おはようございます。

秋めいてきた京都です。

今朝はとても過ごしやすい朝でございました。

蝉の合唱から虫の音に変わり

朝6時過ぎのわん散歩も

暑いという感覚よりも気持ちがいいという感覚へ

変化しました。

それでも日中は残暑がまだまだ続くそうな。

寒暖差があるかとおもいますので

みなさんご自愛ください。

 

昨夜パソパソしていたら

全部消えてしまったという、、、、( ノД`)シクシク…

再パソする気力なく、

PCを閉じましたん。

 

あれ不思議ね。

あれだけぶわーーーっと書いた後に消えちゃったら

2回目はもう頭空っぽになっちゃうのね 笑

まぁ、そうなるかもな。

吐き出した後だもの。

 

 

 

 

 

車でラジオを垂れ流して聞いていた時、

パーソナリティが話している中で偶然拾った言葉。

 


“若いころは切り替えが早かったのに

歳を重ねると切り替えが出来なくなってくる。”

 

 

ホンマそれ。

なんでやろうねぇ。

経験がそうさせるんだろうか、なんだろう。

考えるという作業が無意識に作動してしまうのか。

切り替えようとすればするほど

ループに嵌るんでございます。

ややこしや~

 

 

 

 

 

 

この記事。

 

 

一部抜粋。

 

■あのとき抱いていた葛藤

 不登校だったころ、周囲から「人と比べる必要はない」「ありのままの自分を大切に」というような言葉をかけられることがありました。ただ、現状を変えて「普通」になりたいと願っていた私は、それらの言葉をうれしいとは感じなかった。

 私自身の経験から、「ありのままでいい」という優しい言葉は、場合によっては、当事者が内に抱えている「現状を変えよう」という意欲を損なうことにもなりかねないと感じています。

 当時、「不登校も個性や多様性なんだよ」という言葉をかけられることもありましたが、こうした言葉にも抵抗感がありました。そういった言葉は不登校支援の現場で今も聞かれるのが現状ですが、私は望んでその「個性」を得たわけではなく、「普通になりたいのに、なれない」という葛藤をずっと抱いていた。今も、不登校でなければ得られただろう様々な機会を取り戻せたとは思っていません。

 だから、いま不登校で悩んでいる子、定時制高校に進んで人生の選択に悩んでいる人に、私から「ありのままでいい」とメッセージを発することは不誠実になってしまいます。ただ、現状を変えるためにもがいた、私のような歩み方もあるということは、一つの生き方の例として参考になるのではないかと思っています。

 

 

この思い。

わたしは持っていないと言えば噓になる。

わたしはわが子への声掛けの中に

自分にも言い聞かせている部分が正直含まれている場合がある。

本当は根っこの部分で受け入れられない部分が

ほんのり残っているのに、

それを振り払うように声掛けしたりするときも

ゼロではない。

こどもが不登校になって5年以上経過しているにもかかわらず。

頭の中の気持ちと、根っこの深い部分にある気持ちが

たま~に揉めだす時がある。

 

親子ともども解き放たれて楽になれたらって思う時もあるけれど、

こればっかりはお互いの気持ち次第なんでしょうな。

 

そんな娘は

毎日毎日ドリルをひたすら解いております。

そして本を読みたいみたいだけど

どんな本が読みたいのかわからず。

一緒に本屋に行けたらいいんだが、

なかなか難しい現状。

もう少し涼しくなったら、外に出る時がくるかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

今朝の一曲。

 

▼sheluvme

 

よい一日を。