彼ら、彼女らの3年間は、それぞれに多くの葛藤を抱きながらも、それぞれが未来に向けて決断を下し、それでも進み続けた人生であった。
ブザーが鳴り、敗北が決まった時、悔しさも喪失感も、何もなかった。
ただ、あの子らがコートで戦っているのを応援するのが、何より楽しかったなぁ
アイツらの人生、バスケを通じた生き様を見せつけられているようで、俺は嬉しかった
予選敗退だけど、こんなに楽しい気持ちにさせてくれるとは思いもしなかった
名も知らない、地区予選での戦い
でも俺は、今まで観戦した試合で1番面白かったと心から思う
長い長い、物語が終わってしまったことは確かに寂しいけど、、、
でも今は、本当にスッキリしている
バスケを続けてくれたことへの感謝と、これからも好きでいてくれることへの喜び
それぞれの選手が、それぞれの孤独を越えて、生きてるってことを必死に伝えているようで嬉しかった
何か大きなことを成し遂げた訳でも、大きな存在になった訳でもない
それでもあれは、紛れもない生きた証だった
4ピリまでオールコートでプレスをかけ続け、最後までボールを追う姿
俺には、本当によく伝わった
アイツらはもう強い
今日という日に至るまで、この599の記憶の結末には、「生きる意味」が常にキーワードになっていた
はじめての記憶、「物語を書き換える」
その使命感に駆られてはじめたのが、この日記
ずっと、役割を真っ当するために生きていた
そして俺は、あの子らにも同じように、ただ生きるだけではダメなんだと、人に影響を与え、エネルギーを与えられる存在にならなければならないと伝えていた
いつかの俺が、指導者をはじめた理由は、何を隠そう
「努力して実力をつけた俺だからこそ教えられる世界」
という使命感だったから
確かにそう生きられることは素晴らしいことなのは間違いない
ただ、それだけが正解じゃないんだってこと、あの子らとの記憶が教えてくれた
ドラマチックに勝った試合も鮮明に思い出せるけど、合宿や試合前のミーティング、いつかの練習、
その記憶のカケラもまた、強く刻まれている
それこそが、生きた証だったんじゃないのかなと…
あの子らとの日々、そんな些細な記憶のカケラが俺の中に漂っていた時点で、互いの人生には確かな価値があった。
その答えに行き着いたから、
「バスケを好きでいてくれてありがとう」
という言葉が最後に出たんだと思う。
大いなることを成し遂げるという意味では、物語は書き換わらなかった
でも、あの日の記憶を思い出すというか、過去の殺気だった俺と、それに縮こまるあの子らとの関係は書き換えられたのかなと、今は思う
なんだかんだで、そのために試合へ足を運んでいたから
あの日の愚かな俺への戒めもありつつ、どこかでまだ認めてはいけないという、素直になれない俺もいて
ただ最期は、いっぱい話せた
くだらないことも、バスケのことも、そしてミニバスの思い出も
こんな日が来るとは思わなかった
ミニバス時代、最後の最後で褒めて終われなかったこの俺を、まだ見捨てずにいてくれたのかと
本当に、感謝しかない
ここでひとつ、物語が終わり、また新たな世界はきっと広がるはずだ
もうその場所に、俺が何か声をかける必要はない
もう俺は、あの子らにとっての傍観者であれば良いんだ
いつでも、心の中で応援している
また、バスケやろう