出典:川上健一著「日めくり物語」小学館 2004年8月20日
「俺さあ、やりたいことがあんだぁ」
中学生の息子がぼそりといった。
初耳だった。
台風の接近で暴風が
激しく家に叩きつけていた。
停電になったのは9時すぎだったから、
もうかれこれ30分になろうとしていた。
1本だけあったちびたロウソクを食卓に灯した。
私と妻が座っていた食卓に、
高校生の娘、そして息子がやってきた。
2人とも1人でいるのは
不安になったのかもしれない。
普段会話のない家族なので、
みな押し黙って
ロウソクの炎をみつめている。
家族4人で
長いこと向き合うのは
久しぶりのことだった。
「わかんねえけど、
なにか将来は
物をつくる仕事してぇんだ。
人がつくった物って、
俺、何でもすげえって思うんだ。
マジで」
「それっていいじゃん」
茶髪の娘がいった
「わたしはさ、正直いって
何やっていいんだか悩んでんだ。
これが好きっていうのがないんだ。
でもさ、好きな彼氏はいるんだ。
つきあってんだ、同じ学校の先輩。
かっこよくないけど、
わたしのこと
ちゃんと怒ってくれるから好きなんだ」
これも初耳だった。
不思議に
私は穏やかに耳を傾けることができた。
妻も珍しく微笑をたたえ、
慈愛にみちた眼差しを
子供たちに向けていた。
妻が口を開き、
こんなことをいうと
また毛嫌いされるのはわかっているけど、
お母さんはやっぱりあなたたちが心配で、
いつも
あなたたちのことを思っているんだ、
といった。
いつもなら
「うっせえな」
「うざってえんだよ」
と反発する子供たちが
黙ってうなずいていた。
私は会社のことを話した。
いまやっている仕事のことや、
人間関係での悩みまで話してしまった。
初めてのことだった。
子供たちも妻も
黙ってきいてくれた。
電気がついて、
子供たちはさっさと自室に消えた。
1本のロウソクのマジック。
停電がもたらした
夢のようなひとときの
プレゼントだった。
これからはきっと
ロウソク無しでも会話できると思います。