かされる。

・・・

池袋ライノでも思ったが、対戦格闘にプレイヤーがコインを楽しくモリモリと入れているのを見ると、

1プレイで20分~30分遊んで体力を消費しきってしまうSTGはエコライフどころの騒ぎじゃない、何か金銭感覚を間違えた産物なのだとつくづく思わされる。

仮に私がビデオゲーム主体の店で1000円を使いきろうと思ったら、何時間かけねばならないのだろう。前に私はSTGに1000円を落とすということを敢行しようとしたが、2プレイ目辺りで体力が尽き、いやそれ以上に椅子に座って画面に拘束され続けることに飽き飽きしてしまって、追加3クレジットだけ筐体に突っ込んで帰ってしまった。

UFOキャッチャー並みのSTGなんてのを考えると、気が滅入って来る。あのモニターとあの椅子に価値を感じる人間がどれくらいいるかな。


そんな中、人と会って、ついでにその人の音ゲーのプレイを拝見することとなった。

今日日の音ゲーはあれこれあるみたいで、

超大量エアホッケーの電子版みたいな「リフレクビート」だとかを見ると、これSTG以上の判断力が要請されているだろと驚いてしまう。

私が拝見したのは「サウンドボルテックス」。昨年冬に稼動開始したらしい、3D空間の譜面を突き進む音ゲーだ。

譜面の複雑さやツマミ操作のビジュアルの面白さ、そしてスピード感に、クラクラしながらも感動していた。

話を伺うに、このゲームの楽曲は、動画サイト等で活躍するアマチュアの編曲家に編曲や作曲をお願いし、また表題絵等も上手いアマチュアが寄稿するという形になっているらしく、

客側の持つ創造性を上手く喚起しつつ、それをゲームへと取り込んでいる様子だった。

頭の良い話だ。


こういうプレイヤー側からの創造性、STGとかいったビデオゲームではまずはありえないだろう。

仮にそれがあったとしたらそれはむしろ「身勝手な調整案」だとか「自作ゲームの制作」とか、つまりはゲームそのものの生産性に結びつかない方向に流れることが多い。「制作側に回る」がようやく唯一の寄与になるのかもしれない。

プレイヤーの創意工夫意欲を呼び起こし、しかもそれをゲームそのものが汲み取って自己拡大していくようなゲームはあり得るのか…?

と考えると、やはりどうにも手詰まりな気がしてくる。


音ゲーの持つこの独特の自由さと開けに、つまり音ゲー世界の住人がいろいろなアプローチでそこに関わり、そこに可能性の広がりを感じることが出来るということに、うらやましさを覚えた。・・・こういう創造性は無論音ゲーだから許されるものではあるのだろうが、暫く音ゲーに集まる人は居続けるだろうな。


・・・まあ、プレイヤー側の創意工夫、といったら、

考えたら格闘だったらコンボルートの開発とか、STGだったら攻略法とか、そういうのも立派な創意工夫ではあるのだろうけど。


可能性を感じる場所には人は集まるし人は居続ける。可能性を感じなくなったらその場所は静かに死んでいくのだろう。可能性というのはキーワードだと思う。