寝付けない夜がある。
そういう時は決まって、昔の嫌なことを思い出しては頭の中がぐるぐる回る。段々と胸がモヤモヤしてきて、更には不安になって、時には何故だか涙も流しながら朝が来るのを待つ。軽い鬱なのかもしれない。
そういう日が最近増えてきて頭の中のモヤモヤが晴れなくなってきたので、頭の整理を兼ねて文字に起こすことにしました。思いつくまま綴るので文章めちゃくちゃです。
嫌なこと、というのは決まって幼い頃の自分の家族のことで、小さい頃から順に嫌な思い出が頭をめぐるので本当に気が滅入る。
我が家は四人家族で、小さい頃は一般的な家庭だと思ってた。でも今思い返すと家族での楽しい記憶というのがすごく少ないし、家はいつもピリピリしていたように思う。
私が小さい頃、母は専業主婦で父は何故だかずっと家にいた。出勤している(会社勤めしている)記憶が全然ない。かといって家事をするわけでもないし、お昼からお酒も飲んでるしで、いわゆるダメオヤジだったのかもしれない。幼い頃、父に何の仕事をしているのかと尋ねたことはあったけど、教えてもらってもいまいち理解はできなかった。仕事場は父の自室で、もっぱら誰かに電話するという仕事ということだったけど、それが営業の電話なのかはたまたやばい系のお仕事の電話なのかいまだに分からない。
一応父の稼ぎはあったようだけど、母が内職していた記憶があるので生活は苦しかったのかもしれない。
夜になると、我が家はいつも大きな音がしてた記憶がある。
私が寝付いたあと、別の部屋から物音と一緒に怒鳴り声が聞こえてきて、毎夜目を覚ました。気になってそっと覗きに行くといつも母は泣いていた。
一応仲の悪さを隠していたようだけど、こんな様子を毎晩見て(聞いて)いたので、両親の不仲は小学生になる頃には認識してたように思う。
一緒に食卓は囲むけど、父は母が用意したご飯ではなく、自分が食べたい物を自分で用意して勝手に食べていたし、夏休みやお正月に母方のおばあちゃんちに泊まりに行く時にも父は絶対に来なかったし、どこか一緒に出かけてもすぐケンカになるしで「なんで結婚したんだろう」といつも思いながらふたりを見ていた。
両親の不仲を認識はしてたけど、まわりの友達が夏休みに家族旅行に行ったという話を聞いて羨ましくなった私は、ふたりにねだって旅行に行ったりもした。止めればいいのに。案の定すぐ喧嘩を始めてしまうので、私は嫌な気持ちと周りの目を気にせず喧嘩する両親が恥ずかしくて家族で出かける度に後悔した。とはいっても、家族旅行は記憶にある限り人生で三回あったかな?程度だったけど。
奇跡的に妹が生まれてから(不仲だったのに私が妹欲しいと言ったから多分母は我慢して子作りしてくれたんだと思う)は、いとこの家族旅行に混ぜてもらうようになったのと、できるだけ両親揃っての外食をしないようになったので『他人の前で喧嘩するお父さんとお母さん』の姿は見ないで済むようになった。これだけでもだいぶ私の心労は減った。
少しすっきりした気がするので今日はこの辺で終わります。
そういう時は決まって、昔の嫌なことを思い出しては頭の中がぐるぐる回る。段々と胸がモヤモヤしてきて、更には不安になって、時には何故だか涙も流しながら朝が来るのを待つ。軽い鬱なのかもしれない。
そういう日が最近増えてきて頭の中のモヤモヤが晴れなくなってきたので、頭の整理を兼ねて文字に起こすことにしました。思いつくまま綴るので文章めちゃくちゃです。
嫌なこと、というのは決まって幼い頃の自分の家族のことで、小さい頃から順に嫌な思い出が頭をめぐるので本当に気が滅入る。
我が家は四人家族で、小さい頃は一般的な家庭だと思ってた。でも今思い返すと家族での楽しい記憶というのがすごく少ないし、家はいつもピリピリしていたように思う。
私が小さい頃、母は専業主婦で父は何故だかずっと家にいた。出勤している(会社勤めしている)記憶が全然ない。かといって家事をするわけでもないし、お昼からお酒も飲んでるしで、いわゆるダメオヤジだったのかもしれない。幼い頃、父に何の仕事をしているのかと尋ねたことはあったけど、教えてもらってもいまいち理解はできなかった。仕事場は父の自室で、もっぱら誰かに電話するという仕事ということだったけど、それが営業の電話なのかはたまたやばい系のお仕事の電話なのかいまだに分からない。
一応父の稼ぎはあったようだけど、母が内職していた記憶があるので生活は苦しかったのかもしれない。
夜になると、我が家はいつも大きな音がしてた記憶がある。
私が寝付いたあと、別の部屋から物音と一緒に怒鳴り声が聞こえてきて、毎夜目を覚ました。気になってそっと覗きに行くといつも母は泣いていた。
一応仲の悪さを隠していたようだけど、こんな様子を毎晩見て(聞いて)いたので、両親の不仲は小学生になる頃には認識してたように思う。
一緒に食卓は囲むけど、父は母が用意したご飯ではなく、自分が食べたい物を自分で用意して勝手に食べていたし、夏休みやお正月に母方のおばあちゃんちに泊まりに行く時にも父は絶対に来なかったし、どこか一緒に出かけてもすぐケンカになるしで「なんで結婚したんだろう」といつも思いながらふたりを見ていた。
両親の不仲を認識はしてたけど、まわりの友達が夏休みに家族旅行に行ったという話を聞いて羨ましくなった私は、ふたりにねだって旅行に行ったりもした。止めればいいのに。案の定すぐ喧嘩を始めてしまうので、私は嫌な気持ちと周りの目を気にせず喧嘩する両親が恥ずかしくて家族で出かける度に後悔した。とはいっても、家族旅行は記憶にある限り人生で三回あったかな?程度だったけど。
奇跡的に妹が生まれてから(不仲だったのに私が妹欲しいと言ったから多分母は我慢して子作りしてくれたんだと思う)は、いとこの家族旅行に混ぜてもらうようになったのと、できるだけ両親揃っての外食をしないようになったので『他人の前で喧嘩するお父さんとお母さん』の姿は見ないで済むようになった。これだけでもだいぶ私の心労は減った。
少しすっきりした気がするので今日はこの辺で終わります。