あぁ、気づけば7月。



5歳と3歳の娘と共に
3人4脚をスタートさせた月。



そして
長いことシングルでいると
同じ質問を何度も受ける。


たとえば
「なんで離婚したの?」

そして
「なぜ離婚した旦那さんと仲が良いの?」




なんだか勢いで結婚して
冗談で離婚した夫婦みたいに
思われがちだけど
もちろんそんなハズはなく。





毎年7月になるとモヤモヤして
複雑な気持ちになるから
ここで一度だけ
すべてを吐き出してみよう。





たぶん
数回の更新になると思いますが

あくまで
自分の記憶メモなので
興味ないかたは
気持ちよくスルーしてください。












2006年7月


他に好きな人が出来て
家を出ていった夫。

離婚原因はそれだけ。



借金や暴力があったわけではないし
むしろ社交的で優しい人だった。






離婚するに当たって
私が悔しかったのは
夫に好きな人ができたことではなく

私や子供より
その人を選んだこと。

妻として
これ以上の屈辱はなかった。







毎日寝る前に泣いたのは
寂しさではなく怒りの涙。


あの頃は怒りのパワーだけが
原動力だった。








まずは仕事さがし。

専業主婦だった私には
資格も経験もない。



幼い娘を連れて面接。
その場で採用。






後に店長から


子連れで面接に来たのは
ゆうさんが初めて。

もし僕が採用を断ったら
恨まれるんじゃないかと思った。

それくらい
ゆうさんのインパクトが強かった。

って
笑いながら聞かされた。








話は離婚に戻して。


子供の親権は夫に渡した。

なぜなら私の怒りは
それ程までに大きかったから。



離婚したから
それで終わりは許さない。

子供に対する責任という
けじめをつけさせたかった。



あなたは子供の親権者。
私はあくまで養育者。

もし養育費を止めたら
あなたの子供がどうなるか
分かってるよね。

そういう意味でもあった。






ちなみに
向こうが提示してきた養育費は
相場より高額。

そこまでして
私と別れたかったということ。



もう話すことは何もない。

あっさり離婚成立。







離婚後、しばらくして
わが家に残した荷物を
取りに来たいと連絡があった。


しかし
久しぶりにパパの顔を見たら
娘は混乱するだろう。



だから私は
娘を公園に連れ出し、
その間に
荷物を取りに来てほしいと伝えた。




そしてその帰り、
今度は
「娘の顔が見たい」と再び連絡。



ならば
公園の少し離れた所から
ふたりの様子を見せてあげようと提案。






しばらくして
やってきた夫は
公園の高い位置から
そっとこちらを見ていたので

私はふたりをブランコに乗せ
背中を押した。






ふたりの無邪気な笑顔が
夫に届くように。



あなたは
こんなに可愛い娘を
置いていったんだよ。

っていう
私の気持ちが伝わるように。











つづきますね。