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12月25日PM18:38都内某所
コートのポケットに手を突っ込み顔の半分まで覆い隠すように巻きつけたマフラーに顔をうずめ路肩のガードレールにサチはもたれていた。
目的のイルミネーションは一回りして見終えてしまった。
予想通りのカップルや家族連れの多さに遠慮し、メインとされている鐘までは行かなかったため思いのほか早く見終わってしまったが、非現実的な青い光の中に居る自分の状況に浸れば充分に満足できた。
とりあえずガードレールにもたれてはみたが、余韻がまだ頭を満たしておりいつも暇潰しに吸う煙草にもまだ考えが及ばなかった。目の前を行き交う人や大通りを走る車の方を見るとも無く見ていた。
“幸”と書いて“サチ”。彼女はこの名前が気に入っていた。
彼女はいつの頃からか“泣ける場所”を無意識に探して生きていた。
そんな自分にある時気付き、自分の人生はそんなに悲しい人生だったのだろうかと、自分でも不思議で理解出来なかった。しかし、人目を気にすることなく思いっきり声を上げて泣きたい衝動が自分の中にあることだけは確かだった。
いつの事だったかシャワーーを浴びながら、(そんなに泣きたいならここでもいいんじゃないだろうか。誰にも見られる心配は無いし涙もすぐ流せてちょうどいいではないか)と泣こうとしてみた事があった。
しかし泣けなかった。
何処ならいいと言うのか、サチはますます自分が解らなくなった。
…だからと言って、まさかここがその場所だと感じて辿り着いた訳ではない。
家に居る気まずさから逃げたかったことと、せっかくだからイルミネーションくらい見たいと思い得意の単独行動を実行したに過ぎなかった。
あるいは人の幸せを見れば、少しその幸せを貰えるような気もしていたかもしれない。
周りに居る人間はなにもカップルや家族だけではない。仕事帰りに通り掛かり、イルミネーションに目を奪われ立ち止まるサラリーマンだっているのだ。
ラフな普段着で身も心も暖かそうに家族サービスをする男達を羨ましがるでもなく、イルミネーションと道とを交互に見ながら男は歩いていた。日曜のクリスマスにスーツ姿で歩く自分をこの日初めて意識した。すると、一気に仕事モードが解除され急に気が抜けてきた。
(ちょっと一服したいな)と座れる場所を探すように少し先の方までガードレールを確認した。
ポツポツとではあるが座っている人が居り、煙草を吸っている人も一人だけ居た。
(あんまり良くはないが、こんな日でも仕事していたんだし許されるよな)と妙な理屈を自分自身に説明し、ガードレールにもたれ煙草に火を点けた。
イルミネーションを見上げながら、今日1日の疲れを、今年1年分溜まったものを、全て吐き出すように大きく煙を吸っては吐いていると、あっという間に1本吸い終えてしまった。少し物足りない感じはしたが、時折吹きつける風がじっと座っていると余計に冷たくこたえる。イルミネーションも名残惜しい気もしたが(この感動を分かち合う相手がいる訳じゃ無し、帰ろう)と立ち上がり道の先に目を移した。
・・・続 かない