ふとカレンダーを見ると、今年はうるう年と言う事に気付き、



去年まで実家に居た猫が2月29日生まれだったのを思い出して、カメラロールで写真を見返していました。




名前はモコ。

チンチラシルバーの可愛い女の子にっこり


去年の9月に、お空へ旅立ってしまいました。

享年19歳でした。



忘れもしない、私が高校3年の春。友達と放課後遊びに行ったペットショップにモコは居ました。



家に帰って、「お母さん、可愛い子が居たよ〜!週末一緒に見に行こうよ!」と誘い、


お母さんと2人でわくわくしながら、土曜日再度お店へ向かいました。



抱っこもさせてもらって可愛い可愛いと抱きしめて…



お母さんに「ほら、そろそろお店の人に返そう?」と言われた私、



「え?連れて帰らないの?」



このやり取りで、すぐ家族に決まりました笑ううさぎ



お庭が大好きで、





おばあちゃんと仲良しにっこり




私が結婚して子供を産んだ後も、







もうひとりのお母さんみたいな眼差しで、優しくそっと側に居てくれました。





子供達も、モコが大好きキラキラ



そんな幸せな日々を送る中



19歳を迎えたちょうど去年の今頃、

「モコの足が動かないから病院いってくる」

兄から連絡が来ました。




腎臓病から来る、後ろ足の不全だったようです。


お薬飲んで、点滴して、栄養補給のミルクを与えても…




どんどん、痩せてしまいます。

最後は体重1.5kgにまで落ちてしまいました。



お医者さんには、「桜が見られるといいね〜」と言われてしまい、実家の家族とたくさん泣きました。



それでもモコは一生懸命生きようとします。



ご飯もミルクも意欲的に。おトイレも前足2本でずり這いで頑張って行こうとします。



およそ半年、そんな介護状態が続きました。



迎えられるかわからないと言われた春が過ぎ、夏の猛暑も乗り越えて、やっと過ごしやすくなった秋。



寝てばかりいていよいよご飯も水もミルクも受け付けなくなる様に…



2日に1回点滴に連れて通っていた実母にお医者さんから告げられます。


「モコはもうたくさん頑張ったよ。頑張れー!頑張れー!はもうやめてあげて、たくさん頑張ったね、えらかったね、もう頑張らなくていいよ、って、抱きしめてあげてごらん」


お別れなんて出来ない、


点滴をやめたら、モコが逝ってしまうのは母も充分わかっていました。



その週の内の事だったと思います。

私が仕事で子供の習い事の送迎に間に合わないので母親にお願いして送ってもらった日でした。



いつもなら、お茶してゆっくりして帰る所を

「今日はなんかザワザワするから、もう帰るね」



母が実家に着いた頃、モコはやっぱり朦朧としていて…


病院に向かう途中停車して、お医者さんに言われた言葉をかけてあげたそうです。


「モコ、ありがとう。よく頑張ったね、もう頑張らなくていいよ」


抱きしめると、スーッと息を引き取るのが分かったと言いました。



病院に着くと、死亡が確認。

きっとお母さんが家に着くのを待っていたのかな…と思いました。


モコが亡くなった事を電話で聞いたその日の夕方は私よりも子供達が先に泣いてしまいました。


そうか、一緒に住んではいないけどモコも子供達の大切な家族だったんだ…そう思うと涙が止まらなかったです。


1番ショックが大きかったのは祖母の様で。

モコが亡くなってから毎日泣いていたそうです。


高齢という事もあり寂しい思いをさせない様にと実家では去年早めに新しい家族を迎えています。



今はモモのお世話で悲しみがまぎれている様で良かったです。



それでもやっぱり、モコを思い出すと今でも会いたいし抱っこしたい。私も、ありがとうって伝えたい。



モコ、ありがとう。大好きだよキラキラ


私も精一杯生きるから、またいつか会ったら抱っこさせてね