ライバル関係にあった東証と大証の経営統合を後押ししたのは、世界の株式市場のなかで日本市場が地盤沈下していることへの危機感でした。
大証の米田道生社長は「この10年、あまりに日本の株式市場の国際的な地位は大きく低下した。新しい取引所をつくることが国際競争力の強化にとって最善の道だ」バブル経済に日本中が沸いた80年代。
東証は売買代金と上場する企業の時価総額で世界トップに君臨していました。
しかし、バブル崩壊後は取り引きが長期にわたって低迷。
欧米だけでなく、アジアの新興国市場も急速に台頭し、中国・上海の取引所に一時、売買代金で追い抜かれるなど、東京市場から世界の投資マネーが離れていきました。
海外の取引所に競り勝って上場企業や投資家を呼び寄せる。
その起爆剤として東証と大証が発足させたのが「日本取引所グループ」です。
名実ともに一つの市場としてスタートを切りました。