去年に勤めていた小学校で、一冊だけものすごく分厚い、大人が読むんじゃないか?と思われるような単行本が一冊あった。
それは『かがみの孤城』という本で、内心、「こんな分厚い本、誰が借りるんだろう?」と思ってたんだけど、意外と高学年の子が借りていくことが多くて。
私は学校司書になるまでは、児童書について全然詳しくなかったし、作者の辻村深月は知っていても、この本の存在の子とは全く知らなかった。
図書室に来た教頭先生も、「こんな分厚い本、小学生が読めるの?」と言ってたくらいなので。
だけどそのうち、この「かがみの孤城」はアニメ映画化されるくらい、小中学生に人気の作品だということを知った。
でも、あまりの分厚さに読む気にはなれず
少し前に、このアニメ映画が金曜ロードショーで放送されてたんですよ。
それを録画したまま、放置していたんですが。
先日、私の職場の中学の不登校クラスの子から、「めっちゃ面白い」と勧められまして。
私の中で「かがみの孤城」は、「鏡の向こうに行くんでしょ?」くらいの知識しかなかったんですが。
もっと壮大な話でしたよ…。
てか、読んでないけど。
アニメ映画を見ただけなんですけども。
もうね…、後半は号泣ですよ。
ずっと泣きながら見てた。
後半の怒涛の伏線回収と、主人公が不登校になってしまった理不尽な理由とか。
まさか、この話がこんなに壮大な話だったなんて。
そして、主人公は不登校の女の子なわけで。
この作品が「めっちゃ面白い」と教えてくれた女の子は、この話を読んで救われたんだろうな、みたいな。
正直、映画を観終わったあと、この話を私が14歳の時に読みたかったなと思った。
14歳の時の私は、別に誰かにいじめられているというわけではなかったけど、とにかく学校に行きたくなくて行きたくなくて。
だけどうちのお母さんはズル休みなんて許してくれるわけがなく、めちゃくちゃ怖い人だったので、嫌々学校に行ってた。
クラスの人間関係がうまく行ってなかったんだろうなあ、と思う。
クラスの男子と仲が良くて、いろいろ話したりしてたんだけど、その男子のことを好きな女の子がクラスにいて。
「いつも○くんと話しててムカつく」みたいな話を、人づてに聞いて、あからさまにその子に無視されるようになってから。
私はその男子とも距離を置いたし、その女の子とも距離を置いた。
感受性の強い思春期真っ只中にいたせいで、もう何もかもが嫌になって、クラスの誰とも話したくないとまで思ったし。
そういうのもあって、映画を見ながら号泣してしまった。
当時14歳だった私があの映画を見れたら、ちょっと気持ちが楽になったのかな。
その後入った高校では、めちゃくちゃ楽しい高校生活を送れたので、それはそれでよかったです。
だけど、その中学の1年間だけは、本当に暗黒の1年間だった。
小学校にも中学校にも、不登校の子はいるんだけど。
毎日校門まで、車でお母さんが送ってきてて、校門に入ることができなくて、そのまま帰って行ったり。
1時間目までしかいられなくて、すぐに親御さんに迎えにきてもらったり。
こういうシーンを見た時私は、子どもじゃなくて、お母さんに感情移入してしまう。
お母さんはきっと、毎日、胸を痛ませて、悩んでるんだろうな。
他人は簡単に「学校なんて別に行かなくてもいいじゃん」とか言ってしまいがちだけど、「じゃあ自分の子どもが不登校だったら、同じこと言える?」と思っちゃうだろうし。
保健室の先生と不登校の話をした時、「今は選択肢がたくさんあるから大丈夫。無理に学校に行かなくても、フリースクールに行けたらそれでもいいし、通信教育もあるしね」という話を聞いた。
調べたら通信制の中学もあるみたいだし、小学校も通信教育で出席日数が認められるものもあるらしいし。
私達の頃には、そんな便利なものはなかったな。
集団が性に合わない子もいるんですよ。
実際不登校クラスの子も、自学でめちゃくちゃ成績よかったりするし。
集団の中にいると、息が詰まりそうになるのは、私もよくわかる。
こういう時に、通学以外に何か別の方法があったらよかったのになと、今でも思う。
これからまた何十年か後、もっと学校の在り方が変わっているといいな。
リモート参加でも可とか。
小中学校で授業を選択できたりだとか、もっと自由な形で。
とにかく、学校に行っていない、ということで、子どもやその親御さんが辛い思いをしなくてもいいような世界になっていればいいと思う。