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死生観について話し合うことがないまま、母親が自分で食事できないほどにまで衰弱してしまい、兄弟で相談して胃瘻を行う選択をとったという話を耳にした

 

 

母親が胃瘻を望んでいたかはわからない

話を聞く限りその可能性は高くなさそうだ

しかし、きちんとした話し合いをして母親の意思を聞くことなく今の状況に陥ってしまったため、子供達に胃瘻をしないという選択肢をとるほどの勇気が湧かないことは容易に想像つく

 

 

この話が今まで考えたことがなかったことを考える機会をくれた

 

 

何もしないで自然に任せる、点滴をする、胃瘻をする、という3つの選択に迫られたとき、私はどうしたいんだろう

母や父はどうしたいんだろう

 

 

母に聞いた時、二つ返事で返ってきて驚いた

「何もしないで自然に任せて。人工的な延命は絶対に嫌、流れに身を任せて死にたい」と真剣な表情で言われた

 

 

そう言われてから今度は自分はどうだろうと考えてみた

なんの後悔もなく、伝えたい人に伝えたいことを伝えられた後だったら、もう何もしないで自然に任せて死ぬのが1番好ましいと感じた

でも例えば逆に、もう少し生きていたいという理由があったら?

もう少し生きれば孫の顔が見られるとか、海外に住んでいてすぐに会うことができない大切な人に最後一目でも会いたいとか、、、

そういう場合は点滴の力を借りて少し長く生きることを望むのかもしれない

3つ目の選択肢である胃瘻には、個人的に強い抵抗感がある

 

 

じゃあ父はどうだろうと聞いてみたら、「うーん、意識がはっきりとしているなら、少しでも長く生きられる胃瘻かなあ」と言われ、すごく驚いた

夫婦間でここまで考え方が違うのだな、と

 

 

「自分で食べて、自分でお手洗いに行く」これができなくなったら、もうなるべく早いうちに死にたいなと考える母

意識がはっきりしている限りはなるべく長く生き続けたいなと考える父

 

 

今のうちにしっかり話しておいて本当に良かった

 

 

2人それぞれが望む形で人生を終える手伝いを、将来の私ができますように

 

 

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